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『彼』視点



 この世界には『魔法』が存在し、それを使う『生き物』が数多くいる


 この世界が神の手により創生された時から、当然の事


 けれども、この世界には『魔法』を使う事で世界が疲弊すると言う、神が与えた試練と呼ぶべき現象が起きた


 無尽蔵に使い続けることの出来る『魔法』があれば、人も魔物も世界がどれだけ壊れようともその『欲』を抑えなどしないから


 自らの手で破壊しつくす事が出来ないように、決して必要以外の争いを生まぬようにと定められたこの試練


 知恵の無いものは本能で


 知恵の有るものは規律を作り


 世界の疲弊を緩やかなモノへとしていった


 けれども、どんなに抗っても数百年に一度は世界の疲弊を招いてしまう


 神はそんな世界を憐れんで下さったのだろう


 決して『魔法』が使えない世界なのに、『魔力』が無尽蔵に湧き出る世界から、ある一定条件の元『使徒様』を遣わしてくださった


 『使徒様』は決して害する事の出来ない至高の存在


 知恵も理性もない魔物ですら、決して攻撃をする事なく服従をし恭順の意を示す、まさに神の化身


 『使徒様』のお姿は常に一定だった


 黒目黒髪の妙齢の女性


 ゆえにいつの間にか『使徒様』の呼び方は『異界の乙女』と変わっていったのだ








 『異界の乙女』は、元の世界によりその寿命を終え、かつ神の御心に叶った人物が遣わされる


 記録に残る歴代の『異界の乙女』達もまた、どの方も素晴らしい方だったと残されている


 降臨された国が彼女達の希望を最大限に叶え、彼女達が何不自由なくこの世界で過ごす事・・・それが神から託される為の絶対条件


 けれども数百年前、その条件をただの私情で破った愚か者が居た


 自分に気持ちを向けない『異界の乙女』を、自分のためだけの存在にする為に


 彼女の愛する者を無残に屠った挙句、自分を拒絶した乙女をもその手に掛けた許しがたい大罪人


 神は大層お怒りになられた


 乙女の死を嘆かれ、御身ずから乙女を迎えにいらしたほど


 大罪人はその場で神の怒りにふれ、二度と光を浴びることを許されない深淵へと堕とされたと伝わっている


 そしてその時、この世界の全ての生きとし生けるものに神からの最後通告が下された


『これから数百年後、もう一度だけ『我が愛し子』を送る、彼女がどう生きるか・・・それがこの世界の行く末を決める』


 大罪人が犯した罪を、怒り、嘆き、乙女を守れなかった事を心から悔いた者達の数の多さに神が与えた最後の温情


 神から託された乙女が、この世界を受け入れ慈しんで幸せに生きることができるか?


