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第一章 【19】 浄火軍①

〈ヒビキ視点〉


 本日の早朝に。


 作戦会議を、終えたのち。


 予定通り、転移魔法の儀式場が据えられた、辺境の大森林において。


 仲間たちと散会した、ヒビキは。


 四半日ほど、森に隠れ潜んでいた。


(……)

 

 慎重に、気配を消して。


 森に散見する、只人ヒュームたちの動向を。


 距離を置いて、監視している。


「……ったく、本当にこんな場所に、例の黒兎どもが、潜んでいやがるのかねえ」

 

「そもそも、何年も前に入り込んできた亜人デミ間諜スパイなど、本当に残っているのでしょうか?」

 

「もうとっくに全部、捕らえてしまったのでは?」

 

「はは、ちげえねえ」


 ヒビキが見つめる、視線の先で。


 気の抜けた、会話を交わすのは。


 軍馬に牽引される、幌馬車の。


 荷台に乗った、法衣じみた白装束に身を包む、二名の魔術士キャスターと。


 操馬席に座る、甲冑鎧を纏った、二名の兵士ソルジャーであり。


 合わせて四名となる、彼らの衣類には。


 それぞれに、浄火軍の紋章シンボルである。


 紅十字が、刻まれていた。


「それもそうですが、量産型の人造天使アークエンジェル程度ならまだしも、ああも『貴重な戦力』までをも、こんな作戦に投入するだなんて、上層部の方々は一体、何を考えておられるのでしょうか?」

 

「なんでも軍部のお偉方が、さる有力筋から、重要な情報を得たとかなんとか……」

 

「そんなもの、建前でしょう? まったく、これだから政治というものは……」


「……あー、どうでもいいから、早くこんな無駄な任務は終わらせて、娼館に行きてー」


 森の木陰に、隠れ潜んで。


 愚痴を盗み聞きする、限りでは。


 どうやら、浄火軍あちらにとっても。


 今回の探索活動は、寝耳に水であり。


 任務に意欲的、というわけではないらしい。


(これなら……イケるか?)


 対して、こちらは。


 片手で数えられるほどの、人数とはいえ。


 その誰もが、幾つもの実践を超えてきた。


 紛れも無い、実力者たちである。


 たとえ数で、劣ってはいても。


 このような腑抜けどもを、相手にして。


 遅れをとることは、無いだろう。


(もし、不安要素があるとすれば……やっぱり、あれか)


 ヒビキの隠れ潜む、茂みの頭上である。


 降り注ぐ陽光を、ひさしのように覆い隠す。


 木々の梢よりも、さらに上に。


『……おお……ンオオ……』


 美術品に展示されている、石膏像じみた質感を有する、中肉中背の人型が。


 背中から、翼を生やして。


 低空飛行しているのだった。


(浄火軍の、人造天使アークエンジェル……あの形状だと、凡庸型の大天使アルカンゲロイクラスか?)


 一目には、聖書などに登場する、天使のような外見である。


 しかし表情は虚ろで、生気はなく。


 口元からは、涎のように。


 意味不明な呻き声を、垂れ流しており。


 制御に必要なのだという、紅の宝珠を。


 胸元に輝かせる、人型……人造天使とは。

 

 魔法体系としては。


 対象に使役者の魂を接続リンクして、遠隔操作する、精神魔法の一種。


 使い魔などに用いる使役魔法の、発展系であり。


 魔法技術としては。


 ヒビキの肉体を構成する、人造生命体ホムンクルスの。


 廉価版で、あるのだという。


(……これも勇者たちの、功罪ってやつか)


 かつての、転生者たちによる。


 神代魔樹迷宮エンシェントダンジョンを守護せし、魔王デスモスの封印。


 それに伴って、神代魔樹迷宮に座する、世界樹ユグドラシルの権能を。


 一部とはいえ、簒奪したことで。


 世界樹の分体である、魔生樹の。


 魔獣を『産み出す』という機能を。


 魔法技術として確立した、勇聖教会は。


 それを用いて、いくつもの。


 人造生命体を、作り出していた。


 その最たるものが……ヒビキの場合は失敗に終わったが……『人造勇者計画』のかなめ


 転生者たちの『器』として、用いられている。


 人造生命体ホムンクルスの、肉体であり。


 それらを、劣化調整スペックダウンすることで。


 大量生産した、ものこそが。


 こうして頭上を、低空飛行している。


 人造天使の、正体であった。


『……おお……オオオ……』


 ただし、転生者に用いる肉体には。


 高価な魔法触媒や。


 高密度の魔力が。


 惜しみなく、投資されているのだが。


 廉価版である、人造天使たちに。


 貴重品などは、用いられておらず。


 代わりに、採用されている。


 ある『代替品』の存在が。


(……チッ。胸糞悪いッ!)


