第一章 【27】 狂刃①
〈ヒビキ視点〉
「……見つけたあああああっ!」
抑えるつもりなど、微塵もなく。
金切り声と共に。
殺気を、撒き散らしながら。
返り血に染まった豚鬼……ヒビキを、目掛けて。
森の奥から、突撃してくるのは。
露出過多な鎧を纏う、女騎士であった。
(アイツは……さっきカエデさんを、襲っていたっ!?)
右手で刺突剣を、構えながら。
疾風の速度で。
木々の合間を、駆け抜けてくる。
頭の左右で斑ら模様の長髪を結った女の、豊かな胸元には。
紅十字と天秤による聖印が、見てとれる。
すなわち。
(――浄火軍の、聖浄騎士ッ!)
人為的な魔力改造を受けた、強化人間。
その戦闘能力と、危険性は。
直接刃を交えた、狐人のクノイチ……カエデが。
身をもって、証明していた。
(チクショウ、時間をかけ過ぎたか!?)
カエデを窮地から、救出して。
追手を、蹴散らすまでに。
小一時間ほどが、経過している。
行動不能に陥っていた、聖浄騎士が。
復活するには、十分な時間だったらしい。
(とにかく、アイツはなんかヤバい呪詛士みたいだから、直接攻撃を喰らうのは、避けねえと!)
クノイチからの警告を、軽視せずに。
全ての攻撃を、回避する心算で。
ヒビキが、体内の魔能配分を。
攻撃から、回避へと。
切り替えた直後に……
「――ブタあああああっ!」
「――ぶぎイいいいいッ!」
……ギギギギキキインッ!!!!
交錯は一瞬。
一秒にも満たない、時間の中で。
幾重にも。
硬質な金属音が、鳴り響いて。
勢いをほとんど殺さずに……ズザアアアアッ!
ヒビキの横を駆け抜けた聖浄騎士が、急性動。
地面を抉りながら、停止した。
(……ッ!)
一方で。
斬撃を弾いた、ヒビキの手甲には。
十を上回る、真新しい斬痕が。
刻まれている。
(……ま、マジかよ!? この女、メチャクチャ強いじゃねえか!)
ぶわっ……と。
背筋に、冷や汗が滲む。
(これが、カエデさんをあそこまで追い詰めた、聖浄騎士の性能……ッ!)
たった一合の、打ち合いにて。
聖浄騎士の有する、規格外な『性能』を。
嫌というほどに、痛感する。
(剣筋は、デタラメだけど……それを繰り出してくる肉体性能と、魔力密度が、エゲツなく高え!)
ヒビキのような。
鍛錬と経験によって。
熟成された『武』ではなく。
備わった性能による、ただの力押し。
ただそれが。
恐ろしいほどに、強烈だった。
回避特化の魔能配分で、備えていなければ。
今の応戦を、無傷でやり過ごすことは。
不可能だっただろう。
それほどまでの、素早い剣速。
馬鹿げた膂力。
反則的な、反応速度である。
一見すると、華奢にすら見える。
女性らしい体つきの、聖浄騎士であるが。
情報通り、その中身は。
外見からかけ離れた、怪物に。
仕上がっているらしい。
(こんなバケモノを相手に、無傷で戦えなんて……今の俺に、できるのか!?)
甚だ怪しいものだ。
ならば、いっそのこと……
(……テキトーに煙に巻いて、トンズラこくか?)