 数百年前のような悲劇が乙女の身に起こったその瞬間、この世界は神より永遠に見放され滅びるのだろう


 この言葉だけは絶対に間違えてはならないと、世界中が伝承として大切に守ってきた


 そして、神の御言葉から約300年が経過した今








『3日後、我が愛し子をこの地に送る』







 この言葉に世界中が震撼し・・・そして歓喜した


 既に疲弊の為に限界を迎えているこの世界


 ようやく降臨する『異界の乙女』は、世界の全てをもって歓迎し護り慈しむ存在


 乙女を迎えるために、各国が厳選に厳選を重ねた者達を準備した


 選ばれた者達は、自分の幸運に感謝し乙女が自分の住む土地に降臨されることを心から望んだ


 そして・・・乙女が降臨するほんの少し前、神からその場所を示された瞬間、稀なる栄誉を授けられたとある国の男は歓喜に震えた


「神よっ!!!私を選んで下さり感謝致します!!!ご降臨される異界の乙女様は・・・この身の全てを賭してお守り慈しむことを誓います!!!!」


 乙女は何故自分がこの世界へ招かれるのかを知りはしない


 それ故に、初めは酷く取り乱されると記録にはある


 けれども、記録には乙女がどれだけ取り乱しても、暴れても、こちらが細心の注意を払わねばならないほど繊細な存在だとも記されている


 迎えの中に侍女も同行させたほうが良いであろう


 乙女を運ぶ馬車の中はその柔肌が傷つかぬよう、少しの振動も負担にならぬようクッションを敷き詰めて


 自分に同行する騎士達は、選りすぐりの精鋭を連れている


 迅速に準備をし・・・そして乙女が降臨される前に、お迎えに上がらねば


 男は今まで誰も見たことがない程の笑みを浮かべて、かの地へと駆けていったのだった









 神が示した場所にて、乙女の降臨を待った


 何も無い空間から突如として淡い光が煌めき出し、それは見る間に光の本流となって大気と地に注がれる


 ソコを中心に世界中が瞬く間に回復していくのが分かる


 うっすらとした緑の絨毯だった場所には、おそらく乙女が好きなのであろう異界の花が咲き誇り、流れが無くなっていた川には清水が溢れている


 起こっている奇跡に全員が感動のあまり声も出ずに立ち尽くしていると、光が少しずつ弱まりやがて形を作り出した


 少しずつ少しずつ、光は乙女の姿を映し出す


 光が完全に消えて、乙女の姿が見えたとき・・・その場の誰もが余りの姿に絶句した


 この世界の成人間近の子供よりも細くて小さい体


 象牙色の肌は赤子のように滑らかで、自分達の手ですら傷を作りかねない程


 茫然としたその瞳は伝承通り黒く、女性にしては短めの髪もまた黒真珠の光沢に勝るとも劣らない程だ


 


 不用意に触れようものなら壊してしまうのではないだろうか・・・?




 誰もがそう思った瞬間、遠くを見つめていた乙女の瞳が急速に意思を持ち始めその瞳と自分の瞳が交わった


 その瞬間、体中に広がる衝撃と歓喜をどう表現したらよいのだろうか?


 余りの嬉しさに、そして不安に彩られた乙女を優しく抱きしめて安堵させたいと、気付けば足を踏み出していた


 けれども乙女は自分のその行動に恐怖と不安を煽られたのだろう、一瞬で顔から血の気が引き大層可憐な声で『ヒッ』と叫んだのだ


 その時の自分自身への怒りは忘れられない


 乙女は何も知らず、それこそ無垢なまま降臨したのだ


 不安だろう、怖いだろう、声をかける前に自分のような男が近づけばなおの事


 喜びのあまり乙女に駆け寄りたくてウズウズしている翼竜を宥めながらも、乙女を怖がらせないよう跪いた


 自分のその行動を見て、周囲もまた一斉に跪く


 乙女はその行動に驚いたのだろう、今だ顔色は良くないものの今度は『へ?』と困惑気味に呟くのだった 


「怯えないでください、異界の乙女。我らは決して貴女様を害する事などございません。神より遣わされた尊い御身・・・どうか、私に貴女様に触れ護ることをお許しいただけませんか?」


