金の蝶は誰が為に
キャベツを粗みじんに切り、チーズと共に生地に混ぜる。生地の状態で舐めてみたけれど少し塩が入っている。砂糖は入れてないみたいなのはさっき完成品食べたから解っているけれどね。
薄く切ったベーコンを焼き、その上に生地を乗せて焼く。
ここまでは良い。問題はソースだ。
でも今は素敵な代用品がある。
「じゃあ少し頂きますね」
と、隣の屋台のお兄さんに声をかける。さっきアンヘルが買ってきてくれたビンに入ったリンゴジュースの中にトマトケチャップを入れる。
「おいリン、何してんだ? 飲めなくなるじゃねーか。もったいねーな」
アンヘルの訝しがるような声に私は「大丈夫」と返す。
グルグルと掻き混ぜて、簡易ソースの出来上がりだ。
生地をひっくり返してマヨネーズとソースを塗る。
マヨネーズとソースの焦げた、酸味のある香りが食欲をそそるだろう。
チラチラとこの匂いを嗅いだ人達の視線が徐々に集まってくる。
隣の屋台のお兄さんも興味津々の様子だ。
焼きあがったものを四等分に分け、アポロさん、アンヘル、マルテ、バスチアーノさんに油紙に包んで渡す。
「熱いので気をつけて下さいね」
ニコリと微笑んでさぁどうぞ食べてくださいと一歩下がる。
一番最初に齧ったのはアンヘルだった。
「う……! うんめぇぇぇえええ!」
まるで目と口からビームが出て、後ろから津波が襲ってきたような声を上げている。
そのアンヘルの様子におそるおそると言った風体で他の三人も一口齧る。
「なんだこれは!? 本当にうちのパンケーキか!?」
驚きの声を上げ、アポロさんがむしゃりと二口目を頬張り絶句する。
「お姉ちゃん! 美味しい! うちの料理人が作るのよりももっと美味しいよ!」
マルテに至ってはリスみたいに口一杯に頬張っている。……火傷しないようにね、マルテ。
「……!」
一口含んだ後、無言なのはバスチアーノさん。なにやら私とお好み焼きを交互に見て眼鏡の奥で計算しているような感じがヒシヒシと伝わって来るのは気のせいでしょうか……。
「お、お嬢ちゃん。俺にも一枚くれないか」
隣の屋台のお兄さんが大銅貨をパチリとテーブルに置く。
「あ、はい! わかりました!」
すぐにさきほどの作業を繰り返す。
「お、お嬢ちゃん! 俺も!」
「おい! 割り込むなよ! 俺もだ!」
なんだか行列が出来てしまった……。
「アンヘル! アポロさん! 手伝って!」
このままでは捌ききれる自信が無い。
レイミーさんとセバスチャンさんは行列を整理している。
マルテとバスチアーノさんがお金の計算を手伝ってくれているのは予想外だったけれど、人手は多ければ多いほど良い。
三人で必死に焼き、それは生地と材料が切れるまで続いたのだった……。
***
「いやぁ……大盛況だったなぁ。あっという間に売り切れちまって。こんな事初めてだよ。ありがとうなリン嬢ちゃん」
「いえ、私はアイディア出して焼いてみただけで何も」
アポロさんの言葉に謙遜しておいた。
ちなみに隣の屋台のお兄さんもこちらが繁盛したおかげで売り上げが伸びたらしい。ソーセージが売り切れてホクホク顔だ。
「バスチアーノさんもマルテも手伝ってくれてありがとうございます。正直お金の計算まで手が回らなかったので……。レイミーさんも途中から材料の買出しに行ってくれてありがとうございました。随分助かりました」
「リン様が楽しそうにしてらっしゃるのが一番なんです。でもお屋敷に帰ったらお風呂に入らなければいけませんね。とても美味しそうなリン様・・・・・・じゃなかった。とても美味しそうな匂いをさせてらっしゃるので」
何か今不穏な事言わなかった!?レイミーさん!
