第一章 【23】 聖浄騎士③
〈カエデ視点〉
(やはり……手強いっ!)
思わぬ不覚を、とってしまった。
浄火軍との、遭遇ののち。
ひとまず、逃げの一手を選択した。
狐人のクノイチ……カエデであるが。
(振りきれ、ません……っ!)
軽やかに、地を蹴って。
瞬きのうちに、樹の幹を駆け上がり。
物音ひとつ立てず、枝を跳ね移りながら。
隠行術と立体機動を、駆使したうえでの。
逃走であるにも、関わらず。
追手を、振り切れない。
「きゃははっ! 待て待てえ〜っ!」
まるで、子どものように。
無垢な声音で、はしゃぎながら。
露出過多な鎧を纏った、聖浄騎士が。
斑ら色に染まった、二股長髪を風に靡かせて。
カエデに劣らぬ、身軽さで。
森を駆け抜けてくる。
「それそれっ! そおれっ!」
そして、幾度となく。
手にする刺突剣を、振るうたびに……
(……またっ!)
ビュンッ! ビュンッ! ザンッ!
鋭い風切り音を、伴って。
細身の刃から、放たれるのは。
己の魔力を、切断力を帯びた颶風として放出する魔技、〈斬波〉である。
「きゃはっ! あったりい〜っ!」
無数の、飛燕と化した。
空飛ぶ斬撃が。
着地しようとしていた枝を。
先んじて、切断してしまうことで。
(……クッ!)
またしても、足場を失って。
地上へと落下する、クノイチは
眉間に皺を、刻みつつも。
(しかし……この女の正体、見えてきました!)
逃走の最中で、追手の力量を。
看破しつつあった。
(繰り出す魔法は、見事なものですが……それを支える技量が、あまりに未熟! 魔力強化に頼り切った魔剣士の、典型ですね!)
魔力消費を強いられる、放出型の魔技を。
ここまでの威力、精度、速度で。
連射してくる、魔力保有量には。
目を見張るものの。
武人としての技量は、大したことはない。
魔力と肉体と精神。
その全てを、均等に。
鍛えることを是とする、魔剣士において。
一部だけが突出した姿は、歪であり。
端的に言えば、未熟だ。
おそらくは、聖浄騎士と成る以前。
あの女は、武から距離を置く立場の。
人間だったのだろう。
その技量が、得られた性能に、追いついていない。
(であれば!)
枝先からの、落下途中に。
器用に、身体を捻りつつ。
腰元に、手を伸ばして。
柄頭に呪符を巻いた、菱形暗器を数本、取り出すと……
(拙とて、お館様に仕える大和国のクノイチ! 貴方程度に遅れをとるわけには、いかぬのですよ!)
カエデは、世界を構成する三位層。
その表層となる、物質世界において。
対象に直接、触れることで。
中層となる、精神世界においての。
魔力を介した接続……『魔力線』を繋ぐ。
(疾っ!)
着地と同時に、片手のみで。
複数のクナイを投擲。
さらに反対側の手で、手印を組みつつ。
(……喝ッ!)
手元を離れて、飛翔するクナイに。
魔力線を介した、魔力供給を行うことで。
柄頭の呪符に刻まれた、魔法が発動。
ギュオオオッ……と。
魔力によって、生み出された暗闇が。
ただでさえ、視界の悪い森を。
瞬く間に、埋め尽した。
「……いひひっ!」
不意に、行手を遮った。
不自然な闇の紗幕を、前にして。
聖浄騎士は、薄笑いを浮かべながら。
足を止め。
腰を捻って。
力を溜めた刺突剣を、一閃すると……ズバアアアアッ!
特大の〈斬波〉が。
飛来するクナイごと。
闇を、斬り裂いてしまう。
「……」
そのまま、足を止めて。
不意打ちを、警戒しているのか。
刺突剣を構えて、周囲の気配を探る。
聖浄騎士であるが……
「……あれえ? まあ〜た、かくれんぼかなあ〜?」
その隙に、木陰に身を隠したカエデは。
隠密魔能で、気配を殺しつつ。
改めて、その動向を観察していた。
(やはり……威力は申し分ありませんが、隙が多すぎます。これならば、いっそのこと……)
突発的な事態に、直面して。
兎にも角にも。
逃げの一手を打った、クノイチであるが。
先ほどの不覚を晒した、現場から。
ここまで、カエデを追跡できているのは。
あの聖浄騎士、一人きりのようだ。
(……やりますか)
そして、獲物を追跡する過程で。
周囲から孤立した狩人、という状況は。
見ようによっては、好機と。
捉えることもできる。
(……ッ!)