「・・・・・・・え・・・・?」


 乙女を怯えさせないよう、ゆっくりと言葉を紡ぐ


 柔らかい声は乙女を見ているだけで自然と出ていた


 自分の言葉に今度は困惑しかない一言を呟いたので、簡単に現状を説明した


 説明が終わり乙女を見れば、乙女は必死に自分を抱きしめながら『自分はそんな大層な存在じゃない』と否定した


 何度声を掛けても首を振って『違う』と否定ばかりをする乙女


 自分が泣いている事も気付いていないのだろう、ハラハラと零れ落ちる涙は大変美しいのだが、自分の身を必死で護るその姿が余りにも儚げで今にも折れそうで


 これ以上の混乱は乙女の心身を傷付けてしまうと、素早く近付いて細心の注意を払って魔法を使い彼女の意識を眠らせた


 崩れ落ちる乙女を抱き寄せると、余りの柔らかさと軽さと香りに思わず動揺してしまう


「殿下・・・?」


「あ、いや・・・乙女を早く横に、想像以上の儚さだ細心の注意を払うように」


 馬車にその身をそっと降ろしてみれば、クッションに沈む余りの小ささに侍女達ですら息を呑む


 けれども己の職務を思い出したのか、我に帰るなり乙女の世話を始める姿を見てからそっと扉を閉めた


 ふと腕に目を向ければ、そこから乙女の残り香がフワリと立ち上る


 その香りが消える前にと、男は急ぎ乙女を乗せた馬車と共に城へと帰って行ったのだった









 城へと到着すると、国王の指示により一室が乙女のために与えられた


 長寿族以外には初めて目にする『異界の乙女』の余りの華奢さと小ささに誰もが息を呑むのが分かる


 乙女をそっと寝台へと降ろせば、その小ささが更に主張された


「このような儚げな御方が・・・」


「この華奢な御身がお渡り下さったおかげで、この世界は救われた。このご恩に今度はこちから報いる番だな」


 国王夫妻のその言葉に、誰もが当然とばかりに頷いた


 乙女が目が覚めてから、混乱せぬよう細心の注意を払い人選を済ませる


 説明役の神官もまたその場で待機し、乙女の目が覚めるのを待つ


 魔法のない世界からいらっしゃったのだ、最低限の力で掛けた魔法でも乙女には少々効果が出すぎたようだ


 半日近い時間を眠られ、己の力加減の甘さに歯噛みする頃、ようやく乙女の目が覚めた


 驚かさぬよう、怯えさせぬよう、対応し説明をする


「もう・・・二度と帰れない・・・家族に、友人に・・・大切な人達に会えない・・・」


 元の世界での寿命を終えたと言う事実に、この世界に降臨したという事実に乙女が悲痛な声でそう呟く


「わかり・・・ました・・・けど、お願いです・・・お願いですから・・・ほんの少しで良いから、一人にしてください・・・お願い・・・」


 シーツを握りしめる手が真っ白で、泣くのを必死に堪えているのだろう、小刻みに震える体で声でそう告げる


 1人になどしたくなかった、八つ当たりでも何でも自分にして欲しかった


 けれども、今は乙女の希望通りにするのが良いだろう


 誰もが自分の不甲斐なさを感じながら、乙女を1人部屋に残して退出する


 扉が閉まって、ほんの僅かな間を空けて、乙女の悲痛な鳴き声が響いた


 その声に誰もがそっと目を伏せる、そして祈るのだ、これからは自分達が守り慈しむので一刻も早く乙女の悲しみを和らげてほしいと・・・









 故郷との、いや世界との突然の別離に乙女の心は酷く疲れていた


 ぼんやりと外を見ては、空を見てはハラハラと涙をこぼす


 そんな事が数日間続いたある日の事だった、乙女が自分の足で明確な意思を持って近づいて来てくれたのは


 乙女は今までの態度を謝罪され、そしてこの世界の事を教えてほしいと願ってくれた


 庇護されるだけの甘えた存在になりたくないと、自立してこの世界で生きていきたいと、そう願った


 決意をするのに、こんなに時間をかけてしまったと照れくさそうに、けれど何処か寂しそうに笑う乙女の強さに、自分の心がますます惹かれるのが分かった


 乙女は自立を望んでいる、けれども私の傍に居て欲しい、望みをかなえたい、けれども籠の鳥で居て欲しい


 大罪人のような思考に自分の事が恐ろしく感じた


