無自覚なタラシ娘
「あれ? リン、か……?」
見知った声に顔を上げるとアンヘルが立っていた。
「アンヘル……? どうしてこんな所に?」
「こんな所って……。ココ、ウチの店だけど」
「なんだ、アンヘル。このお嬢ちゃんと知り合いかい?」
店員さんが声をかけてくる。
「あぁ、こいつはリンって名前で俺の……と、友達なんだ……」
「ふぅん、友達ねぇ……。それにしては……へぇ、ほぉん……」
アンヘルのどもった口調で友達と言われたのが気になったのか、意味ありげな視線を向けてニヤニヤしている店員さん。
あぁぁ、やめてアンヘルとキスしたの思い出して赤くなるのが解るから!
「そ、そんな話は良いじゃねえか! 父さん!」
え!?この人アンヘルのお父さんだったの!?……そういえば髪の色とか瞳の色とかは似てるよね……。
でも顔はお母さん似なのかな?アンヘルって。
アンヘルのお父さんと言われた人は野性味溢れる顔立ちで熊を彷彿とさせる愛嬌がある。
アンヘルは動物に例えるなら……犬?
……まぁ簡単に餌付けされちゃうしね、この子……。
「アンヘルがこんな綺麗なお嬢ちゃんと知り合いとはねぇ。どこで捕まえたんだ? この色男!」
「ばっ! 馬鹿! そんなんじゃねぇ! リンは魔術師見習いで山向こうに家建てたんだよ! 父さんも見ただろう? あのでかい大樹! ……そういえばリンはどうしてそんなドレス着てんだ?」
「似合わない、かな?」
アンヘルの言葉にちょっとだけ気落ちする。
声に地味なローブの方が良いといった響きが混じっているのを感じたからだ。
「似合うよ! お姉ちゃんは月の女神様みたいでとても綺麗だもん!」
少ししょげていると別方向から声がした。
マルテだった。何故かアンヘルと私の前に割り込むようにして立っている。
まるで私をアンヘルから守るように。
「ありがとう、マルテ」
私はお好み焼きもどきを食べ終えて手持ちぶさたの右手でマルテの栗色の髪をわしゃわしゃと撫でる。
あ、すっごく柔らかい。
長毛種の猫みたい。
撫で続けているとマルテが私の腰に抱きついてくる。目を細め、気持ちよさ気にする姿はまるで本当に猫みたい。
「おやおや、息子には少し早いですが春がやってきましたかな?」
マルテのお父さん、バスチアーノさんがくつくつと笑う。
いや、やめて!焚き付けないで!後ろでレイミーさんとセバスチャンさんが氷点下になっているから!
その様子に気付いているんだろうけれど、平静を装う姿はさすが鬼畜眼鏡と言った所だろうか。
「随分お嬢ちゃんは人気者だねぇ。こりゃアンヘルもうかうかしてられねぇな。おっと、自己紹介がまだだったな、アンヘルの父親でアポロってんだ。でもなんでお貴族様でもないのにそんな格好してるんだ? いや、もうすでにお手つきか? 腕の良い魔術師は修行時代から囲い込む事もあるって聞くしな」
お手つき、という事場にまた頬が赤くなるけれど、一応説明しておいた方がいいだろう。……アンヘルも居る事だし。
「夜会のパートナーとしてどうしても、と頼まれましたので。今は領主様のお屋敷でお世話になっているんです」
「へぇ、あの人嫌いの領主か。滅多に人前に姿を出さないと聞いていたんだがな」
アポロさんが私の言葉に答える。……アルカードさん色んな噂が立てられているなぁ……。
ここはその噂を払拭しておいてあげようかな。
「人嫌いでは無いですし、何よりも領民の事を第一に考えておいでですよ」
私はアルカードさんは良い人ですよーと暗に意味を込めて言ってみる。
「確かになぁ、露天の税も他の街より安いし、その分俺等の儲けにもなる。ここの領は良い街だ。それに騒ぎが起こった時警備兵がすぐ駆けつけるのも良い。ま、それはここ一週間くらい前からだが」
うん、私が攫われた時だね。
良い方向に噂が流れている事を聞き、安心した。
「な、なぁ。領主様ってアイツだよな。一緒に暮らしてるのか?」
アンヘルが心配そうな声を出す。
どうしたんだろう?アルカードさんの第一印象は確かに最悪だっただろうけれどそこまで心配される事でも無い筈……。
「平気だよ。館の人もとても優しいし、昨日はダンスも一緒に踊れたし、楽しかったよ」
私の言葉にアポロさんがあちゃあと言った風体で片手を目に当てる。
な、何!?私また何かした!?
「アンヘル、諦めろ。勝ち目が無い」
アポロさんが慰めるようにアンヘルの肩をポンポンと叩く。
「ばっ! 馬鹿! そんなんじゃねぇって! ……リン、その、な……。ドレスだけれど」
なんだろう、やっぱり似合ってないって言われるのかな。
少しだけ悲しくなる。
レイミーさんに見立てて貰ったんだけれどな。
「に、似合ってる、と思う」
「うん、そうだよね。似合ってないよね……って、えぇぇぇ!?」
私の声にビックリとしてアンヘルが顔を上げる。
似合ってないと言われるかと予想してたのに、似合っているなんて言われたので驚いたのだ。
「……ソイツが言ったとおり月の女神様みたいだ。ま、月の女神様の像にくらべればあちこち足りないけれどな」
ニシシとアンヘルが笑う。
あぁ、よかった。いつものアンヘルだ。でもあちこち足りなくて悪かったわね!どうせ幼児体型ですよーだ!これから……これから育つんだから!
ホッとした瞬間腰の辺りから甘い声が聞こえてきた。
「ふにゃあ……おねえちゃぁん……好きぃ……」
しまった、ずっと撫で続けていたから星の魔力がマルテに効いてしまったかもしれない。
異様な気配がして振り返るとセバスチャンさんが居た。
「あ、あのですね。セバスチャンさん、これは……!」
「問答無用ですな」
ズボッと定規が背中に差される。
「きゃひんっ!」
定規の冷たさに悲鳴をあげる私にアンヘルが溜息と共に一言。
「……貴族様ってのも大変なんだな……」
アンヘルの言葉にくつくつと笑う熊一匹。
アポロさん、そこ、笑わないで!
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