第64話:異邦の王と拒絶の門
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前回までのあらすじ:『支配庫』に獣と『蠱毒の王』を飼い慣らしながら森の境界線へ到達した佐藤が、拘束した健太の眼前で美咲を徹底的に蹂躙して彼の理性を完全に崩壊させる一方、神田の奮闘も虚しく一行は佐藤の絶対的支配に呑まれたまま、文明の灯が揺らめく未知の「王国」への進軍を目前に控えていた。
それでは、第64]話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
空の色が、いつのまにか樹海の深い緑を映さない色へと変わっていた。頭上を覆っていた枝葉の密度は薄れ、直射日光が肌を容赦なく射抜く。我々が森の境界線に辿り着くまでに、幾たびの夜と朝が過ぎ去ったのか、もはや正確な数は記憶の彼方だ。ただ、佐藤悠の背中を追い、茂みを分け入り、異界の澱んだ空気を吸い込み続けた行軍も、ようやく終焉を迎えようとしていた。その予感が、全員の疲弊した身体を突き動かしていた。
森を抜けた先に広がっていたのは、驚くほど唐突な人工物だった。巨大な石壁が、天を突くかのようにそびえ立っている。その重厚な金属の軋みを響かせて鎮座する門の前で、革と金属を組み合わせた鎧を纏った大柄な門番たちが一行の行く手を遮った。
門番が何かを叫んだ。
佐藤には、その音声が耳障りなノイズの羅列にしか聞こえなかった。意味の輪郭を一切持たず、ただ威圧的な響きだけが鼓膜を叩く。佐藤は眉をひそめ、無意識のうちに周囲の様子を窺った。
後ろに控える住人たちは、門番の言葉を聞いて驚きつつも、どこか困惑しながらも、明らかに相手の意図を明確に受け取っているようだった。彼らの視線は門番の槍ではなく、門番の発した「音」に向けられている。
自分だけが、この世界の理から切り離されているのか?
佐藤は隣にいた五十嵐咲希の方を向き、声を潜めて問いかけた。
「……おい、お前ら。こいつが何を言っているか聞き取れるのか? 俺には単なる騒音にしか聞こえないんだが」
咲希は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。彼女は佐藤の言葉の意味を測りかねているようだ。
「え……? 悠様、何をおっしゃっているのですか。……あの、門番の方は入域料を払えと言っています。一人につき銀貨三枚、支払う用意はあるかと」
咲希の声には、純粋な戸惑いが混じっている。彼女には聞こえているのだ。他の住人にも、おそらく聞こえている。佐藤の背中に冷や汗が伝った。この場において、自分だけが「情報の外側」に置かれているという事実に、彼は初めて気づかされた。
――いや、違う。これは偶然ではない。
佐藤の脳裏に、あの理不尽な転移の瞬間が過った。皆が何らかの『恩寵』を、あるいは『役割』を押し付けられたあの日。自分だけが、何の儀式も、何の神の加護も受けなかった。あのふざけた神は、自分をこのシステムの中に組み込むことすら怠ったのだ。
(あいつからスキルを授からなかったからか……)
納得がいった。言葉が通じないのは、この世界に歓迎されていないからではない。そもそも、この世界の理に登録すらされていないからだ。佐藤は薄く笑った。皮肉だ。システムに属さないということは、この世界のルールにも縛られないということでもある。自分は異物であり、同時にこの世界の法則外の存在なのだ。
北川結衣が素早く状況を察し、門番の前に躍り出る。
「申し訳ありません、私たちはこの地に来たばかりで、手持ちの金銭がありません。……なんとか、中へ入れてはいただけないでしょうか」
門番は冷ややかな目で一行を見下ろすと、門のすぐ脇にある古びた詰所へと指を差した。
「……入域料は一人につき銀貨三枚だ。今は持ち合わせがないようだな。身元が証明できぬ以上、まずはあそこの詰所で登録と身元調査を済ませろ」