 自分は乙女に相応しくない、あまりの自分勝手な願望に恐怖し国王に告げた


 が、国王の答えは違っていた『惹かれる相手にそう思うは人の性、ならば乙女の希望通りに全てを教え、その上で自分を選んでもらえるよう心身共に尽くせばいい』と


 その言葉にどこか救われた、だから


「異界の乙女・・・いえ、貴女の力になりたいのです。どうぞ私の手をとっていただけませんか?」


 気付けば大勢の人が居る前で、乙女の前に跪きそう告げていた


 突然の行動と言動に、真っ赤になって動揺している乙女の姿が可愛らしく、そして離したくなくて、乙女が『諾』と言うまで言い続けた


 国王や部下達果ては王妃様達にまで呆れられたのは、まぁ仕方がないだろう






 乙女を我が家で引き取ってから、彼女に様々な教育を施した


 市井の事、貴族の事、この世界の基本から応用まですべて・・・元の世界ではどれだけの知識と技術を必要としたのだろうか?こちらか驚くべき速度で乙女は吸収していった


 生まれた赤子が成長していくように、乙女はこの世界をしっていく


 驚異的な速度だった、もう少し時間はあると思っていた


 彼女がここから離れてしまう、自分の元から去って行ってしまう


 焦燥感が私を襲う、もうなりふり構ってなんていられなかった、必死になって彼女に愛を乞う


 最初は真っ赤になって固まるだけだった、けれども次第に頬を染めながらもこちらを気にしてくれる姿に期待が沸き起こる


 が、彼女を自分と同じように慕う誰かが余計な事を言ったようだった


 辛そうに顔をゆがめて、拒絶の言葉を繰り返すようになった『相応しくない』『不相応だ』『異界の乙女の庇護を思慕と勘違いしている』


 彼女の目には私への思慕が感じられるのに、その口が告げるのは私との関係を否定するものばかり


 それでも必死に気持ちを伝え続けた


 同時に、外堀から埋めてしまおうと国王にも相談した


 そして渡された1冊の本、それはかつて『異界の乙女』を伴侶にすることが出来た、世界で最も幸運な先祖の手記


 それにはこう書かれていた


 ● 異界の乙女は思慮深く、そして謙虚すぎる程に謙虚である(その通りだ、彼女は余りにも謙虚すぎる)


 ● 彼女は自分の望みよりも、自分の周囲の幸せを望む傾向にある(本当にその通りだ)


 ● 彼女の世界には、直接愛を伝える事はあまり無いらしい、代わりに彼女の世界の偉人が代用した言葉がある


 そこに書かれていた、言葉は余りにもありきたりで、手記がなければ気付かない言葉で


 ある夜から、彼女が必ず言うようになった言葉がある


 美しい月光が零れ落ちる夜空の下で


「月が綺麗ですね」


 と、その時は気付かなかった。きっと元の世界を見立てているのだろうと、この柔らかな光を注ぐ月の事を本当に気に入っているのだろうと


 が、手記を読んでから気付いた事がある


 それを言った時の彼女の笑顔を、同じように言葉を返した時の嬉しそうな笑顔を


 分かった瞬間、心の中が温かくなると同時に、その愛情表現の分かりにくさに少しだけ彼女を恨んだ


「私としたことが・・・すっかり彼女にしてやられてましたよ」


 彼女も自分を想ってくれている、そう確信することが出来たらもう何も怖くはなかった


 どこまでも自分を卑下し、私の幸せを一番に考えてくれる愛しい人を手に入れよう


 貴女が私の傍で微笑んでくれることが、私の何よりの幸福なのだと、彼女が真っ赤になって逃げようとするまで伝え続けよう


 きっと貴女は気付いていない、私がその言葉の意味を知っていることを


 だから今夜も貴女は無防備に私に愛を囁いて下さる


「月が綺麗ですね」


「・・・・・・・・えぇ、本当に『月が綺麗ですね』・・・・・」


 貴女は私がこの言葉の意味を知っているといつ気付くでしょうか?


 それまでは、言葉遊びのように月夜の晩はこうして愛を囁きあいましょう


 日中はこの世界の方法で貴女に愛を囁き続けます





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