おまけ②
男の娘の憂鬱
「あの2人、いいかげんくっつけばいいのに。」
忌々しいと呟けば、隣に座る那奈ちゃんがクスリと笑う。 今日は学食で那奈ちゃんに遭遇して一緒にご飯を食べることになった。3年の付き合いにもなれば、会えば普通に一緒にご飯を食べるようにはなった。
そこには那奈ちゃんの友情と“私”の恋愛感情がベースにあって、それはこの3年間では変化させることはできなかった。だから、その関係を変化させたようにも思えるみゃーとケイスケ先輩の2人がもどかしくて仕方がない。
「あのもどかしさがあの2人の売りでしょ。くっついて目に見えてイチャイチャし始めたら単なる目障りでしかないわよ。」
肩をすくめる那奈ちゃんに、あの2人がイチャイチャしているのを想像しようとして、失敗する。
「みゃーがデレるとか、ないでしょ。」
「なくはないでしょ。いかにみゃーちゃんをデレさせるかは、ケイスケ先輩にかかってるでしょうけど。」
この3年間のみゃーとケイスケ先輩のやり取りを思い出すと、やっぱりそれにも頷けそうにはなかった。
「ケイスケ先輩がみゃーをおちょくってるのしか思い出せない。」
“私”の言葉に、那奈ちゃんがクスリと笑う。
「それは人目があるときでしょ? 二人きりの時にも同じとは限らないし。」
そういうこともあるか、と思ったけど、偶然どこかで遭遇したケイスケ先輩にからかわれたと憤慨しているみゃーの姿しかやっぱり思い出せない。
「そうかな?」
「…そうとでも思ってなきゃ、あの2人ずーーーーーーーーっとあのままだと思わない?」
「…そうかも。」
一体あの2人の関係に何があったら変化が出るのか、3年の付き合いになる“私”たちにもさっぱり予測がつかない。
「私も八代も院には行かないからこのまま卒業だし、あの2人を見守るのも、シロー先輩に任せるしかないわね。」
那奈ちゃんの口から“シロー先輩”の名前が出てドキリとする。…那奈ちゃんの想い人だからだ。
那奈ちゃんの気持ちは、最初からぶれていない。大学の4年になっても、那奈ちゃんの好きな人はシロー先輩のままだ。そして“私”の好きな人も、ずっと那奈ちゃんのままだ。
「ところで八代。今日の服装もひどいわよ。」
そして那奈ちゃんからは日々服装でダメ出しをされている。
「那奈ちゃんが見繕ってくれないから。」
そう言って那奈ちゃんを見れば、那奈ちゃんが肩をすくめて首を振った。
「それをやる義務はないし、たとえ私が見繕っても、精々まだマシ、のレベルよ。いいかげん、女装が似合わないって納得しなさいよ。」
絶好調の毒舌に、“私”の心がしびれる。
「男装したらその素敵なお言葉が聞けなくなるのかと思うと、男装するのがもったいなくて。」
本気でそう告げれば、那奈ちゃんは呆れた顔をする。
「八代をどMに調教した覚えはないんだけど。」
いえいえ、“私”が那奈ちゃんを本当の意味で好きになったのは、その毒舌ですから。間違いなく“私”のどМを開花させたのは那奈ちゃんだろう。…嫌がるので言わないけど。
那奈ちゃんが“私”に最初に近づいてきたのは、“シロー先輩”にお近づきになるためだった。ただそのために“私”のことを好きだと偽装して付き合うことにした那奈ちゃんは、間違いなく外道だろう。そして、“シロー先輩”と会うのには”私“ではあまり役に立たないと気づいた那奈ちゃんは、”私“を振った。「自分でその女装が似合ってるって思ってるわけ?! 自分の自信のなさを女装することで逃げようとするなんて最低よ!」そう付け足して。
普通ならきっと、那奈ちゃんのことを最低だと断定するところだろう。
