女の戦場!
定規の刑から回復した私はアンヘルに問いかけてみた。
「アンヘルはどうしてこんな所に?」
しかし答えたのはアンヘルではなくアポロさんだった。
「おいおい、お嬢ちゃん。こんな所とは失礼だな。ここはウチの店だよ。アンヘルは手伝いだ」
「あ、ごめんなさい。そういう意味でこんな所と言ったわけじゃなくて、どうしてこの街にって意味で……」
「ハハハ、解っているよ。何だかアンヘルがお嬢ちゃんに会えないって寂しそうにしていたから無理矢理連れてきた」
「ばっ! 馬鹿オヤジ! そんなんじゃねぇっての!」
アポロさんの言葉にアンヘルが顔を真っ赤にして反論する。
えーっと……つまり私に会えなくてアンヘルが寂しがっていたって事?
「へぇ、アンヘル。そうなの?」
言葉を発してから気付いた。あ、なんだか顔がニヤケちゃう。
「馬鹿リン! そんなんじゃ!……ねぇよ……」
尻すぼみのアンヘル。でもその言葉は全く説得力が無い。
アンヘルの顔が真っ赤になっているのはどうしてでしょうねぇ。
あ、まずい。余計に顔がニヨニヨしてくる。
「お? これはウチの息子にも春が来たのか? リンとか言ったっけか。こんなガサツな息子だけれどよろしくな!」
アポロさんがアンヘルの頭をグリグリと撫でながら下げさせる。
アンヘルは「馬鹿オヤジ」とか「そんなんじゃねぇよ」とか小声で言っているけれど、本気で嫌がっているわけでは無さそうだ。
良いなぁ、こういうの。家族の触れ合いって感じで。
私の家を思い出すなぁ。……パパやママやジグ元気かしら。ママはたぶん元気よね。手紙すぐに書いてくれたもの。
「おやっさん! 一枚くれ。やっぱここのパンケーキが一番美味いわ」
考え事をしていると横からお客さんらしき人の注文の声がかかる。
その人の手にはフランクフルト。ケチャップがたっぷりかかっている。 あ……それも美味しそう。
隣のお店がフランクフルトを売っているのね。
こっちでは串焼きソーセージって名前だけれど。
「あいよ、すぐできるから待っててくれ」
お好み焼きもどきを手早く作るアポロさんと少々手持ち無沙汰のアンヘル。
これ幸いとアンヘルに聞いて見る。
「ねぇ、アンヘル。もーっと美味しいもの食べたくない?」
ニヤリと少しだけ悪い笑みを浮かべる。
「お? リン、また美味いもの食わしてくれるのか?」
アンヘルは私と対照的にキラキラとした笑みを返してくれた。うっ、眩しい。
「うん、ちょっとレイミーさんとアンヘルとアポロさんにも協力して欲しいのだけれど……」
「ん? いいぜ。リンが作るものはみんな美味しいもんな。父さんも食っただろう? あのジャム」
「おお、そういえばあのジャム作ったのはリン嬢ちゃんか。美味かったぞ。いいぜ。商売の邪魔にならないなら店先使っても」
アンヘルとアポロさんの許可は取れた。後はレイミーさんだ。そう思ってチラリとレイミーさんを見ると苦笑していた。
「リン様、お召し物が汚れますので、せめてこれを御付け下さい」
レイミーさんが自身がつけていたエプロンドレスをふわりと私に着せてくれる。レイミーさんの香りがする。なんだか花のような優しい香りだな。香水つけてるわけじゃないみたいだけどなんだろう。
「レイミーさん、ありがとうございます。ではお願いがあるんですけれど、キャベツとマヨネーズが欲しいんです。入手できますか?」
「はい、すぐにでも。セバスチャン様はリン様の護衛及び監視をお願い致しますね」
「言われずともそのつもりですよ」
ホッホッホと笑うセバスチャンさんと私に一礼するとレイミーさんは雑踏の中にスルリと消えていった。
「アンヘルは果実を絞ったジュースを売っている屋台からリンゴジュースを買ってきて!」
「あいよ!」
瞳がキラキラと期待に満ち溢れている時のアンヘルの行動は速い。こちらもサッと雑踏の中を駆け出していった。
「お姉ちゃん、何するの?」
マルテがキョトンとしている。その後ろにはバスチアーノさんもいる。
うーん……。そういえばバスチアーノさん商人だったけかぁ。あまり新製品レシピをばらしたくないんだけれどアンヘルのあの期待に満ちた笑顔に答えたいと思う。なので、この際レシピの一つくらいは無料で開放だ!
「これから美味しいもの作るの。マルテも食べてみたいでしょ?」
ニコリと笑いかけるとマルテが真っ赤になって「う、うん」と呟いたきり俯いてしまった。
あぁ、なにこれ、髪の毛わしゃわしゃしたい!
庇護欲をそそられるが、今マルテに触れると星の魔力のせいで余計に大変な事になってしまう。
……もう定規は勘弁だ。
私は気を取り直してお隣の屋台のおじちゃんに声をかけてみる。
「お兄さん、少しで良いのでケチャップを分けてくれませんか?」
上目づかいで両手を胸の前で組んでお願い、といったポーズをしてみる。
「ワッハッハ、こんな可愛いお嬢さんにお願いされちゃあ嫌とは言えんよ。ほら、ここに置いとくから使いたいだけ使うといい」
気のいい屋台のおじ……いや、お兄さんはアポロさんの屋台に近い場所にケチャップの入った瓶を置いてくれた。
よーしよし、チョロイ……。ニヨニヨとしているとセバスチャンさんの冷たい視線が突き刺さって我に返る。
今の悪代官面見られてないよね?見られていたら三日は引きこもる自信があるよ?
割とドキドキしてセバスチャンさんの顔を見るといつもの微笑を浮かべていた。
ホッ……。見られてなかったみたい。
「リン様、買ってきました」
「リン、買ってきたぞー」
レイミーさんとアンヘルの声が私にかけられる。
「ありがとう、アンヘル、レイミーさん。アポロさん、そこの包丁とまな板を使っても?」
ベーコンを切るためだろう。包丁と大きめのまな板が端に乗っている。
「あぁ、いいぞ。俺もリン嬢ちゃんが何をするのか見たいしな」
ニヤリと笑う熊じみたアポロさんの許可を取り付け、フリルの付いた袖を捲る。
レイミーさんと同じ髪型で良かった。これなら料理する時の邪魔にはならないね。
さぁて女の戦場!調理場での戦闘開始といきますか!
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