チョウチョとキンギョ 1
No.8
好奇心旺盛の子供を抑えるのは難しいもで。
どの世界の子供も同じで夢中になると止まらない。
この世界の人は皆、背中に昆虫のような羽を持ち、人によって蝶に似ていたり、カブトムシやクワガタのように固い上翅じょうしを持つ者がいたりと様々。そんな世界のある地域には古くからこんな話が伝わっている。それは失われる事無く次世代に感染するかのように伝わっている。
噂がある。
─────ここは人が使っていい土地じゃない─────
昔は村から外れた何もない場所だった。
今は村が町になり、さらに大きくなり、人通りが多くて大きな道に面するようになり、町にのまれ、立地がいいのに店が長続きしない場所となった。
店舗としては敷地が広めで日当たりもよく明るい。
ケーキ屋、服屋、カフェ、雑貨、定食屋・・・・とにかく思いつく限りの店がそこにあった。
とても人気のある店もあったのに突然移転して無くなっていたこともある。
両隣、向かい、その店舗以外は普通に営業ができるのに何故かここだけは続かない。
噂がある。
─────この土地は子供だけが行ける不思議な場所へ続く道が現れる─────
人よりも大きな宝石があって、見つけると異能ちからを授かるという。
噂がある。
─────一年で一番夜が長い日と、一番夜が短い日だけ繋がる─────
たった二日、しかも夜で、月が出ている時にその道が開く。
大人たちが子供だった頃よりも、祖父母が子供だった頃よりもさらに昔からあった。
その代々の子供たちが好奇心から、怖いもの見たさから、不思議な場所へ行こうと夜に家を抜け出し、その代々の大人たちにバレで怒られて。
そうやって続いている不思議は、子供にはちょっとした肝試し。
しかし、噂に乗じて人攫いが来ないとも限らない。過去、行方不明になった子供はいる。
だから、この地域に住む大人たちは一年で二日だけその場を警備して子供たちが近づかないようにしている。
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隣同士の塀と壁の隙間、塀の上から屋根へ。トイを伝って下へ、家の裏手の生垣の下にあいた隙間。極力足音をたてないようにして小さな影が移動する。
今夜は天気がよく月明りを隠す雲がまったくない。その光を遮ってくれる建物の同士が連なる狭い場所を通て行く。
大人が知らない道を子供なら見つけることができるのだ。
家の人に気付かれないように自分の部屋の窓から外へ出て、大人では通れない道なき道を通り、ワンピースに重ねたように体に巻き付けていた羽に力をいれて広げ、蝶に似た羽をもつ子供がひらりと空に舞う。子供では降りられない高低差をふわりと音も無く降りて、もう一人、蜂に似た羽を持った友達と合流する。
「ふふ、表側に警備を付けたって意味ないわ。」
「大人が通れない道があるもんネ。」
狭い路地裏の剥き出しのパイプを伝い、ゴミ箱や捨てられた家具を足場に降りる。
目的の建物は元は一階が店で二階は住居だった。
空き店舗になってから久しく、入口や窓には板が打ち付けてあり不法侵入を防いでいる。のだが、板の一部が割れていたり、床板が剥がされていたり、天井も同じく通気口の一つの格子が壊れて取り外しができる。十歳以下の子供なら入れる場所がいくつもあり、そのうちの一つ、板がちゃんと打ち付けあるように見えて、実は立て掛けてあるだけの窓から入る。
子供同士の情報網は甘くない。複数の出入り口があるが今回はここを使って侵入した。
今、侵入した子供も七歳と五歳の女の子で、それぞれ蝶のデザインのマスクと金魚のデザインのマスクを持っている。子供だけが行けるという場所へ行くために。
音を立てずに中へ入ると、打ち付けられた板の隙間から漏れる僅かな月明りで、数人の子供が集まっているのが分かった。入口はまだ開いていないようで、子供たちは外の警備の大人に気づかれないようにじっとしている。
噂では、行くには顔を隠して、本名は名乗ってはいけない。だった。
なので仮面を持ってきて、一緒に来た子ともお互いに仮面のチョウチョとキンギョと呼び合おうと決めていた。
室内の暗闇に目が慣れた頃、窓の板がずらされ誰かが入ってこようとしている。二人が立っている場所は邪魔になってしまうから避けようと、壁に手を添えて移動すると突然壁が消えた。
ガクン!