それもまた、一計である。
最早、この場で危険な聖浄騎士を。
馬鹿正直に相手する必要など、ないのだから。
(蹴散らした浄火軍どもは、追手として、もう役には立たねえ)
であれば、なんとかして。
この聖浄騎士を、振り切ることさえできれば。
途中で重症のカエデを、回収しても。
拠点まで、逃げ仰られる可能性は。
十分に、見込める状況だ。
「……まえ……」
そうした、ヒビキの。
希望的観測は。
「……おまえおまえおまえおまえ……」
病的なほどに、青白い素肌に。
斑ら模様に染まった長髪を、幾筋も垂らして。
カクンと、関節が壊れた人形のように。
首を直角に、折りながら。
「……おまえおまえおまえおまえうあああああっ!」
整った顔に。
濃い隈を刻んだ、聖浄騎士が。
瞳孔をガン開きにして、叫ぶことで。
「……っ!? な、なんだよ、一体!?」
呆気なく、粉砕された。
「な、なんなんだっ!? なんなんだって!? オマエがいったい、なんなんだよおっ!? くさいくさいくさいくさいっ、気持ち悪いいいいいいっ! オマエっ、あの女の臭いが、こびり付いているじゃないか! もしかしてオマエ、あの女の、愛玩動物なのか!? そうなのか!? そうなんだな!? やっぱりアイツは、ここにいるんだよなあっ!? ふ……えへふふふっ、あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃはあっ!」
「……っ!?」
思わず、身震いしてしまうほどに。
目の前で哄笑する聖浄騎士から、放たれるのは。
狂気と。
嫉妬と。
憎悪を。
何重にも、練り合わせることで。
ドス黒く、煮凝った。
汚泥の如き、殺意である。
『……敵の、狙いは……おそらく、マリアン殿、です。彼女を、こ、こに、呼んでは、いけません……っ!』
脳裏に浮かんだ、言葉の意味を。
ヒビキは心から、理解した。
(……たしかにコイツを、アイツに、引き合わせるわけにはいかねえなあ……)
改めて、クノイチの判断を。
肯定すると、同時に。
(……前言撤回。なんとか隙を見て一発、大きいのをぶちかまして、コイツを足止めしとかねえと……っ!)
この狂人を、野放しにはできないと。
ヒビキは撤退を、一時保留。
たとえ勝利までは、望めずとも。
せめて追撃を、躊躇わせるような。
痛手を負わせる機会を、伺うべく。
その場に踏み止まった。
(……ったく、俺は一体、何やってんだかねえ)
そして、ふと思う。
勝手に、持ち場を離れて。
仲間の静止を、振り切ってまで。
浄火軍の捜索部隊と、対峙して。
そのうえ今度は、難敵である聖浄騎士に。
無謀な戦いを、挑もうとしているのだ。
度重なる戦闘で。
躁状態になっていることを、考慮しても。
合理的とは言い難い、愚かな行動である。
しかもその理由が……
「……ハハッ」
心に思い描いた、人物の姿に。
自分でも、つい可笑しくなって。
自嘲の笑みを、浮かべると……
「……オマエ」
そこから。
どのような機微を、汲み取ったのか。
クワッと、瞳孔を見開いた聖浄騎士が。
「……なに、笑っているんだよ?」
ブルブルと、震えたかと思うと。
「……」
たっぷり、ひと呼吸ぶんの。
静寂ののちに……
「……うああああああああああッ!」
爆発した。
「な、なにが、おかしい? なにがおかしいんだよお!? ボクか? ボクのことを、嗤っているのか!? あのっ、あの女に、いったい何を、吹き込まれたんだよ!? あのクソクソクソクソ雌豚があ……何か、告げ口を、したんだろう!? 悪口を、吹き込んだに決まってるんだ! でなきゃ、ソラさまがボクを、す、捨てるだなんって……チクショウチクショウチクショウ! あの薄汚い、泥棒猫め! ボクの……ボクのソラさまを、誑かして……あああああっ! うわああああああああああッ!」
ガリガリガリ、と。
血が、滲むほどに。
激しく皮膚を、掻きむしって。
二又長髪を振り回す、聖浄騎士は。
完全に、常軌を逸している。
正気ではない。
「い、言え! 言ええええッ! あの雌豚に、何を吹き込まれた!? どんな悪口を、吹き込まれたんだ!? 吐けっ、吐け吐け吐けえええッ!」
「……は、はあ?」
鬼気迫るような。
狂気に推されて。
「し、知るかよ! テメエのことなんて、聞いたことすらねえよ!」
迂闊にも、口を滑らせれば。
「……っ!」
今度は……ストン、と。
表情から感情を、剥離させて。
「……ひ……くひひっ」
深く、身体を折りながら。
壊れたように、嗤い始めた。
「くひゃはははっ! そうかい、アイツはボクのことなんて、眼中にないってかい! ボクのことなんてこれっぽっちも、気にしてなんか、いないってことかい!? きゃはははっ! あひゃはははっ! あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
