血盟
「ヌガァアアアア!!」
ジャックの声が響く。
私はと言えば立っているだけ。
否、立っているくらいしか何も出来ないのが本音。
だって全ての攻撃は兄さんが変化した月影望む聖者が防いでくれているし。
と言うか、大鎌が私の前で飛行機のプロペラの様に高速回転しているからジャックが攻撃してきても全て弾いてしまっているのよね。
「うわ、えげつな。あの大鎌、意思が宿っているね。しかも魔力も凄まじいや。リンの女神の力で触発されたのかな? 無の魔力がここまで漂ってきてるよ。あながちリンの兄さんが宿っているって言うのは嘘じゃ無いかも」
レンがボソリと呟く。
「ヌガアア!! 許さん! 許さんぞ! 私は吸血鬼を越えた者! それをこんな小娘に手玉に取られる等オオオ!」
ジャックが自分の胸をまさぐり、文様が刻まれた黒曜石の玉を幾つも出す。
「待て! やめろ! ジャック・ジャンジャック! それを使う事は黒き翼として許す訳にはいかん!」
アルカードさんが油の切れた機械みたいな動きで一歩足を前に踏み出す。
……呪縛にかかっていても動けるのね、アルカードさんって。それでも動きは凄く鈍いけれども。
「ほう? 私の呪縛の中でも動けるか。流石は純血種と言った所か。だが動けるだけの様だな。止めるには程遠い。そらっ!」
ジャックが教会の入り口に向かって黒曜石をばら撒く。
「なっ!?」
誰かの悲鳴が響いた。
「くそっ! ジャックの野郎! 最初からアイツは俺達を餌にするつもりだったんだ! 喰われたくないなら全員ジャックを狙え! 文様が刻まれた玉を砕こうとしても無理だ、呪いが発動するぞ!」
吸血鬼の中から声が上がる。
「フン、遅い」
けれどもジャックは無慈悲に言葉を放つ。
「あぎゅあああああ!?」
「おぎゃあああ!?」
「あぎゃああああああ!!」
まるで大人が無理矢理赤ん坊の泣き声を真似したかの様な悲鳴が一斉にあがる。
私はそれに耐え切れず耳を塞いだ。
「……何て野郎だ。ジャック自身が血を分けてノスフェラトゥにした全員、喰いやがった……」
静かになった大聖堂にジョンさんの声が静かに響く。
そして後に残るのは闇色の霧。
それがジャックに向かって流れ込んで行く。
「……嗚呼、美味いな。身体に力が漲ってくる。これは美味い。今なら竜でさえも従えることができそうだ」
ジャックが恍惚とした表情で黒い霧を吸い込んでいる。それを取り込むたびに、ジャックの身体に妙な赤黒い文様が浮かび上がっている。まるで血管が脈動する様に明滅しながら。
「非道い。どうしてこんな事が出来るの? ブラッドのお弟子さんもそうだけれど、貴方は人を利用する事しか出来ないの?」
私はゆっくりと、問いかける。こんなにも人を怖くて憎いと思ったのは初めてかも知れない。いや、目の前の存在はすでに人じゃあないんだけれど。
「非道いだと? ぬくぬくと愛を与えられ、育てられた貴様に何が解る! 私は汚泥の中で産まれた。親と呼べる様な存在は私に何もしてくれなかった! 生きる為に必死で犬の乳を啜っていたよ。物心が付く頃には父親と名乗っていた男が一日の酒代欲しさで貧民街に私を売り飛ばした! どうだ、笑えるだろう」
ジャックが笑いながら、自身の過去を語る。けれどもそこには何故か哀愁が漂っているようで、まるで泣き笑いを堪えている様な印象を受けた。
「……ジャック・ジャンジャックと言うお名前は御自分で?」
「ああ、そうだ。我ながらに良い名前だろう。簒奪者だ。全てを奪う存在として、私は在る。それが金だろうと、命であろうと。……例え愛であろうとな」
セバスチャンさんがジャックに問いかける。ジリと足元から床を踏みしめる音が聞こえたのはセバスチャンさんも必死で動こうとしているのだろう。