チョウチョと手を繋いで、壁に手を添えて一歩、二歩目の足が床に付く前に手が空を掴んだ。
「「きゃ!?」」
二人してコケて、しかも声が漏れてしまった。
慌てて立ち上がり、外の警備に見つかっていないか表側に目を向けると、強い光が射し目を瞬く。こんなに強い光が部屋にあるはずがない。大人たちが入ってきたのだろうか!?閉じていても瞼ごしですら眩しい。
目が慣れてみれば、気持ちのよい風が花の香りを運んでくる森の中だった。
「「え?」」
目を疑う。手をグーにしてごしごしと擦るが森は消えない。もう一度擦ってみるがやはり自分達が立っているのは森の中だった。
「キンギョ・・・・これって」
「ここってきっとアレだよネ?」
「「・・・・・・」」
しばし無言。
徐々に二人の中で感情が高ぶってきて、
「うっそー!ほんとにそうだったのねっ」
「すごい、夜だったのに!壁の向こう側にあったなんてネ!」
きゃぁきゃぁと爆発したようにはしゃぐチョウチョとキンギョ。信じていたわけではなく、ただの肝試しのつもりだったのに。伝わる不思議な話もただの噂で本当にあるとは思っていなかった。
一通り騒いだ後、やっと自分達しかいない事に気が付いた。
「あれ、他の子たちは?」
「来なかったのかな?ちょっと探してみようか」
あの部屋には数人いたはずだ。
周囲を見回して、当然だがどこにも壁は無く森の木々がみえるばかり。
一応、最初のこの場所に目印をつけておくことにした。枯れ枝を集めて三角錐にして目立つように。また、傍に生えている木の枝にも目印をつける。
「ハンカチを天辺に括りつけておくネ」
「一番高い枝にしてね」
二人は羽を広げひらひらと木々よりも高く飛び、一番高い位置にある枝にキンギョが持っていたハンカチを括る。
空を飛ぶ二人には森の中に目印をつけるよりも、こうして高い場所へ付けた方が見つけやすい。
チョウチョとキンギョは地に降りて、花の香りを運んでくる風上へ行ってみることにした。
所々、木の根が地面から飛び出していることがあるが、地面は平らで木々の間隔も広く、葉が落とす影が強い日差しから守ってくれて涼しく適度に明るい。
快適。この一言で表現できてしまえる森だった。
森の中にぽっかりと穴があいたように木が生えていない場所が現れた。階段を一段降りたくらいの段差があり、その段差を降りた場所は小屋を建てられそうな広さがあって、陽の光がたっぷりと降り注ぎ、一面に小さな白い花が咲いている。人が作った花畑のように段差に囲まれた部分だけに咲いていた。
花の香は傍に来るとむせ返りそうなほど濃い。
そこに三人の子供がいる。
顔の上半分だけしかない狸のマスクをかぶった六歳くらいの男の子と、顔を完全に隠す魚・・・フグのお面をかぶった五歳くらいの男の子。そしてもう一人、猫のマスクをかぶった、一見して男の子か女の子か分からない三歳くらいの子。
こんなに小さな子が来て、迷子にならないか心配になる。
両親は確実に探し回っているわねぇ。
あちらの三人もこちらに気付いてこちらに顔を向けている。全員、顔を隠しているが、無言で立っている今この時、お互いの考えていることが伝わってくるようで。
(こっちから話しかけるたほうがいいかな。向こうが話しかけようとしてるっぽいけど、どうしよう)
「おねーたん、おはなろーじょ。」
猫の子が一番に言葉を発した。ととと、と花に足を取られ気味に走って来る。両手には落とさないように、茎をギュッと握りしめられた白い花が一輪ずつ。
「ありがとう。」─────花、可愛いけど・・・・
「かわいい花ネ。」────君の方が可愛いけどネ!
笑顔でお礼をいい受け取った花は茎が折れている。
チョウチョもキンギョもちょっと困った顔をしているが幼児は満面の笑顔をふりまいている。