目がぁ!目がぁ!
「オバァァァァ! あつ!? あちちち!」
ドアを開けたアルカードさんがアンヘルを見て妙な悲鳴を上げる。
両目を押さえてゴロゴロと転がりながら。
「アンヘル! あの人黒き翼! あなたの村の恩人よ!」
慌ててアンヘルの腰の辺りに飛びつく。
その言葉にアンヘルの蜃気楼みたいなもやは消え、魔力を発散するのも止まったみたいだ。
「アォォオオオ! 目がぁ! 目がぁ!」
アルカードさんはまだジタバタしている。
「アルカードさん、とりあえずそっちのソファへ。大丈夫です? 目、見えます?」
何か冷やすものを持ってきたほうがいいんだろうかと考えながら、アルカードさんに声をかける。
「あ、あぁ……なんとかな……。しかし、その少年は一体……?」
あぁ、会うのは初めてなんだっけ。
私は簡単に二人を紹介する。
「アンヘル、この人はアルカードさん。ここの領主様で黒き翼の称号を持つ人だよ。で、アルカードさん、その子はアンヘル。教会から奇跡を受けてるみたい。昔、村を悪い吸血鬼から黒き翼に救ってもらったんですって。アルカードさんの事じゃないの?」
その言葉にふむと手を顎に当てて考える様子をしたアルカードさん。
何かを思い出したようで「おぉ」と小さく呟いた。
「もしかしてフィネ村の子供か? 確か教会から奇跡を起こす子供がいるとは報告を受けていたが……」
「……そうです、すみません。吸血鬼の気配を感じたので領主様とは知らずに無礼をしました」
敬語を使うアンヘルが珍しい為に腰にとりついたまま硬直してしまう私。
「いや、こちらも失態を見せた事を詫びよう。しかしさきほどの魔力……あまり使いすぎると……死ぬぞ?」
死という言葉に私の体がビクリと反応する。
その震えがアンヘルにも伝わったらしく、アンヘルが私の頭をワシャワシャと撫でてくれた。
「普段は太陽が出ている時にしか使えないんだ……です。でも今日は何故か夜でも使えました」
「リン、ぽむとぽこが何かをしたのか?」
「ぷ」
「ぽ」
何もしていないという風に首を振るぽむとぽこ。
つつとアルカードさんの視線が鍋に向かい、ダッチオーブンに向けられる。
「原因はあれか……。トレントの魔力が満ち溢れているな。おそらくそのせいだろう」
「うぇぇ!?」
アンヘルから離れた私の口から変な声がもれる。
あれは普通のリンゴじゃなかったの!?私何か変な事しちゃった!?
疑問がぐるぐると頭を渦巻く。
「トレントの魔力はその少年の魔力と相性が良いんだろうな。なんていったって魔力の塊みたいな実を食べたのだろう?」
アルカードさんが紅い瞳をキラリと輝かせ、私の悩みを読み取ったようにゆっくりと話し始める。
「あ、アルカードさんも食べますか? 少し冷めてますけれど……。そういえば晩御飯もまだでした。アンヘルも食べるよね?」
と、いってもそんなに材料があるわけではないのでメニューは限られてくるけれど。
「俺はさっき食べたからそこまで腹は減ってないけれど、何かあるなら貰おうかな」
アンヘルが答える。この腹ペコ坊やめ。
「不自由しているのでは無いかとおもってな、食材を持ってきたのだが……」
そう言うとアルカードさんは玄関に置いてあったであろうバスケットをテーブルの上に置く。先ほどの騒ぎで散乱していないのがせめてもの救いだ。
中身は鶏肉、にんじん、じゃがいも、たまねぎなどの野菜だ。
「わぁ、ありがとう! アルカードさん! これだけあればシチューができるよ!」
「俺、シチュー、好き! リン、作る、俺、食べる!」
なにやらアンヘルが妙な言葉遣いになってしまった。
今から作ると少し遅めの夕食になってしまうけれど我慢してもらおう。
うきうきとエプロンをつけ、じゃがいもとにんじんの皮を剥きにかかる。
「リン、それは私がやろう。その間に牛乳と湯を沸かしホワイトソースを作ると良い」
そっと私の手の上に手を重ねられ少し鼓動が早くなる。
「う、うん。ありがとう、ございます」
「気にすることは無い。我が家では使用人の数も少ないのでな。私も少しは料理くらいはできるぞ」
少し赤くなった頬を感じながら、シチューをつくるためホワイトソースを作りにかかる。
「リン、俺も手伝うぞ!」
アンヘルが息巻いてフンスと腕を捲るがアルカードさんに止められた。
「いや、君は座っていたまえ。あれほどの魔力を放出したのだ。疲れていないほうがおかしいというものだ」
「領主様を働かせて領民が座っているのは心苦しいんです」
「そうか」と答え、また顎に手をやる。癖なのかな?
「では、風呂に井戸から水を汲むと良い。リンの為にもなるしな」
「いやいや、アルカードさん! もう暗いから危ないですってば! ゴーレムに頼めば水くらい運んでくれますから!」
自分でも夜の井戸の怖さは知っている。
もし足を滑らせて落ちでもしたら、どちらが上か下かも分からなくなっておぼれてしまう危険があるのだ。
「そうか、いやすまない。人間は夜目が利かないのだったな……。ではやはりおとなしく座って居たまえ」
渋々といった風体でアンヘルがテーブルに着く。
「ぽ」
「ぷ」
あ、ぽむとぽこがアンヘルを慰めてる。まぁそのままもふもふしてて、すぐ出来上がるから。
隣で「勝ったな」などとアルカードさんが呟く声が聞こえたけれど聞こえないフリをした。
アルカードさんが切ってくれた野菜と鶏肉を炒め、塩と胡椒で味付けをする。
ホワイトソースも大分とろみが出てきたのでさらに水を加え、炒めた野菜と肉を入れる。
ジュッという音と共に、沈んでいく具たち。良い香りが立ち上る。
これで焦げないようにかき混ぜていれば完成だ。
せめてここはアンヘルに任せるとしよう。
アンヘルを呼び、焦げないようにかき混ぜてくれるように頼む。
その間にアルカードさんに焼きリンゴのカスタードがけを出しておいた。
「これは美味しそうだな、いただくぞ。リン」
冷めても食べられるようにしていたけれど、どうだろうか。少しだけドキドキしながらアルカードさんを見守る。
「んむ、美味いな。これほどのものを作れるとは屋敷で雇いたいくらいだ」
美味しいと言ってもらって少しだけ安堵する。でもお屋敷で雇われるのはお断りしたいなぁ。
「これは魔力が湧き上がるな……。トレントの魔力か。少々複雑な気もするが、な……」
「な、なぁ。そのトレントってのは何なんだ?」
ぐるぐると木べらで鍋をかき回すアンヘルが疑問符をつけて聞いてくる。
そういえばアンヘルには紹介してなかったっけ……。普通の木のフリをしてくれてたんだっけ。そろそろ紹介しておくべきかもしれない。
アルカードさんに木べらで鍋をかき回す役を代わってもらい、アンヘルを外に連れ出す。
「紹介するね、これがトレントだよ」
私の声に木のコブがもそもそと動き出しトレントがふぁぁとあくびをし、目を開ける。
「おや、もう木のフリをするのはいいのかい?」
「な……な……」
「うん。アンヘル、この木がトレントだよ」
私の事も無げに話す声にアンヘルの叫びが辺りに響き渡った。
「なんじゃこりゃー!!!!!!」
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