第15話 出発の朝。1868年(慶應4年)8月の会津へ。戦争か繁栄か、歴史を選ぶための戦い
ついに彼らは1868年の会津へと向かう。運命の特異点。
「わたしたちがやろうとしていることは、大きな危険を伴います。縁起を担いでおいて損はないでしょう」
照が手にした杯には松の葉とクルミが添えてあった。
「照さん、これは?」
「無事に帰って来る身を待つ(クルミを松)。会津に古くから伝わる風習です」
(照さん、昨日は終始凄い量のお酒を飲んでいた気がするけれど、全然平気そうだな。凄いな)
杯に静かに口をつけながら、大地は思った。
僕は岬との未来を望む。それだけを望む。
叶わないのだったら、世界など滅びてしまえばいい。容保などどうでもいい。
全員に杯が回って、それから大地は容保に語り掛けた。
「殿様、昨日は悪かったよ。あなたにはあなたの事情があって、苦しみもあるのでしょう。僕の言葉はきっとあなたを傷つけた」
「……わたしこそ、いい過ぎた」
「僕はあんたを手伝う」
「ああ、頼むよ」
そう言った容保が大地を見つめる目は、なにか得体のしれない化け物を見るようでもあった。
容保たち五人は赤べえが引く牛車のまえに集い、かわひらこがあらためて語り出した。
「我らの目標は『時の杭』、この災いの元凶。それを完全に破壊、撤去します。時の杭を破壊できるのは『四本の聖刀』のみ。照姫さまが持つ『玄武』、岬さんが持つ『朱雀』の刀。その力は、容保さまもすでに見た通り。そして……」
かわひらこが手にした巻き物の文字を指でなぞると、巻き物が静かに輝きだした。
「……ね、あれってどういう技術なの?」
その不思議すぎる現象を眺めながら、大地がとなりの岬に小声で尋ねた。
岬は面倒そうに顔をしかめた。
「あれね……結論としてはタッチパネルみたいなものね、原理は全然違うらしいけど」
「あんなの見たことがない。1000年前には存在したロストテクノロジーってこと?」
「かわひらこくんによると、ロストしていないらしいわよ。21世紀でも、とある場所では極秘に使われている現役の技術だとか」
「なにそれ、怖」
かわひらこが、大地と岬をちらりと見た。
「そこのふたり、ちゃんと聞くでおじゃるよ?」
巻き物からあふれ出る光が形を成した。新たな刀。
「さてこの二振りの刀。大地殿、時の裂け目に落ち込んだ、この不可思議な事態そのもののような存在であるあなたはこの『青龍』の刀を授けます。そして最後に、容保さまには、この『白虎』の刀」
「うわ、マジモンの刀だ」
大地は、手にした青い光を放つ刃を見てたじろいだ。
容保も『白虎』の刀を眺めている。雪のような白い輝き。
「ふむ……」
刃の向きを色々と変えてみて、それから刀を振り出した。
「危ないので少し離れて」
容保は中段に構えて面打ち、胴、小手、様々な角度で刀を振ってみた。音のない足さばきとともに刀がくるくるとまわり、それはとても見事なものだった。
「さすがの腕前ですね」
岬は本物の武士の刀裁きを目にすることができて、嬉しそう。
「わたしなど大したことはないよ。この刀、重心の位置はもう少し先よりが好きだが、振りこめば使えそうだ。かわひらこ殿、これは岬殿の薙刀のように、炎かなにかを出すことはできるのか?」
「四振りの聖刀はそれぞれが異なる力を秘めています。そしてその力が『時の杭』を破壊するための要となります」
「凄そうだね。どうやって使うの?」
大地の問いに岬が答えた。
「気合?」
「それじゃわかんないよ」
戸惑う大地に、かわひらこが代わって説明した。
「大地殿になじみのある表現を使えば、えーと、『力を引き出す』というと車のアクセルを踏むようなイメージがあるかもしれませんが、逆でおじゃる。心のブレーキを踏まないことがコツでおじゃる。坂道でブレーキを離せば勝手に進むでしょ?」
「分かるような、分からないような」
「あとは……気合?」
「おい」
「大地殿の持つ青龍の刀は、いわゆる『他者のエネルギー』を増幅させる力があるのでおじゃる。聖刀の力を大きく増幅させて目標に叩きこむ。それがあなたの役目」
「……僕はそういう責任重大ことはやりたくない。目立ちたくない。アンチ社畜なんだ。誰かに代わってもらいたいな」
「それぞれの聖刀は、みなさんの持って生まれた性質と深く結びついています。交換することはできないのでおじゃる」
「そんな」
「聖刀の不思議は、わたしもすべてを理解しているわけではありませぬ。ただ、この四人が集まったことは偶然ではない、そんな考えにわたしは捕らわれています。あなたたちはきっと選ばれた」
容保がそのやりとりを黙って聞いていた。彼は黒の小袖姿。これからなにがおこるかわからない。目立たない姿でいることに越したことはない。
全員が乗り込むと、牛車は光の空間へ向かって発進した。
このとき彼らがいたのは、1867年秋の江戸だった。
鳥羽伏見の戦いの数か月前。
この時期の京の切迫した様子は、会津屋敷にも随時伝わっていたが、送られてくる情報は間違ったものもたくさん含まれていた。これはさすがにまちがいだろうと捨てられた情報、後世には伝わらなかったはなしがたくさんある。
その一例として、この時期に会津屋敷でなぜか容保の姿を見たと書き残された記録があったらしいのだが、もちろんそんなわけはなく、これは、たくさんあった根も葉もない誤情報の一つだとされている。
牛車のなかでは全員がうつむいていた。
「姉上、わたしは逃げたのです」
鳥羽伏見の戦いのことを容保は言っていた。照は静かに聞いている。
「理由はあります。それが正しいことだったと、のちの世の人は言うのかもしれない。それはわたしの考えが及ぶところではありません。ただ一つ確かなことは、わたしにいてほしいと頼ってくれた者たちがいて、そのときわたしはいなかった」
容保は顔を上げた。
「自分の心の中に、落とし前をつけなければならぬことがあるのです」
次回 16話 そのとき会津は日本の出来事の中心だった
2026年6月30日(火)投稿予定