でも“私”は、そうはっきりと“私”を一刀両断した那奈ちゃんに本気で惚れた。多分、“私”の感覚はおかしいのかもしれない。でも、那奈ちゃんと付き合いが長くなると、その毒舌が真実しか告げてない馬鹿正直なところとか、その毒舌の割には面倒見がいいところとか、どんどんはまっていった。
たぶん、那奈ちゃんは不器用なだけなのだ。その不器用さがかわいいと思う。
“私”が言っても、ふん、と鼻であしらわれるだけだけど。
ふと、物憂げに窓の外を見る那奈ちゃんの表情に、デジャブを感じる。
「どうかした?」
「…どうして?」
驚いたような那奈ちゃんは何の気なしにしていた表情だったらしい。
「お見合いがって言ってた時と同じ表情してるから。」
私の言葉に、那奈ちゃんが肩をすくめる。
「またお見合いが決まったのよ。…次はどんな理由で断ろうかなって思ってるところ。」
ドキリとする。
「相手は嫌なやつなの?」
「さあ? どこかの御曹司らしいわ。興味もないし、見てもない。」
那奈ちゃんの言葉で、また釣書も写真も見ずに見合いにいくつもりだとわかってホッとする。
那奈ちゃんはまだ見合いを受けるつもりはない。それが分かっただけでも十分だ。
「お見合いしないといけないから。」
何度目かの玉砕覚悟の告白で、そんな事実を知った。
「シロー先輩のことは…本気じゃないの?」
“私”の疑問は至極当然だろう。
「私は好きな人と結婚したいよ? でも、結婚ってそれだけって訳じゃないでしょ。うち、いわゆる旧家ってやつで、対面とかそういうのに異常に固執するのよ。…でも、それが嫌だと思っても、捨てるわけにもいかなくて。…私の家族だから。」
笑っていても哀しげに見えるその笑顔に、心を鷲掴みされた。
どうにかしてやりたいと、本気で思った。
プレッシャーに押し潰されそうになって、女装をすることで精神の安定を取ろうとするような情けない“私”だけど、本気で好きだと思える相手の願いを、叶えてあげられるなら叶えてやりたいと思った。
それが“私”の恋の終わりになるとしても、本気で好きな相手があんな哀しい笑顔をせずに済むなら、“私”の恋心くらい何てことない。
どうせ叶わないなら、せめて、本気の笑顔をプレゼントしたい。
そんなことを考えるようになった。
****
「何で!?」
ホテルの庭園で二人きりになったあと、声を潜めるように叫ぶ那奈ちゃんに、俺は笑って見せる。
怒って叫んでいても晴れ着姿の那奈ちゃんはキレイだ。
「仮でも婚約者ができれば、もう見合いはさせられなくてすむだろ。」
俺の言葉に、那奈ちゃんが目を見開く。
今日の那奈ちゃんの見合い相手は俺だった。無理矢理ねじ込んだ感はあったけど、この地域では優良企業と見なされているし、一応上場もしている。その会社の御曹司ってことだけで、那奈ちゃんの相手としては許されたらしい。
俺が大学で女装しているのを調べたかどうかは知らないけど、調べれば那奈ちゃんと仲が良いことも知られてるだろう。
だから相手としてアリと判断されたのかもしれない。何度見合いしても断る那奈ちゃんのおかげかもしれないけど。
俺が聞く限り、那奈ちゃんの見合い相手は、その背景だけは間違いなく優良物件だった。遊んでるって噂を聞く人間もいたけど、毎回断る那奈ちゃんはそんな相手の甘言も一刀両断だった。
だけど、もう大学も卒業だ。一応就職を決めているとはいえ、那奈ちゃんが断り続けるのも許されなくなるだろうと思った。だから、一計を案じた。