対するジャックはそれを意にもかけない様な素振りで返した。まるでセバスチャンさんの事等、脅威では無いと言うように。
「ふっ! ざけるなぁ! テメェのせいでアイツは! 死ななくても良い奴が死んでいる! 俺は貴様を絶対に許さねぇ! ジャック!」
ブラッドが激昂している。多分お弟子さんの事なのね。
「フン、だからと言って動けぬだろう。吠えるしか能のない駄犬が。おっと、そう言えば騎士共も動いて貰っては困るな。後で私の眷属兼食事となるのだから」
ジャックがパチリと指を鳴らす。
「ぐぅっ!? 動けねぇ!? おいシバ! そっちで何とかならねぇか!?」
「無理だ! ジョン、こっちも精神耐性をかけているが全く効果が無い! 信じられん。小範囲と言えども魔法を無詠唱で放つなど。すでにアレは人間の範疇では無いぞ。だが、動けなければ、俺等はただのお荷物だ! 死ぬ気で抵抗しろ。でなければ女子供も守れない騎士として、それよりも王に危険が及ぶ!」
騎士さん達がその場にピタリと縫い付けられた様に動きが止まる。
嘘でしょ?精神系の魔法だと思うけれど、私が過去にギルさんに使った影縫いよりも段違いの威力ね。
「貴様ァ! 余の臣下達を喰らうと言うのか! そしてその魂を穢すと言うのか! 許さん! 赦さんぞ! 大剣! ヌオオォォオオラァ!」
王様が戦斧を振りかぶると、それは長大な剣となった。そのままジャックに向けて振り下ろす。足が繋ぎ止められているのでそのまま慣性に任せて、と言った様子だけれど。
「……何だこれは? 地裂王と名前が付いているが、所詮はやはり人間か。いや、猫だな。くだらん」
ジャックは本当につまらなさそうに、王様の剣化した鉄塊を人差し指と中指のたった2本で挟み、止めた。嘘でしょ……。あれ、王様が振るっているから凄く軽そうに見えるけれど、100カルス(100kg)近くあるのよ?
「ぬっぐっ! おのれおのれおのれおのれぇ! 余を愚弄するか! 貴様の所業、赦し難し! 必ずや仕留めてやろうぞ、吸血鬼!」
王様が顔を真っ赤にしながら剣を両手で引いている。全く動く気配が無いって事はジャックの力は先程よりも更に強化されているって事よね……。一体どれほどの力を秘めているの。
「チッ! これだけは使いたくなかったんだがな。セバスチャン、色々と後始末を任せて良いか?」
「それは構いませんが、もしやとは思いますが、人の手に余るほどの技能を使うおつもりでは無いでしょうな」
「……ヘヘッ。すまねえな。けれど、アレはそうでもしないと無理だろう。それとも何か? セバスチャンは子供に大人の尻拭いをさせるつもりか?」
「フッ。耳が痛いお言葉ですな。仕方がありません。力をお貸しいたしましょう。アルカード様も宜しいですな?」
ブラッドとセバスチャンさんが話している。アルカードさんにも話が振られ、彼はしばらく考えた後に口を開いた。
「ああ、リンには負担をかけてばかりだからな。ここは我々大人達が良い所を見せなければな。私とブラッドとセバスチャン、丁度三人か。友との結束で良いか?」
「何だよ、そうすると俺が愚者の役目か。まぁ良い、どうせやるのは俺だからな。ちょうど良い」
何をするつもりなんだろう。友との結束と言う単語も初めて聞くけれど。
「友との結束! 我が力は友と共に伴を連れ、供を吊る! 愚者となりし我は此処に宣言す! 我が血は炎なり! 我が身体は煮えたぎる溶岩なり! すなわち我が命は全てを飲み込む赤き暴風とならん! 技能! 豪炎の精霊!」
ブラッドがザクリと音を立ててエストックを床に突き刺し、詠唱する。え、ちょっと待って!?サラマンダーって聞こえたけれど、この詠唱は人が使って良い物じゃない!
