第5話 金で買える身体 ②
ユリウスの提示した外装に目を剥いた義体屋の店主は、ブツブツ言いながらも作業に取り掛かった。
「アンタの友人は幸せモンだな。他人のためにこれだけしてやろうってヤツぁ、木星圏じゃあついぞ見ねぇや」
「何言ってんですか。親切な人なら俺の目の前にいるでしょ」
「……アンタな。誰にでもそう言うコト言ってっと、そのうち勘違いした女辺りに刺されんぞ」
涼しい顔で混ぜっ返したユリウスに、店主は苦虫を噛み潰す。その渋い顔に、だがユリウスは何処か懐かしむような顔を見せた。
「何処にでも親切な人はいるもんですよ。ありがたいことにね」
店主はフン、と鼻を鳴らした。
「そう言える地球圏ってのはいいとこなんだろうな。少なくとも木星圏よりゃあよ。電装街はカラダを失くしたクズどもの吹き溜まりだ。俺がアンタに親切なのは、単にアンタが金払いのいい客だからにすぎんよ。ここじゃ金が全てだからな」
「金さえあればまた歩けるようになるってんなら、地球圏より幸せな気もしますけどね。地球圏で足なんて吹っ飛んだら、そのまま這いつくばって生きるしかありません」
「その金が問題なのさ。クズどもは大抵、大して金を持っちゃいねぇ。お前さんの言う通り這いつくばって生きるか、そうじゃなくとも合わねぇ粗悪な義体でやってくしかねぇんだ。金持ち連中は肉体は生命の檻だとかなんとか宣って、欠けてもねぇカラダを換装してるのに皮肉なもんだよ」
「生命の檻ってヤツ、嫌だよナー。俺なんて生体パーツゼロだけどサ、全然長生き出来る気しねーモん。生体に戻りてぇ、っつってる連中の気持ちも分かるナァ」
のほほんとした様子で話に割り込んできたエイトを、店主はじろりと睨めつけた。
「復肉教の連中の話はすんな、エイト。気分が悪ィ」
「復肉教?」
耳慣れない言葉に思わずユリウスが聞き返すと、店主は額を押さえて溜息を吐く。
「そら見ろ、興味を持っちまった」
「ン? 俺のせいカ?」
「はぁ……。いや、単語を出したのは俺だな。……こいつぁ気分のいい話じゃねぇぞ、それでも聞くか」
ユリウスは神妙な面持ちになって頷いた。次いで店主はツェツィーリヤにも視線を走らせたが、軍服の美女は既に居住まいを正して傾聴の姿勢を取っている。店主は再度溜息を漏らすと、すらりと長い脚を取り出し、それを胴体に取り付ける作業をしながら話しだした。
「連中について話す前に、まず木星圏の社会構造を話してやらんといかんか。あんたら、どの程度の知識がある」
「木星圏は太陽系統合政府の傘下に入っていますが、実際のところは防衛軍を初めとした太陽系統合政府の組織はほぼ機能しておらず、木星企業連合の実効支配下にある……と言った話でしょうか」
「ああ、そういう上層部の話じゃねぇよ。いや、関係あるか? ここの社会構造を知るには企業の話は外せねぇか。木星圏には3種類の人間――あえてこう言うが、人間がいる。ひとつめは企業所属の金持ちどもだ。ふたつめは俺みたいな上にも下にも行けねぇ一般人。最後が人格コピーの奴隷どもだ」
「はいはイ、エイトさんはこの最下層だゼ」
「お前さんは俺が引き上げてやったろうが。義体核偽装ブチ抜くぞ」
「やだァ、コワーイ」
店主にひと睨みされて、エイトはくねくねと丸っこいボディを揺さぶった。
「……。まぁ、人格コピーは基本的に制御チップを付けられて人権無視で働かされてるわけだが、コイツみてぇに稀に脱走する奴がいる。だが脱走したって奴隷は奴隷だ。悪い一般人に捕まれば脱法制御チップでもっと酷い扱いを受ける」
「元々人権無視で働かされてるのにか?」
「企業にとっちゃ奴らは資産だからな。減価償却が済むまではメンテもケアも受けられる。だがそこらの一般人にはそんな技術もカネもありゃしねぇ。文字通り使い潰されるってわけだ」
「酷い話ですわね……」
翠の瞳に同情の色を濃く出したツェツィーリヤを、店主は鼻で笑う。もう1本の脚を引っ張り出し、それのチェックをしながら肩を竦めた。
「そうかね? アンタらだって道具を便利に使うだろう。人格コピーは人格があっても人間じゃねぇ。使い潰すヤツを責められはせんさ」
「おやっさん、そういうトコあるよナー。偽悪的っつーノ? 本性は俺みたいなポンコツを見捨てられずに拾ってくれる善人なくせによォ」
「黙っとれ、エイト」
「はぁイ」
「とにかくだ。右も左も敵だらけのコピーどもは、自分らで徒党を組むことにしたのさ。奴らは自分たちを虐げる元凶は機械の身体だと考えとる。そこでお仲間に肉に回帰する事が救いだと説くようになった」
「肉に回帰……生体に戻すということですの? コピーという事は元の身体がある訳でもないのでしょうし、そんな事が可能なのですか?」
「可能なんだよ。最も、アレが生体に戻ることだと俺は認めたくはないがね」
「……どういう事です?」
「いるだろう、この宇宙には。機械を肉にできてしまう奴らがよ。防衛軍のアンタらのほうが良く知ってる相手なはずだ」
ユリウスがはっとした表情になって猛然と立ち上がった。蹴立てられた空箱が転がる。青玉の瞳が店主を鋭く睨みつけた。
「まさか」
「そのまさかだよ。連中はアザトゥスを祀ってるのさ」
ツェツィーリヤが息を呑む。ユリウスが低い声で唸った。
「可能なのか、祀るなんてことが。あの性質のせいで防衛軍でも最近まで保管研究すら出来てなかったんだぞ!?」
「やめろ、俺にがなるな。俺は復肉教の一派じゃねぇし、詳しいことまでは知らねぇよ」
「……っ、すんません」
ユリウスは頭を振って箱のあった場所へ腰を降ろし直そうとした。だがそこに天板はなく、派手な音と共に蹴倒して逆さになっていた箱の中にハマり込む。
「大丈夫カ〜?」
ふわりと浮いてその姿を覗き込んだエイトに、ユリウスは憮然とした表情で「手ェ貸して」と呟いた。




