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旗揚げ

 私たちがプロトキャッスルに移り住んでから一週間で住人が千人近くに達した。お店が次々と開いていき、だんだん街らしくなってきた。


 太陽熱による発電と海水淡水化も稼働を始めた。冬なので日差しが弱いうえに鏡の数が少ないのでフル稼働には程遠いけど、千人が暮らせるだけの電気と水は昼間に使うぶんくらいは確保できている。足りない分は火力で補おう。


 そして42階の大浴場も営業を始めた。


「広いお風呂なのー!」


 湯船に浸かって体を伸ばす。浮力を感じて心地よい。


「大浴場にはナノのこだわりがあるから、結構広めにしてもらって工事も早めに取り掛かってもらったんだよ」


「感謝なのー! でもあたしの希望はねー、いろんな種類のお湯が楽しめるお風呂だったのー。1種類しかないのー」


「さすがにそこまで贅沢(ぜいたく)に水を使えるわけじゃないから、それはソーラーキャッスルの完成まで我慢(がまん)して」


「湯水を湯水のように使えないのー」


 ナノがなんかうまいこと言った。けどいい切り返しが思いつかないのが悔しい。


「今度の市長選挙にねー、スライマーン議員が出馬してくれることになったのー」


「どんな人?」


「60代のひげのおじさんなのー。猫が好きなのー」


「選挙に関係のある情報を聞きたいんだけど」


「モーリタニアの国会議員を長年務めてねー、大臣もやったことがあるベテランなのー」


「そっか、実績のある人に出馬を依頼したんだ」


「そうなのー。ソーラーキャッスルの評判主義経済の話をしたらすごく食いついてきてねー、あたしと話が合ったのー。だから出馬をお願いしたのー」


 こういうときのナノの行動力はすごい。きっと何人ものベテラン議員に会って、一番話が合う人を選んだんだろう。


「スライマーン議員はねー、国会議員をやめて新しい党を作ることになったのー。『友情努力勝利党』なのー」


「どっかで聞いたことがあるような名前だね。ナノが日本語の名前を先に考えて、英語やアラビア語の名前は後付けでしょ」


「みんなで団結して頑張って世界一を目指すのが理念なのー。それを表すぴったりの言葉なのー」


「うーん、その理念は私には合わないな。みんなそれぞれの事情があるから頑張ることを強制するのは良くないと思うんだ。みんなが幸せになることと世界一になることはあんまり関係ないから、よその国に勝つために頑張るというのは不必要な努力だと思うんだよね」


「それは自分が(なま)けたいというわがままなのー。みんなの足を引っ張られると困るのー」


 それは心外な批判だ。自分が怠けたいなんて考えていない。


「自分のことじゃなくて、世の中すべての人の幸せについて言ってるんだよ。みんなそれぞれの事情があるだろうし、必要のない努力を()いるのは人を不幸せにするよ」


「私もピコさんの意見に賛成デス」


 隣で聞いていたサフィーヤさんが割って入った。


「ピコさんの理念に感銘を受けたデス。たとえ自分が損をしても、ソーラーキャッスルが損を(かぶ)っても、世界のすべての人が幸せなほうがいいって事デスネ。みんながお互いを気遣(きづか)って他人の幸せのために行動するだなんて、素晴らしい社会デス。ピコさんの考えの深さには(おそ)れ入るデス」


 そんな事まで言ってないし、私を持ち上げすぎだ。でもその理念には共感できる。


「うん、まあ大体そんなところだね」


「私はピコ党に入党するデス!」


「そんな名前は恥ずかしいからやめて!」


 何か新しい党名を考えないと。友情努力勝利党に対抗する党の名前。仲間うちだけの友情に対抗、強制される努力に対抗、敗者を生み出す勝利に対抗……。


「『自由平等博愛党』にしよう」


「さすがピコさんデス、党首として名前を決めたデス」


 しまった、私が率先して選挙活動するという流れを作ってしまった。私は市長にはまったく向いていない。私が市長に立候補するのはなんとしても避けないと。


「でも私は楽園の役員として技術部門を取り仕切るという今の立場が一番世の中に貢献できると思うんだよね。もし市長を兼任したら『権力を独占しすぎ』って批判されるよ、きっと」


 サフィーヤさんが立ち上がって私に迫って来た。まるで私に裸を見せつけているみたいだ。


「私が立候補するデス!」


 よかった、これで私が立候補せずに済む。


「微力ながら私も世の中の役に立ちたいデス! ピコさんの理想の社会を政治のほうから実現させるのが私にできることデス」


 私も立ち上がってサフィーヤさんの肩に手を置いた。


「ありがとう。お願いできるかな」


「はいデス! あとで一緒に政策を練るデス」


「わかったのー、ピコとサフィーヤはこの選挙であたしのライバルなのー。あたしはスライマーン議員の支援をするのー」


「うん。正々堂々やろうね」


 満足感にひたりながらお風呂を出た後で、ふと思った。なんか面倒事に自分から首を突っ込んでしまった気がする。でもまあ、ソーラーキャッスルの暮らしをより良いものにするためには誰かが政策を考えなくちゃいけないわけだから、ここは私も本気で取り組んでみよう。

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