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前話と同時投稿しています(2/2)

 

「フィ、フィナ……」


 現実味の薄さに首を傾げていたら、背後からよろよろクラウが近づいてしゃがみこんだ。

 

「いま、戻った……よ、な?」


 いつものように伸びてきた手が中空をさまようのを見上げながら、こっくり、深く頷く。翠玉が揺れている。

 どうして『湖の主の娘の縁談を取りまとめる』でなく『酸の海に棲む魔獣くじらの胃の中に刺さった棘で釣り上げた湖の主の娘の縁談を取りまとめる』なんて珍奇で複雑な行動を一連の解呪手順ととらえたのか、ずっと疑問に思っていた。つまり、こんなふうに、ほんの少し効果があったものを組み合わせたのだろう。変質呪いの解呪分野で周知したい事実であるが、わたしがかつて読んだ本はこの国にはないし、呪いのないここでこの発見が生かされることもないだろう。この国の文字は書けないし。でももしかしたら召喚術で呪いを使える人間が呼ばれ、この大陸でも広まってしまうかもしれないし、そうしたら未知の呪いに対してほんの少しの覚書さえ欲しがる人がいるかもしれない。この大陸における呪い研究の第一人者になれるだろう。だったらクラウに、じゃない。

 表情の変わらないフェネックの姿で、わたしは実際だいぶ混乱していた。


「フィナ」

「はい」


 ほとんど無意識に返事をした。翠がきらきら輝いている。ゆっくり伸びてきた手が脇に回り込み、ひょいとわたしを持ち上げた。

 

 

 

「きみの呪いを解こう!」




「それはむりです」

「えっ」

「むりです」


 答えはまったくの反射で、話をかみ砕いたのは口に出してからだった。いずれにしても返事は同じである。

 ぽかんと間抜けに口を開ける目の前の男に、半眼で再度ダメ押した。

 

「無理です」

「え、なん、なんで!? 手がかりが出来たのに!?」

「今のなんて何も起きてないのと同じですよ。ルダペの裾を手繰って髪飾りを盗むようなものじゃないですか」

「そんな、……ん?」

「途方もなさすぎます。これから三十五年費やす気ですか? それだけかけても一切なにもわからず死んだ人だって居るんです、無駄です」

「いや待って、髪飾りって何」

「ルダペの……なんの話ですか」


 ふたりして首を傾げて、しばし。

 どうやらわたしがこちらにはない言い回しをしてしまったらしい。この一年で何度かあったことなので、いつものように解説をいれる。大陸が違えば言葉のなりたちも違うもので、比喩に使う動物さえ馴染みがなかったりする。

 ルダペというのは、とても美しい髪飾りを付けていて、服の裾がものすごく長い妖精だ。小さな子供が裾を見つけて髪飾り目当てに手繰っていき、老人になってもまだ裾を辿り続けるだけ……というおとぎ話に出てきた。わが国ではすごく一般的な物語で、手の届かない願い事を追い続ける愚かさを窘めるときに例えられる。

 と、閑話を挟んだおかげでふたりとも少し落ち着いて、話の続きは椅子に座ってすることになった。

クラウはわたしを膝に乗せようとしたが、真剣な話をするのだ。謹んでお断りし、正面に腰掛ける。きちり足をそろえ、苦笑のクラウを見上げた。


「何度も言ったように、変質した呪いを解くのはひどく困難です。そんなことにかまけても時間が無駄になるだけです」

「フィナはいつもそう言うけど、それって本当かな」


 きょとんと首を傾げた。ほんとうかな、って、なにが。

 クラウはすぐに言葉を続けた。

 

「魔術の失敗はよくある。同じように、呪いの変質もそう珍しくなくて、ただ気付かれてないだけかもしれない」

「そんなの、だって、変質したらすぐにわかります」

「普通の方法じゃ解けないからだよな? でも例えば、翌日には解ける呪いが変質して、食事を三回取ったら解けるものになってたかも。条件がわからないなら、そういう、誰も気づかないまま解呪されてきた呪いもあるんじゃないかと思うんだ。ええとなんだっけ、縁談相手の一本釣り?」

「酸の海に棲む魔獣くじらの胃の中に刺さった棘で釣り上げた湖の主の娘の縁談を取りまとめる、です」

「そうそれ、そんなふうにとてつもなく難しい話ばっかり目立っただけで。ちょっと解けないな、へんだな、もしかして、と思ってるうちに何かしら条件を達成して、話題にも上らず解けた呪いもあるんじゃないか。」


 それは、と口ごもる。

 気付かれないならないのと同じ。呪いについて常識程度にしか知らないわたしだ、解けにくい呪いがあったかどうかも知らない。

 ただ、変質したら諦めるのが当然だと思っていた。どうにもならないから、と、そう教わったから。

 可能性はあるだろう。でも、と口が動く。

 

「可能性だけです。わたしが知らないだけで、向こうでは、もっといろいろ調べていたはずです。それで、解けないという結論に至ったはずで」

「それだって可能性で、推測にすぎない。フィナは、そんなに怯えなくていいんだ」

「怯え? 何にですか」

「時間を無駄にした、と『思われること』に」


 それは、わたしが何度も口にした言葉だった。

 考えてもみなかったことでもあった。

 時間の無駄になるというのはわたしの中では純然たる事実で、それ以上を気にしたことはない。でも、じゃあ、無駄になって欲しくなかったのは誰の時間だろう。

 無駄な時間を過ごして欲しくなかったのは。

 わたしのせいで無駄な時間を過ごしたと、失望してほしくなかったのは。

 

 自然と下がっていた視線を引き戻すように、クラウがわたしの名を呼ぶ。

 

「いろいろ言ったけどさ、結局は俺の下心だよ」

「したごころ」

「フィナが人間だったらな、と思うことはあったし、俺のせいで戻れなくなっちゃったんだ、とかも考えたけど。でも一年して、フィナに諦めさせてるのが嫌だと思った。『戻った』というくらいなんだからフィナ自身も人間でいるほうが自然なんだろ。俺の時間を無駄にすると思うなら見当違い、だってフィナといろんなことがやりたいんだ。」


 ゆっくりと立ち上がった彼が、近寄って膝をつく。同じ高さの翠玉にフェネックギツネが映っている。褐色の手が、そうっとわたしの頬を撫でた。


「ただ一緒にいろんなことがしたいって、正直それだけで、その理由に呪いを使いたかったんだ。で、もし解けたらもっと、人間同士でできることをやりたい。駄目でもフィナとならきっと楽しい。」


 どうだろう、と彼が訊く。呪いを解くためって理由にして、俺といろいろやってみるのは。諦めは後回しにして、それだけだったらどうだろう。

 はにかんだ笑顔に、今までの理由は使えないと知る。何より、「どうせ」を後回しにしたら、わたしの答えなんて決まっていた。

 フェネックギツネの表情は、きっといつもの通りだろう。だから言葉で伝えなくては。小さな肉食獣の口を開いて、「じゃあ」と一言。

 

 

 

「まず、何をしましょうか。ふたりで、いっしょに。」

 






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