領主様のシチュー
うん、まぁ普通はそうなるよね。
なんとなくだけれど、予想通りの反応だ。
「アンヘル、原初の木とも呼ばれているトレントだよ。今は色々と助けてくれてるんだ」
「はじめまして、かな? 小さき人よ。君の事はリンから聞いているよ」
一方のアンヘルはと言えばまだ大口を開けてポカーンとしている。
「ほっほっほ。木が喋るのがそんなに珍しいかね?」
トレントが優しくアンヘルに話しかける。その言葉でようやく落ち着きを取り戻した様子のアンヘルはたどたどしく話し始めた。
「えと、アンヘルって言います。ども、リンがいつもお世話になっています」
……駄目だ、やっぱり動揺している。たぶん自分が何を言っているかも分かってないんだろうなぁ……。
それを感じ取ったのかトレントは事も無げに話す。
「ほっほっほ。リンと仲良くしてやってくれればそれで良いんだよ。さて、それじゃあ私は眠いからまたまどろむとしようかねぇ」
大きな欠伸を一つし、瞼を閉じるトレント。
「あ、うん。起こしてごめんね。アンヘル、そろそろシチューもできるだろうし、家にもどろっか」
アンヘルの手を引き、起こしてしまったトレントに詫びてから家に戻る。
「おぉ、リン。火も通ったしそろそろ食べごろだぞ」
アルカードさんが鍋をゆるゆるとかき混ぜながら食器は何処にあるか聞いてくる。
腰をトントンと叩いているのは、かまどが私の身長に合わせた作りなので中腰になっていたからだろう。少しだけ悪いことをしたかなと思う。
そもそも領主様にご飯作ってもらうってすごく失礼なことじゃないの?
うわぁ、どうしよう。私大変なことしちゃったかも。
「リン、また変な顔になっているぞ」
落ち着いたのかアンヘルが私の顔を覗き込み、頬をむにむにと引っ張る。
「いひゃいいひゃい」
深緑の色をした少年に頬をつねられ、たまらず悲鳴が漏れる。
その温かな手をやっとの思いではずすと食器を取り出しにかかる。
木の器とスプーンを出し、昨日アデラおばさんから買ったパンを切る。
とろりとしたシチューが三人分の器に盛られ、配られる。
「すみません、アルカードさん。色んなことを手伝っていただいて」
「何、気にする事はない。それよりも、冷めないうちに食べようではないか」
アンヘルのお腹がグルグルと鳴っている。まるで今にも飛びつかんばかりに。
「そうですね、では太陽と月の恵みに感謝を。ほら、アンヘルも印を結んで!」
いただきますと呟いてシチューを一口。たまねぎの甘味が口に広がり、温かいものを口にした安堵感も相まってホゥとため息が零れた。
「美味いな」
「はい、美味しいです。具材を持ってきていただいてありがとうございます」
アルカードさんにお礼を言う。
でもどうやって持ってきたんだろう。狼に変身してきただろうからやっぱり口に咥えてかな?
バスケットを口に咥えて森を走る狼のシュールな姿を想像してクスリと笑みが零れた。まるで童話に出てくる赤ずきんだ。
「ん? どうしたんだ? リン」
アンヘルが訝しげに聞いてくるが、ここはシチューが美味しかったと答えておこう。
なによりもアルカードさんに失礼だしね。
「あぁ、確かに美味いな。領主様、ありがとうございます」
熱いのでガツガツとはいかないけれどホクホクと食べているアンヘルが礼を述べている。
「それで、だ。もう外は遅い。村に帰るんなら送っていくがどうするかね?」
「あ、それなんですけれど。もう夜も遅いし泊まっていってもらおうかなと考えていたんです。」
「んなっ!? それはいかんぞ! 年端もいかない女性の家に男を泊めるなぞ許さん!」
アルカードさんの慌てた声に少しだけ驚く私。
そんなにいけない事かなぁ?アンヘルもまだまだ子供だし、私はちんちくりんだから女性としての魅力には欠けていると自負できる自信がある。
……うぅ、言ってて少し悲しくなったけれど……。
「とにかく、だ。アンヘル君、君は私が送っていこう。リンも昨日、風邪をひいたんだ。早めに休むが良い。今日来たのはこれからの事について話があったのだが……」
「え、リン風邪って大丈夫かよ? 悪い、そうとは知らずに無理言っちまったな」
「ううん、もう治ったから大丈夫。とりあえずアルカードさんが送っていってくれるならお任せしてもいいかな? さっきの痴態からは想像できないかもしれないけれど、すごく強いんだよ。アルカードさんって」
「痴態……痴態か……ふふ、リンの目にはそう映ったのだな……フフフ……」
あ、なんだかアルカードさんいじけてる。少しだけ可愛いかも。まぁあまり気にしないように伝えておこうと口を開いた時には玄関を開けられていた。
「さ、アンヘル君。食べたばかりで悪いがもう夜も遅い。行こうではないか」
「はい、領主様。ありがとうございます。リンもありがとうな、今度は俺からも食材何か差し入れるよ」
その言葉に少しムッとした雰囲気のアルカードさんがいるが口には出さなかったみたいだ。
二人を見送り、未だ畑を耕しているゴーレムに声をかける。
ゴーレムって命令があると半永久的に動くんだっけ……。
でもあまり命令と言う言葉は好きじゃないんだけれどなぁ……。
そう考えながらゴーレムを呼ぶと「ハニッ」と返事をしてこちらに寄ってきてくれた。
名前も付けなきゃなぁ。埴輪みたいだからハニワンとかハニ丸とか?
まぁそれは後でもいっか、とりあえずお風呂に入りたいから水を入れてくれるように頼む。
「ゴーレム、井戸から水を汲んでお風呂に入れることはできる?」
「ハニホー!」
まるで御安い御用だといわんばかりに返事をする。
タライも桶も持たずにどうするのかと見ていたら井戸の方へ向かい「ハニッ」と一言。
水がゴーレムの口に吸い上げられていく様を見て驚いた。
「パニッ」
うわぁ、なんだか体積が2倍くらいにふくれあがってちゃぷんちゃぷん音がしてる。
そのままお風呂の方向に向かい、一言。
「パニポー!」
口からまるで水道の蛇口を目いっぱい捻ったかのように水が溢れ出す。
「……すごい……」
格好はどことなく間が抜けているけれど、こんな事は普通のゴーレムには無理だ。アンヘルとかが村で変な事言わないでいてくれると良いんだけれど……・
「あまり目立ちたくないんだけれどなぁ……」
私の切実な願いはお風呂に注がれる水音でかき消されていくのだった……。
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