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十五、愛を選ぶ人魚姫

最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。閲覧、評価、お気に入り、本当にありがとうございました。

 一方で、今まさに告白されているエーデリスの心境は嵐である。それも大荒れだ。


「だ、だって私、真っ黒だわ。きっと心も濁ってる。後ろ向きで、逃げてばかりでどうしようもないのよ。意地も悪くて小さなことを根に持って、というか人魚なのよ!? こんな人魚、ディルクには相応しくないわ!」


「黒とオレンジって似合いの色じゃないかな」


「そう!?」


 エーデリス決死の反論などまるで聞いていなかったかのようなけろりとした態度である。


「別に濁っていても気にしないよ。透明より味があってよくない?」


「そうなの!?」


 これもまた今初めて聞く理論だ。


「あとは、人魚だって? でも今は人間だろ」


 それが何かと言わんばかりのディルクに気圧される。すでに迫力にのまれている自分に勝ち目はないのではと思った。


「俺は気にしない。むしろエーデリスが人魚で助けられたじゃないか。俺は人間だからエーデリスを好きになった訳じゃない。君だから好きになった。そして今、もっと好きになった」


「な、なんて前向きな人……」


「エーデリスがどんなに後ろ向きでも俺が前向きなら問題ないよね。エーデリスが逃げるのなら俺が迎えに行く。ほら、何も問題ないよ。それで、あとは?」


 エーデリスにディルクを止めることは不可能だった。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 海で溺れたディルクを助けたことからエーデリスは一躍英雄扱いだ。アランからは感激のあまり抱きしめられ、涙ながらにありがとうと感謝された。

 どんな褒美でも授けようと偉い人たちからも感謝されたけれど、そんなものどうだっていい。欲しい物など何もない。ただディルクが無事であればそれだけでいいのだから。

 ならば提案としてディルクからもたらされたのが二人の婚約である。というより、ただのディルクの願望だ。


「あーあ、初恋相手と結ばれるとか、男のロマンだよな~」


「え――」


 何気なく呟かれたアランの言葉が頭から離れない。しばらく呆けていたエーデリスを現実に戻したのは容赦のないひじ打ちに沈められたアランの呻きである。

 ディルクはエーデリスの姿を映すと嬉しそうに破顔する。ああこの人も同じなのだと感じた。幼い頃から心を奪われていたのは自分だけではなかったと知って嬉しくなる。

 後に聞かされた話だが、あの日ディルクは約束の場所に向かう途中で事件に巻き込まれ生死の境を彷徨っていたという。回復して駆けつけた時にはこの懐中時計とリボンだけが残されていたらしい。本当に申し訳ないことをしたとエーデリスは自らを責め、その度にディルクは優しい言葉をかけてくれた。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 ディルクが治める国は、まるで彼の人柄を映したような明るい国だった。暗い海の底にひっそと暮らす人魚たちとはまるで違う。

 君主の無事を祝う宴は最大に催され、同時に婚約も発表されたとなればエーデリスは賑わいの中心にいた。


 けれど――


 エーデリスは祝宴を離れ、王宮から姿を眩ませる。人目を憚り向かった夜の砂浜は静かにエーデリスを歓迎した。


「パメラ、ごめんなさい……」


 自分はディルクを選んだ。もう後には引けない。


「私、いくら謝っても足りない。立派な悪役になれなかった。貴女の期待に答えられなかった。貴女を裏切った!」


 波音がエーデリスの懺悔を攫う。パメラの姿を探して訪れたけれど、彼女にこの声は届くだろうか。


「いいさ」


「パメラ!?」


 海から顔を覗かせたカメはのそのそと砂浜に這い出す。紛れもないパメラだ。どんな罵声を浴びせられることも覚悟しやってきたというのに、その姿を目にしただけで決心が鈍る。


「ちょいと。祝いの席だってのに、なんて顔してるんだい」


「だって私、パメラを裏切ったのよ!」


「まあ確かに……アンタと出会った頃のアタシだったら怒り狂ってたかもしれないが。娘の幸せを喜ばない親がどこにいるってのさ」


「喜んで、くれるの?」


「当たり前だろ。幸せにおなり、エーデリス。アンタが幸せでいることのほうが、アタシにとっては人間の玉座なんかよりよっぽど価値がある。アンタの笑顔はアタシにとっての宝さ」


「パメラっ!」


 エーデリスは跪き、力の限りカメを抱きしめた。パメラからは懐かしい潮の香りがする。


「アンタには暗い海の底より人間の世界の方が似合ってる。ほら、迎えだよ」


「え?」


 涙に濡れた瞳が遠くから走り寄る愛しい人の姿を捉えた。たとえ夜にあってもディルクはきらきらと輝くように眩しい。


「エーデリス!」


「ディルク……」


 パメラはエーデリスの腕を離れ元来た道を引き返す。これ以上の言葉を告げるつもりはないらしい。エーデリスはその姿が海に消えるまで見送っていた。


「――エーデリス! はあっ、よかった見つけた」


「ごめんなさい。私、黙って抜け出して……」


「もしかして海が恋しくなった? やっぱり帰りたくなったとか!?」


「へっ?」


「だって! 海を眺めて思いつめた顔してるから、てっきり……」


「あのね、ディルク。私は貴方と生きることを選んだわ。だから大切な人に――海にお別れをしていたの。私、もう貴方から離れたりしないわ」


「そっか……。ここは、エーデリスが生まれ育った世界なんだよね」


 本来なら出会うはずのなかった二人は出会い恋に落ちた。それはどれほどの奇跡だろう。一度潰えた運命はそれでも二人を結び付けた。


「俺、必ずエーデリスを幸せにします!」


 ディルクは海に向けて叫ぶ。その声は深海の遠い楽園にも届くだろうか――

 きっと届くことはないだろう。けれど本当に伝えたかった相手には届いたらしい。二人の姿を認めたカメは満足そうに海へと潜っていったのだから。


 これは悪役になれなかった人魚姫の物語。

これにて完結致します。

最後までありがとうございました。

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