「ふー……。成功したか? 正直俺一人だったら力が足りなくて燃え尽きている所だったからな。助力、感謝する」
「フフフ。礼には及ばん。だが、魔力をごっそり持っていったんだ。それ相応の働きはしてみせろ、ブラッド」
ブラッドの言葉にアルカードさんがニヤリと笑う。けれど、額から一筋汗が垂れている所を見ると、あまり余裕は無さそうね。
『拙いな、今俺はリンの目と耳を通して五感を共有しているが、あれは長時間使っていると術者本人の身体が崩壊するぞ。古代の剣士が使っていた禁じられた技能だ。しかも友との結束つきだ。あれは友と認定した者の血の承認が無いと解けない制約だぞ。それは位が低いものほど反動も多いが力も増す。今アイツは愚者と言ったな? あの吸血鬼が主人、執事は執事として、愚者は最下位だ。短期決戦をしかけるつもりだろうな』
「え、兄さん。じゃあブラッドは……」
私が右手に大鎌を持ち、呟くとブラッドから大地を揺るがす様な雄たけびが聞こえた。
「ウォガオオオオオオ! ジャックゥウ!」
「ブラッド!?」
まるで獣の様な叫びに私の口から驚きの声が漏れる。
「リン! 退け!」
ブラッドの声が聞こえた。赤い閃光が私とジャックの間に入り込み、トンと私の胸を押す。
「わっととと」
私は押された衝撃で2、3歩下がり、大鎌を杖代わりにして体勢を整える。
ギィンと、妙な音が響いた。
ガラスと金属を擦り合わせたような異質な音が。
「フン、何の技能を使おうが無駄だ。現にお前の動きは止まって見える」
ジャックが爪を伸ばし、ブラッドのエストックを受け止めている。さっきの音はこれだったのね。
「そうかよ、ならこれはどうだ? 楽しめると思うぜ! 豪炎の欠片!」
ブラッドの声と共に炎があがり、菱形の赤い水晶みたいな物が周りに浮かんだ。
「ぬ。これは下位精霊か……。この炎、魔の物を燃やし尽くす類のモノだな。少々侮っていたか」
ジャックの声が宙に浮かんだ水晶の塊を見て、真剣味を帯びている。
「……豪炎の精霊まで使わせたんだ。御代は死出の船賃だ。さぁ、もっと楽しく死合おうぜぇ!」
ブラッド自身もその身体から炎を噴出させた。
「うぷっ!?」
私は熱気に当てられて更に下がる。と、何かに躓いた。しまった、祭壇の段に!?倒れる!
「おっと、危ない。全く、リンは不注意すぎ」
レンが私をそっと支えてくれた。
「あ、ありがとうレン。動ける様になったの?」
「いや、まだだよ。幸いリンが丁度僕の手が届く範囲で転んでくれて良かったよ。しかし、その大鎌もだけれどブラッドも危険だね。あのままだと彼、文字通り燃え尽きるよ」
レンがスッとブラッドとジャックを指差す。
そこでは凄惨な戦いが繰り広げられていた。
「グガアァァァ! 何故だ! 何故その様な貧弱な剣が私の身体に通る!」
「当たり前だ。この技能は魂までも火の精霊、サラマンダーに捧げるものだ。特に屍人や吸血鬼の類には良く効くだろう?」
グズリと音が聞こえ、ブラッドの剣がジャックの身体に刺さった後には真っ赤な炎が燻っている。まるで蛇かトカゲの舌の様にチロチロと。
「あれ、消えないよ。あの炎。多分ブラッドの魂を削ってる。もしかして彼、此処で果てるつもりかも知れないね」
え、そんなのは嫌だ!少なくともブラッドが此処で死ぬなんて!ジャックの命と引き換えにして良いモノじゃない!
「レン! アルカードさん! セバスチャンさん! ブラッドのあれを止める方法は!?」
私の声に三人とも首を振った。
「無理だ、リン。技能の使用者本人が解除を望まない限りはな。私達二人の血、一滴ずつでも飲ませれば解除はされるが、ブラッド本人がそれを拒むだろう」
アルカードさんがゆっくりと呟く。
「グガァアア! 熱い! 暑い! 暑苦しい! 貴様ァ! 吸血鬼を超えた吸血鬼である私にこの様な事をしてタダですむと思うなぁ!」
「タダじゃねーって。俺の魂と引き換えだ。さあて、死出の旅路も死舞いと行こうか。……グッ!? アッ!? ……くそっ! もうか……!?」
「ブラッド!?」
ブラッドの様子がおかしい。ジャックを追い詰めている筈のブラッドが逆に苦しそうだ。そしてブラッドの足が止まり、片膝を付く。
「グハハハハ! クハー……。クハー……。捕まえたぞぉ! ブラッド! よくも私の身体をこの様な物で穢してくれたな」
「グァッ!? グガ、ガ……」
ジャックが動きの止まったブラッドの首を片手で掴み、持ち上げている。身体に突き刺された剣の痕は塞がっているようだけれど、未だに炎は燃え続けている。
「首の骨を折ってしまえばこの忌々しい炎も消えるだろう。では、さらばだ、血の惨劇。何、聖女も少女もすぐに星の流れに送ってやる。星の中でお前が手にかけた子供と共に永劫の時を歩め」
ジャックが更に腕に力を込めた。ミシリと言った妙な音が聖堂に響き渡る。
「やっ! やめてーーーー!!!!」
今日、何度目かの私が発する絶叫が聖堂中に響き渡るのだった。
閲覧ありがとうございます。
リン「ブラッド、格好良かったけれど何か意図してる所があるの?」
私「うん、人間が魔の物に対抗する為にちゃんとその辺りを書きたかったの」
リン「でもブラッド捕まっちゃったよ?」
私「うん、戦闘回も終盤。次か次の次辺りで終わるよ」
リン「早く読ませてよぅ」
私「あはは、体調次第だけれど頑張るね」