「……」
そうして、ひとしきり。
笑い終えた後で。
「そ、そんなのってさあ……」
「……?」
バキイッ、と。
何かが砕ける音を、響かせて。
「……ふざけんじゃッ、ねえよオオオオオオッ!!!!」
ビリビリと。
新たな怒りを、噴火させる。
「ああああああ! もうだめだ、ブッ殺す! 今すぐブチ殺してやるから、さっさと、出てこいよおおおおお! ……いや、オマエ! オマエはアイツの、愛玩動物なんだろう!? だったら今すぐここに、主人を呼べよ! そうすればオマエの、命だけは助けてやるからさあ!? だから今すぐここにアイツを、呼べッ! 呼べ呼べ呼べ呼べ呼べえええええッ!」
「……」
激しすぎる感情の起伏に、ついていけない。
少しでも、刺激を与えれば。
爆発必至の、不発弾だ。
「む、無視するなあ! ボクを、無視するんじゃないよおッ! 殺すぞお!?」
そのうえで。
無言は、お気に召さないらしい。
というか、先ほどから完全に。
聖浄騎士の狂気に、呑まれている。
(……不味いな)
こと、闘争において。
士気とは、勝敗を左右する、重要な要素だ。
それをあちらだけが、一方的に。
ぶち上げ続ける現状は、よろしくない。
「……あのさあ」
よって、ヒビキは。
少しでも、相手の戦意を削ぐために。
「さっきからアンタが叫んでる『アイツ』って、一体誰のことだよ?」
堂々と。
しらを、切ってみせた。
「はあ!? アイツはアイツだよ!? あの、淫売雌豚クソ女だよおおおおお! 常識だろおおおおおっ!?」
「い、いや? マジで意味、わかんねえんだけど……? 人違いじゃ、ないですかね?」
「っ!? ふ、ふざっ、ふざけるな! ウソをつくなあッ! そんなに、あの白豚の臭いを撒き散らしておいて、ボクを騙せると、思っているのか!? 亜人の分際で、真人のボクに、舐めた口を利くんじゃないよおおおおお! ああああああ! イライラするうううううッ!」
「……っ」
しかし、これではダメだと。
すぐに理解して。
会話の方向を、軌道修正。
(虚言に諫言、罵倒や威嚇、泣き落としや狸寝入りを駆使してでも、敵の平常心を乱すことが、常勝の手管なり……だっけか)
師の教えを、思い返しながら。
舌戦の切り口を、模索する。
「……」
「な、なんだよお!? 何か言えよお! 急に黙ると、不安になるだろお!?」
「……いや、なんつーかさあ……」
そうだ。
この聖浄騎士が、何を言ったところで。
勝手に燃え上がるというのなら。
「……ヒスってる女って、マジ、キツいなって」
「……ッ!」
いっそのこと。
盛大に、炎上させてやる。
「あっ、ああああ、うああああああッ! 黙れ黙れ黙れっ! ボクは、ヒスってなんかいない! ただ、怒っているだけなんだ! これは正当な怒りなんだよ! だって悪いのは、アイツで、ボクは……いつも、可哀想で……イジメられてて……ソラさまは、アイツに、騙されてるだけなんだよおっ!」
「はいはい、今度はメンヘラですか? あざといねえ」
「へへへ、ヘラってなんか、ないやい! ボクはまともだっ!」
「はいはい、ヘラってるやつは、みんなそう言うんだよ。ホント、男が引く女の典型だな、アンタって」
「……ッ! う、うるさい! 黙れよおッ!」
「喋れって言ったり、黙れって言ったり、無茶苦茶だなあ……そんなんだからよお。さっきから連呼している『ソラさま』とやらも、アンタに愛想つかせたんじゃねーのか?」
「……ッ!!!」
聖浄騎士の感情を、揺さぶるために。
会話の中から、適当な言葉を拾って。
口にした、ヒビキであるが。
「……殺すッ!」
どうやらその一言が。
本格的な逆鱗に、触れたらしい。
「もういい、殺してやるッ! 刺して! 裂いて! 潰して! 刻んで! グチャグチャのミンチ肉にして、森にばら撒いてやる! そうしたらオマエの飼い主だって、無視できないよな!? いや、その前に丸焼きだ! 生きたまま全身を炙って、オマエの匂いと悲鳴で、この森を満たしてやるよ! そうだ! そうしよう! それがいい! ボクって冴えてる! きゃははっ! あきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!」
「うっわあ……」
覚悟していた、ヒビキでさえ。
顔を引き攣らせて、しまうほどの。
圧倒的な、狂気であった。
(やっべ……地雷、踏み抜いちゃったたかも……)
とはいえ、挑発という狙いは上々。
過度な怒りとは、正常な思考を妨げる、雑音であり。
相手が激情に、身を委ねてくれたなら。
そこにどれだけ、実力差があろうと。
付け入る隙が生まれる。
(ここまで煽り散らしたんだ! もう、やるしかねえッ!)