判断は一瞬。
覚悟を決めたカエデは、転身。
潜んでいた木陰から、姿を現して。
聖浄騎士との距離を、詰めていく。
(先手必勝!)
ひと呼吸のうちに。
体内で発動する、魔能配分を。
隠密から攻撃へと、切り替えて。
逆手にクナイを、構えつつ。
接近戦を挑む、カエデに対して。
「……あはっ!」
視界にその姿を捉えた、聖浄騎士は。
歪んだ笑みから、嬌声を漏らしつつ。
刺突剣を構えた。
「やあっと、でてきたあ〜♡ はいっ、ボクの勝ち〜っ!」
「抜かせッ!」
キキキギキインッ、と。
無数の金属音が、重なるようにして。
森に響き渡った。
「きゃはははっ! 速いけど、軽いねえ! そんなんじゃ、ボクを殺れないよおっ!?」
「……っ!」
わかっている。
もとよりカエデは、隠密職だ。
戦闘職である騎士に、真っ向から。
立ち向かったところで、分が悪い。
勝ち筋を求めるなら、己の領分に引き込むことが、大前提である。
「……クッ!?」
そのため、激しい攻防の最中。
意図的に漏らした、苦悶とともに。
表情すらも、偽って。
刺突剣に弾かれた……ように、装いつつ。
後方へ、跳んだカエデは。
着地の瞬間に。
自らの身体で、隠すようにして。
背後の地面に、クナイを突き刺した。
「まだまだあっ!」
そして、気炎を叫びながら。
即座に地面を蹴って、前に出る。
すると、素人目には。
押し負けての、後方跳躍から。
負けん気に推された、無謀な突撃に。
見えるはずだ。
「いひひっ!」
カエデの狙い通りに。
聖浄騎士は、嘲笑を浮かべて。
悪足掻きする、クノイチを。
迎え討つ構えであり。
(今っ!)
接敵の寸前で。
倒れ込むようにして。
カエデは姿勢を、極端に前傾へと崩した。
さらにペタンと、狐耳を伏せて。
片手で手印を、組みながら。
(……喝ッ!)
背後に、置き去りにしてきた。
クナイの呪符を、発動させると……
バヂヂヂヂッ!
呪符に刻まれた、〈雷撃〉の魔法が。
閃光を、撒き散らして。
今度は森の薄闇を、焼き払う。
「……まぶッ!?」
カエデを凝視、していたからこそ。
聖浄騎士は不意打ちで、視界を焼かれて。
一方の、光源を背にしていたカエデには。
好機が訪れていた。
(……ここで決めますっ!)
崩れた姿勢を、立て直すことなく。
さらに、前傾しながらの。
突撃である。
極端な、低空姿勢で。
地を這うようにして。
聖浄騎士と、距離を詰めると……
「……んんっ、っざあああいっ!」
やはりというか。
視力が麻痺した、状態で。
牽制として振るわれた、刺突剣を。
足元から忍び寄る、蛇のように。
下から潜り抜けた、カエデは。
聖浄騎士と肉薄して……
そのまま、擦れ違う。
(そこッ!)
交錯の瞬間に。
手にするクナイを、突き刺したのは。
聖浄騎士から伸びる、『影』であった。
そして精神世界における、『影』とは。
紛れもない、本体の一部であり。
クナイという、触媒を通して。
対象と魔力線を繋いだ、カエデは。
両手で次々と、複雑な手印を組みながら。
(――忍法、〈封影縛魔〉の術っ!)
忍法、と呼ばれる。
東方の島国である、大和国において。
独自の発展を遂げた、魔法を。
発動してみせた。
「……んなッ!?」
瞬間……ピキリ、と。
聖浄騎士の肉体が、静止する。
(かかりましたッ!)
カエデが成功を確信した、忍法〈封影縛魔〉とは。
大陸の、魔法体系としては。
干渉魔法に、分類されており。
対象の魔力伝達を妨害する〈乱魔〉と。
対象の動きを拘束する〈束縛〉を、用いた。
高度な、複合魔法である。
そして一度、発動してしまえば。
たとえ大型魔獣であろうと、数秒間は身動きを封じられてしまう、常勝の必殺技であった。
(お覚悟っ!)
暗器や呪符、表情や声音など。
様々な手練手管を、駆使して。
相手を翻弄し、欺き、罠に嵌めることこそが。
クノイチの、本領であるからして。
カエデが攻めに、転じるとき。
それ即ち、勝利を確信したと同義である。
「……ぎっ、このっ!」
今度は、虚偽などではなく。
本物の殺意を纏って突撃してくる、クノイチに。
不快を漏らす聖浄騎士は、しかし。
反撃に転ずることが、叶わない様子だ。
「……なっ……んでっ!?」
刺突剣を振り切った、姿勢のまま。
硬直する聖浄騎士の、喉元を。
クナイで、斬り裂こうとして……
(……っ!)
