第7話
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
体のあちこちが痛む。
考えたくない場所まで、きっちり痛かった。
頭は重い。寝たところで取れない種類の疲れだ。
目の下の痣は、一晩でさらに濃くなっていた。
洗面所の鏡の中で見ると、昨日よりも妙に機嫌が悪そうに見える。
まだ、どういう色になってやろうか迷っているみたいだった。
そっと触れて、顔をしかめる。
廊下に出ると、陶器の触れ合う小さな音と、電気製品の低い唸りが聞こえた。
音をたどって台所へ向かう。
花はもう食卓についていた。
髪は雑に結ばれ、パーカーの袖は手の甲までかぶっている。
俺が入ると一度だけ顔を上げ、すぐに味噌汁へ視線を戻した。
「おはよう」
「おはよう」
彼女の目が、俺の痣に一瞬だけ触れる。
そして逸れる。
聞かない。
俺も言わない。
誰にやられたのか聞かれなかったことに、少しだけ安堵した。
湯を注ぐ。
やかんの音が、必要以上に大きく響いた。
俺たちの間にある沈黙は、敵意ではない。
ただ脆い。
お互い、踏み出すのをためらっている橋みたいだった。
「眠れたか」
肩をすくめる。
「部屋は平気」
「そっか」
向かいに座る。
花は黙って食べ続けた。
音を立てないようにしているみたいに、ゆっくり、几帳面に。
ふと、昨夜のことを知られたらどうなるのか考える。
せっかくできかけた、この薄い平穏は、それだけで壊れるのかもしれない。
昨日の花の声が、勝手に頭の中で蘇る。
女の人と。
若い人。
子どもじゃないけど……若すぎる。
普通に嫌。
無言のまま食事を続ける。
気づけば、彼女の手元を見ていた。
トーストの耳をちぎり、皿の端にきれいに重ねていく。
そんな癖があることを、俺は知らなかった。
花は朝食を終えると、椅子を引いて立ち上がった。
「ちょっと勉強する」
「分かった」
「仕事、頑張って」
小さな声だった。
彼女は台所の入口で、ほんの少しだけ立ち止まる。
何か言いたいことがあるようにも見えた。
でも、その瞬間をまだ信用しきれていないようにも見えた。
やがて、廊下の向こうへ消える。
何でもない。
でも、昨日よりは少しだけ多かった。