 ヒビキの表情を。


 不快に、歪めていた。


『……おおオ……』

 

 ただただ、無機質に。


 使役する術者たちの、手足の延長線。


 魔道具に並ぶ、消耗品として。


 産み出された、人造天使は。


 構造的な、欠陥なのか。


 意味不明な音を、口から吐き出しつつ。


 人形の如き、感情の伺えない無表情を。


 眼下の森へと、向けている。


(……まあいい。今さら俺に、どうこうできるモンじゃねえ)


 そうして使役者……現在ヒビキが監視している、魔術士の片割れ……と、魔力的に同期している。


 人造天使の視界からも、姿を隠しつつ。


 馬車を降りて、周辺を探索し始めた。


 浄火軍の探索部隊へと。


 ヒビキは、視線を注ぐ。


(……)


 幸いにして、この四人一組フォーマンセルは。


 拠点がある、森の深部には。


 向かっていない。


 このままやり過ごすことも、十分に可能だ。


(できればこのまま、どっか行ってくんねえかな……)


 淡い期待を、抱きながら。


 魔力漏出を抑える魔能スキル隠蔽ハイド〉と。


 師匠から教え込まれた、ライヅ流『林式』による、隠密体術を駆使することで。


 息を潜め。


 距離を置いて。


 今となっては、野生動物を相手にしても。


 追跡を気取られることのない、ヒビキは。


 浄火軍の動向を、監視し続けた。


 その合間に……


(……今ごろアイツも、あっちで、上手くやってんのかな?)


 ふと、脳裏をよぎるのは。


 ここにはいない、少女の姿であり。


 森に散会した、仲間たちのなかで。


 最も未熟である、自分でさえ。


 こうして思考を、他に割く。


 余裕があるのだ。


 場慣れした他の面々が、各々の役割を。


 仕損じるとは、考えられない。


(……大丈夫。今日の計画は、上手くいく)


 だから、きっとこのまま。


 何事もなく。


 予定通りに、定刻を迎えて。


 手筈通りに、テッシンたちと共に。


 この勇聖国エリクシスを、離れることで。


 自分という重荷から、解放された少女は。


 新たな人生を、歩み始めることが。


 できる、はずなのだ。


(ああ……そうだよ。アイツには俺なんて、必要ないんだ)


 自分さえいなければ。


 世界に愛された、物語の主人公……マリアンであれば。


 天より与えられた、その翼で。


 どこまでも自由に。


 望むがまま。


 生きていくことが、可能なはずなのだ。


 ただ……自分という存在が。


 マリアンの、そうした翼を。


 縛り付けて、しまっているだけ。


 だからこそ。


(やっぱりこれが……お互いにとって、一番良い、選択なんだよ)


 そのように、結論付けて。


 思考を止めて。


 言い聞かせて。


 着実に迫る、『別れ』に対して。


 胸中でざわつく、得体の知れない感情を。


 無理やりに、押さえ込もうとしていると……


「……あ? なんだって?」


 ふと、その耳朶が。


 監視対象の、驚いた様子の声音を。


 拾いとったのだった。


「目標を、発見したって!? マジかよ!」

 

「本当にいたのですか、黒兎!」

 

「いや、兎じゃなくて、見つけたのはどうやら、狐の亜人デミらしいぞ!」

 

「なんでも聖浄騎士クルセイダー様が発見して、そのまま、追い込んでおられるらしい!」


 ヒビキがマリアンから、支給された。


 共鳴板とは、種類が異なる。


 会話ができる仕様の、通信魔道具を介して。


 友軍から情報を受け取った、浄火軍が。


 にわかに、ざわつき始めた。


(……ちっ。誰かが、見つかっちまったか)


 理想を言えば。


 このまま浄火軍をやり過ごすのが、最上ベストでは、あったのだが。


 本職の軍人たちを、相手にして


 流石にそれは、高望みが過ぎたようである。


(見つかったのは……狐の亜人? カエデさんか? まああの人なら、上手くあしらって、逃げ切れるだろ)


 元より、こうした展開は。


 織り込み済みで、あるからして。


 おそらくは意図的に、姿を晒したのであろう。


 狐人フォルクスのクノイチの、安否など。


 ヒビキが心配する、必要はない。


 むしろ。


(時間的にもそろそろだし……俺も、動き始めるべきか)

 

 生憎の、曇り空であるが。


 頭上に感じる陽光から、判ずるに。


 時間はもう、正午を過ぎた頃合いだろう。


 転移魔法が使用可能となるのは、夕方なので。


 本格的な陽動を始めても、いい頃合いだ。


(……ふううう)


 静かに、深呼吸を繰り返して。


 密かに、魔力を練り上げていく。


 ヒビキの、視線の先では。

 

「……どうやら聖浄騎士様が、黒兎を追い詰めてるから、俺たちも加勢しろってさ!」

 

「当たり前だ! 穢らわしい、亜人デミどもめ! 土足で我が国を荒らして、生きて帰れるなどとは思うなよっ!」

 

「良し良し、楽しくなってきたあ!」


「こちとら溜まってんだ。オスでもメスでも、たっぷり可愛がってやるぜえ……っ!」


 鼻息を荒くする、浄火軍が。


 援軍に、駆けつけようと。


 魔術士たちが、幌馬車の荷台に。


 兵士たちが、その操馬席へと。


 順次、乗り込んでいく姿を。


 眼で追いながら……


(……よし!)


 最後に大きく、深く。


 息を、吸い込んで。


 心を鎮めて。


 意志を固める。


(――行くぞッ!)


 ヒビキは森の中を、駆け出した。



【作者の呟き】


 次回、わりと生理的嫌悪を伴う内容なので、注意です。

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