直前で。
カエデを、猛烈な悪寒が襲った。
刹那の思考に、理屈はない。
ただ、幾度も死戦を超えてきた直感が。
有無を言わさずに、攻撃の軌道を。
強引に変更させたのだった。
結果として、それが……
「……くっ!」
最悪の、回避に繋がった。
(またしても……不覚ッ!)
じわじわと、血が滲んで。
ポタリ、ポタリ、と。
鮮血が、滴り落ちていく。
負傷したのは、カエデの利き腕であり。
血を啜ったのは、聖浄騎士の刺突剣だ。
「……あれえ? やったと、思ったんだけどなあ?」
一瞬前の、硬直など。
夢幻で、あったかのように。
平然と身体を動かす、聖浄騎士に。
カエデは奥歯を、噛み締めた。
(……やられました。こうも簡単に、見え透いた罠に、引っかかるとは……っ!)
罠に嵌めたと思った相手に、嵌められていた。
ただ、それだけのことだが。
じつに、自分らしくないとも思う。
そして先ほどから、何度となく。
不覚を重ねる、自分自身に。
焦っているのか、と自問すると。
無意識のうちに、手が。
腹部へと、伸びそうになって……
(……ふっ。拙も所詮は、女ということですか)
百戦錬磨であるはずの、クノイチは。
本心を隠すための、笑みを浮かべた。
「きゃはっ!」
それを、虚勢と捉えたのか。
聖浄騎士の舌が、滑らかに踊る。
「きゃははは! やっぱり犬畜生って、勘がいいんだねえ! 今のを避けるなんて、すっごいなあーっ! 野生の勘ってやつー? きゃははははっ!」
ケタケタと、笑いながら。
刺突剣に付着した血飛沫を……ベロリ。
赤い舌で、舐め取ると。
「だったら、これはどうかなあ〜?」
「……くうッ!?」
湧き上がった、異変に。
カエデは思わず、悲鳴を漏らした。
(なっ……これは……ッ!?)
例えるなら、それは。
煮えた油の中に、傷口を。
沈められたような、激痛であり。
発生源は、負傷した右手。
堪らず、クナイを手落として。
右腕に刻まれた傷口に、目を向ければ……
じくじくと、湧き上がる。
悍ましい魔力が、確認できた。
(……やられました!)
先ほど、遠巻きに目撃していた。
聖浄騎士の醸す、不吉な魔力と。
現状を、照らし合わせることで。
全てを、理解する。
(騎士然とした格好に騙されましたが……あれの正体は、呪詛士でしたか!)
生物が生まれ持つ、魔力には。
生来の、性質というものがあり。
魔力鍛錬、などによって。
より顕著となる、それは。
使用する魔法との、相性によって。
ときに魔法を、強化したり。
あるいは、減衰したりもする。
そして魔術士が、同じ条件で。
同系統の魔法を、使用した際に……
押し勝つのは。
より高い魔力適正を有する、魔術士であることは、明白であった。
目の前の、聖浄騎士が。
カエデの忍術を、無効化した理由が。
まさに、この現象である。
(おそらくこの女の、魔力適正は、干渉魔法に類するもの……その魔力抵抗が、拙の魔力干渉を、上回りましたか……っ!)
ゆえに、カエデの忍術は。
不発となって、無効化され。
さらに血液という触媒を、介する事で。
忍法に用いていた魔力線を、乗っ取られて。
呪詛返しを行った聖浄騎士の、魔力干渉に。
カエデは抗うことが、できないでいた。
(……この腕はもう、使い物になりませんね)
すでに激痛しか訴えない、右腕を。
いっそ、斬り落とすべきかと。
考えたものの。
(……いえ、まだです。せめてこやつを、翁のもとから引き離さなければ)
治療が行えない状況下で、大量出血は不味い。
全てを諦めて、楽になるのは、まだ早い。
それが、過ちを重ねてしまった自分の。
とるべき責任というものだから。
(申し訳ございません、お館様っ!)
最後に一度、愛しい主君の顔を。
心に、思い描いてから……
「……っ!」
拠点から、遠ざかるように。
走り出した、クノイチを。
「……ん? あれあれ、また鬼ごっこかな〜? きゃははっ、いいよ、満足するまで付き合ってあげる! 待て待てえ〜っ!」
成熟した外見と、噛み合わない。
童女の笑みを浮かべた、聖浄騎士が。
嬉々として、追いかけるのだった。
【作者の呟き】
主人公「ん? 俺の出番は……?」