「釣書も見ずに行く見合いなんかやめて、シロー先輩を思う存分追いかければいいよ。婚約者公認なんだから、何かを気にする必要はないし。」
「婚約者公認でシロー先輩追いかけてどうするのよ!」
那奈ちゃんが信じられないと首を横に振る。
「シロー先輩捕まえて、那奈ちゃんが家を捨てる覚悟ができたら、シロー先輩と結婚すればいい。それまで俺が隠れ蓑になっとくから。」
「…そんなのできるわけないでしょ! 八代にどんなメリットがあるのよ! 何にもないじゃない!」
そう言って俺のスーツの袖をつかむ那奈ちゃんは、本気で俺を心配してくれている。
「あるよ。…那奈ちゃんが笑顔になれる。」
「どこに八代のメリットがあるって言うのよ!」
「俺は…嫌な相手と結婚して無理矢理愛想笑いしてるような那奈ちゃんは見たくない。だったらシロー先輩とくっついてもらって、幸せにしててもらってる方が嬉しい。」
違う!違う! と那奈ちゃんが首を横に振る。
「八代、内定もらってる会社、第一志望だったんでしょ! さっきの話だと、親の会社に勤めることになるんじゃない! 第一志望蹴って八代に何がメリットがあるのよ!」
さっき、仲人の人が俺が会社をつぐ覚悟を決めたんだと話したから、那奈ちゃんの両親の表情は安心してたし、俺との結婚にも前向きな発言が出ていた。
俺の内定をもらった第一志望は家業とは違ういわゆる中小企業だから。
「今すぐって訳じゃないから。第一志望の会社で何年か修行して会社に戻るって約束になってるから。」
「面白い会社見つけたんだって、八代熱弁してたじゃないのよ! あの会社を大きくしてやるんだって、言ってたじゃない!」
確かに言った。ここに行きたいって那奈ちゃんの前で素で熱弁した。あのときの気持ちは、今も変わらない。
「だから、それもやる。やってから、堂々と会社に戻るわけ。そうすれば、親の七光りとか言われずに済むだろ? ようやく、逃げ続けていたプレッシャーの原因に向き合う気持ちになった。そう言う意味でも、俺にはメリットが十分にある。」
言い切った俺の表情をじっと見ていた那奈ちゃんが、力なく首を横に振る。
「あの会社で社長になってやるって、宣言してたじゃないのよ。」
「…俺は親の会社を継ぐ勇気が持てなかった。責任を取れないって逃げて女装して現実逃避して。でも、那奈ちゃんのおかげで、その勇気を持とうと思えたから。だから、思う存分俺を隠れ蓑に使って?」
「あんた馬鹿じゃないの!」
那奈ちゃんが俺を睨みつける。その目が潤んでいて、俺のことを本気で考えてくれているのがわかる。…それがたとえ友情でも、俺には十分な気持ちだ。あんな似合わない女装を続けていた俺をきちんと友達として思ってくれていたことがわかるから。
「馬鹿でも何でもいいよ。那奈ちゃんがあんな風に哀しく笑わなくなるなら。俺は…また那奈ちゃんがいつもみたいに俺を罵ってくれればいいや。」
「…本当にバカ。」
「惚れた?」
俺の問いかけに、那奈ちゃんがぷい、と顔をそむける。
「冗談だから、怒らないで。…ね、婚約しよう。結婚してとは言わないから。」
ちらりと俺を見た那奈ちゃんが、俯く。
「…考えさせて。」
俺の提案を一刀両断しないってことは、那奈ちゃんはこの申し出に心が揺らいでいるってことだ。それだけでも俺は満足だった。
那奈ちゃんの幸せを、俺が手伝えるって可能性があるわけだから。
****
「…へ? 八代どうしたの? …男装なんかして。」
学食のいつもの席に合流したら、あっけにとられたようなみゃーに俺は笑って見せる。
「ちょっとね。」
みゃーの隣にいる那奈ちゃんを見れば、那奈ちゃんが肩をすくめる。
