カスタードハーモニー
「ハニホー! ハニホー!」
「おわっ!? なんだこれ!?」
外からゴーレムの声が聞こえる。それと少年の驚くような声も。
その声で一気に現実に引き戻された。
時刻は陽が傾きかけたいわゆる斜陽と呼ばれる時間だ。
不味い、少しの仮眠のはずがぐっすり寝てしまった。
慌てて体を起こして着衣の乱れや寝癖がついてないか鏡をちらりと横目で見てから階下に向かう。
「よぉ、リン。カスタードの材料と食いもん持って来たんだけど、外のアレ何だ?」
うぅ、あんまりつっこまないで……。
「アレ、私が作ったゴーレム……」
「へぇ! すごいな! あんなすごいゴーレム作れるなんて大魔法使いの才能あるよ、リン!」
え、アンヘルが見てもあれってすごいんだ……。小学生でももっとまともなの作れると思うのだけれど……。
いや、それよりも大魔法使いとかやめてぇ!私はただのちんちくりんの魔法少女でいたいんですぅ……。
凄いと褒められて更にザックザックと土を掘り返す速度が上がった様子のゴーレムを他所にアンヘルを家に招きいれた。
「これが小麦粉、そして砂糖に、今日取れたばかりの卵とミルク。一度沸かしてあるから冷めるまで待っていたら時間がかかっちまった」
アデラおばさんに聞いてきたんだ。と鼻をこすり得意そうに話しながら テーブルに材料を置くアンヘル。
「前もって言ってくれればよかったのに」
トレントのおかげでアンヘルが来るのは分かってたとはいえ、昨日の今日で来るとは思わなかった為、少し不満げに嫌味を込めて言ってみる。
が、アンヘルには全く通じてないようだ。
「じいちゃんやアデラおばさんがこういうのは早い方が良いって言うんで、今日持って来たんだ」
もう、なんであの二人は私とアンヘルをくっつけようとするの!
「しょうがないなぁ……」
「やりぃ! 教えてくれるんだな?」
アンヘルの歓声を前に腕まくりをし、かまどの火種に魔力を込める。
ダッチオーブンは少し横に避けておく。
冷めているため、温めてからカスタード添えにしてアンヘルに出そうと思ったのだ。
「なぁ、リン。その鍋から美味しそうな匂いがするんだけれど……」
「ふふ、後でのお楽しみ」
アンヘルの視線をヒシヒシと感じるのが少し楽しくなって少しだけ御預けすることにした。
まるで犬に「待て」をしているようで気分が良い。
……私Sじゃないよね?そうだよね?
手持ちのバニラビーンズのさやと牛乳をかまどにかけながら自問自答をして卵を割り、泡だて器で砂糖と混ぜ合せる。
アンヘルはここまでふんふんと聞いている。
……メモとかとらなくて大丈夫なのかな?
