第5話 金で買える身体 ③
それ以降は会話も弾まず、淡々と義体の整備作業を眺めて過ごした。整備の様子に興味を持ったツェツィーリヤが時折質問を投げ掛けていたが、その会話も脳を上滑りしていくようで大して頭に入ってこない。
「可愛くなったナー。これ、兄ちゃんの趣味?」
だからだろうか、こういうエイトのしょうもない会話ばかりが耳に止まる。淡い空色の髪をヘッドパーツに固定する様を眺めながら、ユリウスは緩く頭を左右に振った。
「違うよ。言ってなかったか、俺はお使い。これはこの義体の代金をほとんど出したやつの趣味……だと、思う」
「なんだよゥ、歯の奥にモノが挟まったような言い方しやがっテ」
髪と同じく淡い空色に染まった睫毛は、静かに閉じられている。あの睫毛の奥には星を散らしたコバルトブルーの瞳が埋まっているはずだ。
(……ユウのやつ、怒るかな)
なァなァ、とまとわりついてくるエイトを無視して、ユリウスは思考の中に沈み込んだ。
ユウがいつからかシエロにリサの面影を重ねている事に、ずっと気づかないふりをしてきた。このお使いを頼まれた時。外装の希望をメモするユリウスの手がだんだん鈍くなるのを見て、ユウがぽつりと「あったらでいいから」と言った事を思い出す。珍しい体型でも、髪型でも、髪色でも、目の色でもない。だがありふれたそれを全て組み合わせることで、それはどうしようもなく一人の少女を想起させた。ユリウスは友の表情を思い出しながら思案する。何を思って「あったらでいい」と言ったのか。
結局ユリウスはなかったことにした。その一線を踏み越えるか否かを、自分の手に委ねてくれたのだと思うことにして。
ユリウスはちらりと、再度メモを見た。無機質な文字列に起こされた、死んでしまった同期の記憶。
(これはやりすぎだ、ユウ。シエロはリサじゃないだろ)
覚えている限りに顔を似せてしまった自分に、言えることではないのかもしれないけれど。鬱屈とした気持ちで見つめるユリウスの視線の先で、かつての同期の面影を色濃く映す義体は、その色を空の色に染めて静かに完成を迎えた。
「さて、確認してくれ」
店主の言葉にツェツィーリヤが立ち上がり、義体を検分し始める。しばらく一人で確認作業をしていた彼女は、座ったまま立とうとしないユリウスをじろりと睨めつけた。
「ちょっと。貴方のお使いだったんじゃありませんの?」
「任せていいか、中尉。ほら……女のコの身体だろ。じろじろ眺めるのは、気恥ずかしくて」
そう答えたユリウスの目は昏く淀んでいる。気恥かしさなど欠片も関係なさそうなその様子に、ツェツィーリヤは反駁しようと吸い込んだ息を溜息に変換して吐き出した。
「貸し、ですからね。貴方型番をメモしていたでしょう。渡してください」
「悪いね、そのうち利子つけて返すよ。電子メモなんだ、コイツで頼む」
ユリウスはバングルからケーブルを抜き出した。ツェツィーリヤの細い指が手渡されたそれをつまみ、自らのバングルに挿入する。バングルを同期モードにして電子メモを表示させると、後は全部お任せとばかりにそっぽを向き、その視線の先に来たエイトをちょいちょい、と手招いた。
「なんだよォ、散々無視しといたクセにサ」
ブツブツ言いながら寄ってきたエイトだったが、ユリウスがメックスーツのカーゴパーツを軽く叩いて見せると約束を思い出したらしく飛んできた。
「何だヨ、覚えてたのか」
「人を勝手に不義理にするなよ。約束は守るたちなんだ」
「ううーン、そうかァー。うーん、アー」
喜ぶかと思いきやモジモジとし出したエイトを、ユリウスは半眼で見下ろした。
「何だよ、歯切れ悪いな。買ってほしいモンがあったんだろ」
「いやー、まぁ兄ちゃんコレはさ、なんつーか、その。やめとけっていうかサァ……」
「最初はそいつ売りつけようとしてたくせに?」
「そりゃあさァ、行きずりの良く知らン奴ならマーイっかな? みたいなとこってあるってゆーカ」
意地悪な笑みを浮かべたユリウスに、エイトはアイパーツを半分だけ閉じて下を向く。その額を軽く小突いてから、ユリウスは表情を緩めて苦笑した。
「まだ名前も知らない仲だろ。売れるトコに売っとけよ。まあ心配すんな、別に俺が使うわけじゃないし」
「えっ、誰かをヤク漬けにすんノ!?」
「そんなことするか。こういうの喜んで解析したがる人が部隊にいんの」
「ええー。解析とかされちゃう卜それはそれでチョット困るっていうカ」
「大丈夫。俺たちは通りすがりの調査隊だから。変わり者の知的好奇心がちょっと満たされて終わるだけだよ」
「変な奴ゥ」
そうかもな、とユリウスは笑って、チップと引き換えにジャラジャラとクレジットを渡してやる。その背にツェツィーリヤの呆れ声が掛かった。
「確認終わりましたわよ。馬鹿みたいに仕込みまくった兵装も全部込みで」
「馬鹿って言うなよ。仕込み武器はロマンだろうが。アイツは喜ぶと思うけどな」
「女の子の身体をなんだと思ってますの」
「女のコ、ねぇ。てかこれこのまま持って帰んのか?」
ユリウスはガラクタの山に顔を突っ込んだ。奥で片付けをしていた店主が振り返る。
「なんだ」
「なんだじゃないですよ。支払い。ついでに裸の女のコ持って帰らなくて済むようにしたいんですが」
「ああ、ちょっと待て」
店主は工具箱を降ろすと、機械腕の内側を手元で操作してから差し出してきた。手首の辺りでくるくると小さくホログラムの木星圏通貨決済のマークが踊る。ユリウスがそこにバングルをかざすと、ちゃりーんと前時代的なジングルが鳴った。
「はいよ、即金2200……っておい、100多いぞ。最後の最後でヘマこいてんじゃねぇよ」
確認のために腕を引っ込めた店主が、金額を見て顔をしかめる。
「いいんだ。それでエイトにちょっとマシなパーツでもつけてやってよ」
「ァ!?」
そわそわとこちらを見ていたエイトが、憤慨した様子でボディを揺らした。
「おいコラ、同情か? 施しを受けるほど落ちぶれちゃいねぇゾ、兄ちゃん」
「ユリウス」
「ァ?」
「俺の名前。これでもう互いに名前を知る仲だな。言っただろ、貯まる一方の給金を友人の為に使えるなら有益だって」
「……そうなノ?」
ユリウスは答えず、エイトのドーム頭をコツンと小突いた。それと同時にメックスーツが背後からの飛来物を検知し、腕が勝手にそれを掴み取る。
ユリウスが振り返ると、背中を向けたままの店主が言った。
「やる。光学迷彩モジュールだ。義体にそれつけて帰れ。腕にはめてやるだけでいい」
エイトはこの後、腕パーツをちょっといいものに換装してもらいました。