俺と那奈ちゃんは婚約した。その条件が俺が男装に戻る事、だった。だから俺は迷わず男装に戻した。…覚悟は決めたからもう男装に戻してよかったんだけど、なんだかそのきっかけをつかめずにいて大学では女装をしたままだったから。
「あー! タケノシンと会田さん、付き合うことになったんだね!」
シロー先輩の言葉にぎょっとする。
「いえ、ち…。」
「そうです。」
へ? と那奈ちゃんを見れば、那奈ちゃんはすいっと目を逸らす。
「そっかそっか、ついにねー。」
のほほん、と頷いているシロー先輩に、我に返る。
「いや、あの、」
「私たち、婚約したんです。」
「はー?!」
みゃーの驚きの叫びが学食に響く。
「実明うるさい。」
みゃーの隣にいたケイスケ先輩が慌てたようにみゃーの口を押える。
「そっかそっか。良かったね、会田さん。」
シロー先輩の言葉にコクリと頷く那奈ちゃんの耳は赤い。
「えーっと、俺には青天の霹靂ってやつなんだけど、志朗はいつからこの2人のこと気付いてたわけ?」
「えー? いつからって言うか…。最近は大分いい雰囲気だったよねぇ。」
「え?」
いまだに状況が飲み込めない俺を那奈ちゃんが睨みつける。
「鈍感!」
「…ねえ、どうして婚約したって言ってるのに、鈍感って罵られてるわけ?」
ケイスケ先輩の手をべりっとはがしたみゃーが、俺に疑問を向ける。
「…えー?!」
俺が叫ぶと、隣にいたシロー先輩が慌てて俺の口をふさぐ。
「…俺も知りたいねぇ。会田さん、一体どうして気づいてない人間と婚約できたわけ?」
ニヤニヤしているシロー先輩に、明らかに傷ついている様子ではない那奈ちゃんがため息をつく。
「全くもって不本意ではありましたが、カモネギってやつです。」
「全然分かんねぇ。」
「私にもわかりません。」
ケイスケ先輩が首を振ってそれに倣うようにみゃーも首を振る。
「ま、俺にもよくわからないけど、めでたしめでたしなわけだしいいんじゃない?」
俺の口から手を離したシロー先輩が、俺の肩をポンポンと叩く。
「武之進、あれは撤回してよね。」
ちらりと俺を見た那奈ちゃんがそう言って目を逸らす。
あれ。
…もしかして、“婚約するけど、結婚しない”って言ったこと…か?
…それとも、第一希望の会社を途中でやめる話?
…その両方?
「会田の趣味が分らん。」
みゃーの言葉に、不本意ながら俺も頷くしかない。いつどうして那奈ちゃんは俺を好きになったんだろう。
…これって、現実?
夢オチとかじゃないよね?
「みゃーに説明する義務はないでしょ。…武之進には…気が向いたら説明するから。」
照れたような那奈ちゃんに、俺はまた恋をする。
「…はずかしくなるから、イチャイチャするのは他でやってくれ。」
ケイスケ先輩の声に、那奈ちゃんがギロっと睨みつける。
「いつもイチャイチャしてる人に言われたくありません!」
「…してねえし!」
「ね、ケイスケ先輩、一体誰とイチャイチャしてるの?」
みゃーが真顔で俺とシロー先輩に問いかけてくる。こいつは本気で聞いてきている!
「…みゃーちゃんも相変わらずだねぇ。」
クスリと笑うシロー先輩が、俺を見てウインクしてくる。
俺もクスリと笑顔を返す。
大学を卒業して、この時間が無くなってしまうのかと思うと、正直寂しい。
でも、きっと俺たちの友情は、これからもずっと続いていくだろうと、そう確信はしている。
それに、俺と那奈ちゃんの新しい関係も、ずっと続いていくはずだ。
…これ、夢オチじゃないよね?
完
タケノシンもやる時にはやります。
楽しんでいただければ幸いです。