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2つ目のエピローグ


「畜生! あいつら……ちくしょうっ!」


 破壊の痕が生々しい、惨憺たる有様の聖堂に、ヴェロニカの声が響き渡る。


 彼女はアゼル達が飛び去っていった天井を睨み、呪詛めいた悪罵を吐き続けていた。


 やがてヴェロニカは顔を伏せ、床に残った灰の前に跪くと、そこに涙を注いだ。


「畜生……!」


 それを、横目に。


 マルクはゆっくりと近づいていった。


 放心した顔で座りこむ、リタの許へと。


「……」


 リタはアゼルが去ってから微動だにしていなかった。


 一言も発することなく、ただただ涙を流し続けている。


 いつも以上に小さなその背中を気遣いながら、マルクはそっと声を掛けた。


「リタ……。アゼルはお前を守ってくれたんだ」


 リタが顔を上げる。泣き腫らした瞳が、マルクを見上げる。


 その痛ましさに胸が痛んだ。


「あいつがいなければ、俺達は皆死んでいた」


「ええ……わかっているわ、マルク」


 危うさを感じさせる顔でリタは答えた。


「でも、だったらどうしてアゼルは行ってしまったの? どうして、私に……」


 そう言っている内にもまた涙が溢れる。


 それを拭いもせずにリタは続けた。


「あんな……酷いこと、を……」


 それ以上続けることができず、またしゃくり上げる。


 あとはひたすら嗚咽を漏らすばかりのリタに、マルクは掛けるべき言葉を見つけられなかった。


 ――と。


「そうやって泣いていればいい。へたり込んでいればいいんだわ」


 代わってそう告げたのはヴェロニカだった。


 彼女は既に立ち上がり、敵意も露わに座り込んだままのリタを睨んでいた。


 その手に、僅かな灰を詰めた手巾(ハンカチ)を握って。


「役立たずの聖女様。あんたは一体何をしてたの? 威勢がよかったのは最初だけ。肝心な時にずっとお寝んねしてたじゃない。相手の策に嵌って魔力切れなんて、お粗末にも程があるわ」


「ヴェラ……」


「あんたが聖女だなんて私は認めない。そうやっていつまでもへたり込んでなさいよ。……その間に、私は強くなる。強くなって、必ず――クラリモンド様の仇を取る」


 手巾を握り締め、ヴェロニカは突き刺すような視線でリタを見下ろし、告げた。


「私があの二人を……アゼルとゼラを、殺す!」


「……させないわ、そんなこと」


 ぐいっと。リタが袖で涙を拭う。


 泣き腫らした目で、ヴェロニカの苛烈な視線を正面から受け止める。


「私がアゼルを浄化する。あなたが彼を殺してしまう、その前に」


 涙の痕が残る目に決意を浮かべ、リタはヴェロニカを見上げた。


 まだ一人で立ち上がれるほど、強くはないとしても。


 それでも、その声にもう震えはない。



「あなたにアゼルを殺させたりしない」 



「……ふん。できるものならやってみなさい」


 しばし二人で視線を交わす。


「はれぇ? ここどこ?」


 アンジェリカが起きたのは、そんな時だった。


「……なんで私、こんなとこで寝てんの?」


「アンジェ!」


 状況が理解できないのか、寝ぼけ眼で周囲を見回す友人の許にヴェロニカが駆け寄っていく。


 その背中を見送ったマルクは、ようやく一息吐くことができた。


 同時に、表の様子が騒がしくなっていることに気付く。


 救援がようやく到着したのだ。


 ならば負傷者の救助は任せておいていいだろう。

 そう判断してリタを見下ろすと、彼女もまた自分を見上げていた。


「リタ……大丈夫か?」


「ええ、もう大丈夫よ。……私、どうかしていたわ。落ち着いて考えてみれば、アゼルがあんなことを言うはずないもの。きっとあの悪魔に操られていたのね」


 その瞳には意志と判断力が戻っているように見えた。


「……そうだな。その通りだ」


 マルクは頷いた。

 操られていたかはともかく、言わされていたのは確かだろう。

 

 そうでなければ説明がつかない。

 文字通り命がけでリタを護ったあいつが、そのリタを傷つけるなど。


 何か理由があるはずだった。あの悪魔に従う理由が。

 そしてそれを、自分たちに言えない理由が。


 だがそれは憶測に過ぎない。今の不安定なリタに安易に話してよいものか、マルクには判断がつかなかった。


 だから多くは語らず、ただ相手に同意した。


「そうよね? うん……そうよね」


 リタはマルクの返事を聞くと、嬉しそうに何度も頷いた。


 そして、決意したように口を開いた。


「マルク……私、強くなるわ。たくさん修行して、ちゃんとした聖女になって……もう一度、アゼルに会いに行く。そして、必ず元に戻してみせるわ。その時はあなたも手伝ってくれる?」


「ああ、もちろんだ」


 立ち上がろうとしている彼女に手を差し伸べながら、マルクは言った。


「俺はお前の……守護騎士だからな」


 リタはその手を取ると、ニッコリと微笑んだ。


「ありがとうマルク! 必ず私たち二人で――



あの穢らわしい悪魔を殺(・)し(・)て(・)、アゼルを取り戻しましょう」



「……」


 マルクはまじまじとリタの顔を見た。


「? どうしたの、マルク?」


「いや……なんでもない」


 口に出しかけた言葉を呑みこみ、マルクはリタを立ち上がらせた。


「アゼルを取り戻そう。俺達の手で」


「ええ!」


 リタは力強く頷くと、


「でも、まずは負傷された方々の救助を手伝いましょう。まだ魔力は戻らないけど、できることをしなくちゃ」


そう言って駆け出していく。


 その姿はいつもの彼女と変わらないように見えるが――。


 後を追いかけようとしたマルクは、ふと思い直して天井を見上げた。


 アゼルが飛び出していった天井の穴から、月でも星でも見えないものかと思ったのだ。


 しかしどちらも見えず、マルクは失望を感じた。


 それどころか、暮色の滲む空にはいつのまにか、澱んだ暗雲が立ち込めようとしている……。



 月はどこに消えたのだろう?






※本作はこれで完結となります。読んで下さった方、特にブクマや評価や感想を下さった方々、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
続くと思ったら終わりとは。 ヴェロニカの見当違いの怒りは最終的にどこに着地するやら…。 リタが本当にアゼルが恋愛対象だったのなら、どう足掻いても結ばれないと気づいた時、さらにいえばマルクに抱かれた後…
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