エプロンドレスを返そうとしたけれど、こんな匂いが付いていたら駄目だよね。洗ってから返さないと……。ごめんね、レイミーさん、もう少しお借りします。
さきほどからずっと黙っていたバスチアーノさんが口を開く。
「ふむ……。これは売れますね。一つ確認なのですが、リンさんは魔術師見習い中なのですよね?」
「え、えぇ……」
少しだけ脅えた声が出てしまった。震えてないのは僥倖だ。
何が言いたいのかな。もしかしてレシピを買い取りたいとか?別にそんなの許可取らなくても良いのに。作り方実際に見てるんだし。
「ふぅむ……。では決まったお相手とか居られますか? 心に決めたお相手が」
「えっと……」
頭の中にアルカードさんが浮かび、次に隣のアンヘルに視線が合う。するとバッと音を立てるような勢いで目を逸らされてしまった。
……少しだけ悲しい。
バスチアーノさんはニヤリと笑うととんでもない爆弾を投下する。
「もし決まったお相手が居られなければうちのマルテなんかいかがですか? 最初は婚約といった形で」
クツクツと笑い、眼鏡の奥の瞳がスゥと細められる。
アンヘルはポカンと言った顔をし、レイミーさんも呆気に取られている。
「え、ちょ……。それは……。ほら、マルテの気持ちも重要ですし、何よりも歳が離れています」
「大丈夫ですよ、マルテはもうすぐ10歳になります。そこまで離れていないでしょう?」
え、幼い外見だから7歳くらいかと思っていたよ!?そして何、このじわじわと逃げ道を無くされて行く感覚がするのは私のきのせい!?
「え、僕お姉ちゃんと結婚できるの? ならずっと一緒だね!」
ポフンと私の腰に抱きついて胸に頬ずりするマルテ。
「クク……マルテの気持ちは大丈夫そうですが?」
うわぁ、やっぱりこの人鬼畜眼鏡だ!もしマルテと結婚しようものならお義父さんとか呼ばないと絶対キレそうだ!
「バスチアーノ殿、リン様をいじめるのはそこまでになさってくださいませ」
マルテに頬擦りされながら硬直している私の思考を現実に引き戻してくれたのはセバスチャンさんの一言だった。
「いやいや、金の鱗粉をばら撒く少女を野放しにしておくほど私は阿呆ではありませんよ」
しかしバスチアーノさんも負けていない。切れ長の瞳をスッと細め、笑う。
金の鱗粉ってなんですか、そんな人を蛾みたいに……。
「リン様は私の御主人様と結ばれる運命にあるのです。それは夜に輝く蝶となるでしょう」
セバスチャンさんもニコリといつもの笑みをして返すけれど目が笑ってないよ!セバスチャンさん!
「おいおい、蝶っていうモンは昼日中に自由に飛び回るモンだ! お二人さんとも嬢ちゃんを閉じ込めて飼い殺しにする気か?」
そこに一石を投じたのはアポロさんだった。あー、やめてー私の為に争わないでーとかオペラ風の単語が頭の中で流れる。
「あの、えーっと……」
喧々囂々と三人が言い合う中、止めようと言葉を発してみるけれど全く効果がないようだ。
「どうしましょう、レイミーさん……」
最後の助けとばかりにレイミーさんを呟きと共に見る。
「放っておくのが一番なんです。さ、アクセサリー屋に向かいましょうか」
マルテをポイッと私から引き離し手を取るレイミーさん。
唖然としているアンヘルとマルテにまたねと小さく笑みを交わす。
左手にレインを抱いているし、右手はレイミーさんに連れられているのでそうするしかできなかったのだ。
「……リン様は私だけのものなんです……」
「うん? レイミーさん、何か言いました?」
「なんでもないですよ~」
ニッコリと笑うレイミーさんだったけれど何か胸騒ぎがしたのは気のせいでしょうか……。
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