と思ったけれど、この世界は紙の質はまだまだ悪い。
結構嵩張るので持ち運ぶには少々困難だ。
いつも紡の時メモを持ち歩いていたことを思い出してクスリと笑みがこぼれる。
「しろっぽくなったら小麦粉を入れてね。ダマにならないようにするのがコツだよ」
「ダマになるとどうなるんだ?」
「小麦粉のかたまりを食べたいと思う? つまりはそういうこと」
なるほどと頷くアンヘル。バニラビーンズのさやを取り、ここで漉しながら沸騰直前まで沸いた牛乳に加え、木べらで混ぜ合わせていく。
「後はこれで焦がさないように、ダマにならないように混ぜていくだけ。簡単でしょ?」
「簡単そうに見えるけれど結構手間がかかるんだな」
「料理は手間暇かけた方が美味しくなるのよ」
アンヘルの言葉にそう答える。
ママから教わった言葉をそっくりそのまま。
しばらくかき混ぜていると陽も傾き暗くなってきたので天井の灯りをともす。
フツフツと音がして、とろりと流れ落ちるようになったら完成だ。
となりのダッチオーブンからもバターとシナモンの香りが漂ってきている。
アンヘルはというと瞳がキラキラして、何が出てくるのか待ちきれない様子だ。……そんなに期待するほどのものじゃないよ、と一言断ってテーブルにつかせる。
十分に温まった焼きリンゴを皿に載せ、上から熱々のカスタードクリームをとろりとかける。
普通は冷ますのだけれど、熱いものには熱い状態の方が良いだろうと考えたからだ。
コトリとアンヘルの前に置くと歓声が上がった。
「うぉぉおお! 美味そう! な、なぁ、これホントに食べていいのか? いいのか? 後で返せとか言わないよな!?」
「そんな意地汚い事しないよ。さ、召し上がれ」
苦笑して自分の分もお皿に取り、カスタードをかける。
シナモンバターとカスタードの優しくて甘い香りが組み合わさって何とも言えない。
アンヘルの前に座るとアンヘルが一口目に噛り付く所だった。……どんだけ我慢できないのよこの子は……。
「うんんめぇえぇぇええええ!」
一瞬山羊が鳴いたかと思うような鳴き声が聞こえ、それが美味しさを表現する言葉だと気付くのに数秒かかった。
「気に入ってくれたようで何よりね。……ウンディーネにもカスタードかけ食べさせてあげたかったな……」
小声でボソリと呟くが目の前の少年は全く気付いていないようだった。
「すげぇよ、リン! とろとろあつあつのクリームとリンゴに染み込んだバターが口の中で暴れまわってる! これ食ったら300オルムは走りまわれそうだ!」
……どこの料理評論家ですか、アナタは。いや、それよりもそんな一粒300メートルは走れるみたいな言い方しないで。
私もカスタードがけ焼きリンゴを一口含む。
あ、ホントに美味しい。カスタードの陰に隠れていたリンゴの蜜がまるでジュワッと口の中ではじけるみたいに。
「ぷ!」
「ぽ!」
まるで頂戴と言わんばかりに足元に擦り寄ってきたぽむとぽこにも一口ずつ分けてあげる。
「ぽぷー!」
あ、踊りまわってる。そんなに気に入ったのかしら……。いや、これはまるで私の魔力糸を食べたときの反応のような……?
もの思いに耽っているとアンヘルの言葉で現実に引き戻された。
「俺の従兄妹は料理が下手だからこんな美味しいもん食べたの初めてだよ、ありがとうなリン!」
「へぇ、従兄妹ってどんな子なの?」
その後アンヘルと色々な話をしていたらとっぷりと陽が暮れて夜になってしまった。
「あ、やっべぇ! そろそろ帰るわ、リン! 今日はありがとうな!」
アンヘルが窓の外を見て、声を上げる。
いや、こんな夜に少年一人で帰らせるわけにはいかないでしょう。夜行性の獣は大抵夜活動するものだ。
正直男の子を家に泊めるのはどうかと迷ったが、部屋も空いているし泊まってはどうかと言おうとした矢先にアンヘルの雰囲気が変わった。
「……嫌な気配がする……」
アンヘルから蜃気楼のように太陽の魔力が零れだす。
まるで薄いもやをまとったようにゆらゆらと形を変えながら。
そしてアンヘルの目は玄関に向けられる。私もつられて玄関を見ると声がノックの音と共に聞こえた。
「こんばんは、リン。家の周りに柵を作ったのだな。見事な出来栄えだ」
この声は……アルカードさん!?
「吸血鬼ッ!」
アンヘルの声とともに太陽の魔力が跳ね上がる。
不味い!こんな魔力に当てられたらアルカードさんまた暴走しちゃう!いや、それよりも今は夜なのにこんな魔力を使ったらアンヘルが!
「リン、入ってもよいか?」
「去れ! 吸血鬼ッ!」
「駄目! アンヘルッ!」
のんびりとしたアルカードさんの声とアンヘルの恫喝を含んだ声と私の切迫した声が響くのは同時だった……。
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