覚悟を決めて。
「……ッ!」
「ッ!? おい待てえッ、逃げるなあッ!」
聖浄騎士に、背を向けて。
逃走を、演じてみせたヒビキは。
(もう一発かますぞ――餓樹鎧っ!)
会話の最中に、練り上げていた魔力を。
腹を空かした魔装備へと、注ぎ込む。
『……ウボオオオオッ!』
すぐさまに、革鎧に浮かぶ人面瘤から。
大量の煙幕が噴出。
視界を、埋め尽くした。
「あああああ!? なんだよっ、またかくれんぼおおおおおっ!?」
意味のわからない、叫び声を上げながら。
聖浄騎士が、我武者らに。
手にする刺突剣を、振るうことで。
切先から放たれた、無数の〈斬波〉が。
視界を覆う煙幕を、無茶苦茶に。
切り裂くものの……
(……そこをッ!)
煙幕を、逃走の手段ではなく。
接近の目眩しとしていた、ヒビキは。
姿を煙に紛れさせた直後には、駆け足を急転換。
気配を消して。
敵意を隠して。
死角から、聖浄騎士との距離を詰めて。
刺突剣を握る右手の、反対側。
左側面から、渾身の〈圧壊衝波〉を叩き込む。
「ッ!?」
想定外の、獲物の反撃に。
目を剥いて、驚きつつも。
バキバキメシメシイ……ッ!
驚異的な反応速度で。
片腕を掲げてみせた、聖浄騎士は。
防御に用いた左腕を、胴体に押し込まれることで。
身体を『くの字』に、折り曲げながら。
左手を覆う、鎧の手甲ごと。
骨を砕かれつつ……
「……きひっ!」
嗤った。
(コイツ……ッ!?)
背筋を貫く悪寒。
それは宙に足を浮かせた、聖浄騎士が。
空中で、器用に刺突剣を持ち替えて。
痛みに怯む様子など、微塵もなく。
反撃してきたことで、証明される。
(痛みを、感じていねえのか!?)
おそらくは、呪詛魔法の応用で。
己の痛覚を、麻痺させているのだろう。
我が身を顧みない、狂人の発想に。
今度はヒビキが、驚いて。
ほんの一瞬。
反応が、遅れてしまった。
(だけどまだ、間に合わ――)
さらに、たった今。
装甲ごと、骨を粉砕して。
折れ曲がったはずの、左腕が……ブジュッ!
鮮血を、散らして。
骨が皮膚を、突き破りながら。
骨折箇所を、新たな関節のように、しならせることで。
ありえない角度から。
振るわれた、手のひらが。
回避を試みようとする、ヒビキの。
目元を、平手打ちする。
(――しまッ!)
視覚の阻害。
先の遅れと合わせて、その一瞬は。
至近距離から繰り出された、刺突剣の切先が。
獲物の頬肉を、切り裂くのに。
十分な時間である。
「うひひいっ♡」
さらに……ズドンッ!
(……ぐえっ!?)
聖浄騎士の、馬鹿げた膂力で。
身体を、蹴り飛ばされることで。
強制的に、距離を空けられてしまった。
(……ッ!? 不味ッ――)
すると。
涙が滲む、視界の先で……
ヒビキが体勢を、立て直すより早くに。
「……あ〜んっ」
見せつけるようにして。
聖浄騎士が、長く赤い舌で。
刺突剣に付着した、血液を。
べろりと、舐めとってみせると。
「――ッ、痛ッッッ!? ギイイイイいッ!?」
激痛。
焼かれるような。
刺されるような。
裂かれるような。
抉られるような。
それら全ての『痛み』が、一緒くたとなって。
ヒビキを、襲ったのだった。
【作者の呟き】
勇者たちの影響によって、勇聖国ではメンヘラやヒステリックという概念が、一般に認知されております。