一行は誘導されるまま詰所の中へと足を踏み入れた。部屋の中央には、魔導具特有の微かな光を湛えた大きな石板が鎮座している。
「ここが身元調査の場だ。その石板に手を乗せろ。お前たちの出自や犯罪歴、それに国籍まで、すべてこいつが記録する。……まあ、この地への入域が初めての連中なら、真っ白なはずだがな」
指示に従い、一人ずつ石板に手を乗せていく。綾香や舞香の時には淡く青く発光し情報が記録されたが、最後に佐藤が手を乗せても、石板は冷たいまま反応を示さなかった。門番は怪訝そうな顔をしたが、異邦人によくあるエラーだと判断し、通行許可だけは下した。
門番は最後に、一行を振り返り、冷酷な宣告を吐き捨てるように告げた。
「……それと、金に困るなら早めにギルドへ登録に行け。正式に登録すれば、都度入域料を払わなくて済むぞ。この街の連中は、冒険者として街の外で活動する奴も多いからな。……もし稼げずに猶予を過ぎれば、その時はここでの生活は終わりだ。この国には、借金を背負った者を国力に変えるシステムがある。……そう、奴隷としてな。鉱山か、あるいは街の汚れ仕事を一生続けることになる。……エンデの街へようこそ」
その言葉を聞いた瞬間、最後尾にいた田中健太が、にやりと口元を歪めた。
「……奴隷制度があるのか。なるほどな」
彼は恐怖するどころか、己の血が沸き立つような興奮を覚えていた。これまで力こそが全てだと信じ、力でねじ伏せてきた彼にとって、奴隷制度の存在は、この世界が「強者が弱者を思うままに支配できる」場所であることを示唆していた。自分が奴隷になる懸念など微塵もない。いずれこの世界で頭角を現せば、その制度を使って誰かを支配できる――。その「支配」という概念が、健太の中で歪んだ野心を急激に膨らませていく。
一行は警告を背に、重々しい門をくぐった。
そこには樹海とは別世界の光景が広がっていた。石造りの建物が軒を連ね、活気に満ちた市場の喧騒が鼓膜を打つ。馬車の車輪が石畳を叩く音、露天商が声を張り上げる響き。
「うそ……日本人のような人たちが、こんなに大勢……」
鈴木舞香が呆然と声を漏らす。
視界の先には、驚くほど自然にこの街の風景に溶け込んでいる東洋風の人々が行き交っていた。多様な人種が混ざり合い、この街という一つの共同体を形成している。異国の活気に一行は気圧されつつも、門番に指示された通り、冒険者ギルドへと足を向けた。
ギルドの受付カウンターには、ミナ・ヴァルターと名札を付けた21歳の女性が座っていた。彼女は慣れた手つきで書類を扱い、登録を希望する一行に事務的な口調で告げる。
「冒険者登録料は一人につき銀貨5枚ね」
提示された金額に一同が言葉を失う中、北川結衣が毅然と交渉に乗り出した。
「私たちは今しがた街へ着いたばかりで、当座の金がありません。……登録料と、今晩の宿代も、将来の報酬からの天引きとして借金で処理していただけないでしょうか」
ミナは呆れたように眉をひそめたが、この街では異邦人が無一文で到着するのは日常茶飯事なのだろう。彼女はため息交じりに書類を書き換えた。
「登録料銀貨5枚と、宿泊費銅貨5枚。……全員分、借金として記録したわよ」
この街ではギルドを通じてクエストを受注し、森で採集した素材を買い取ってもらうことで収入を得るのが基本らしい。ミナは手早く書類を片付けると、無機質な瞳で一行を見据えた。
手続きの最中、神田英雄の番になると、ミナはふと動きを止め、彼をまじまじと見つめた。
「……あなた、スキルの適性がありそうね。自分自身の能力、把握している?」
「え……いいえ、分かりません」
「そう。……じゃあ、今日はもう確認できる者がいないから、明日また来てちょうだい」
その言葉に、神田だけでなく、背後に控えていた者たちも色めき立った。自分たちにも未知の力が眠っている可能性がある。明日への期待が、彼らの疲弊した心に僅かな光を灯した。
一行があてがわれたのは、ギルド併設の簡易宿泊施設だった。かつての修道院の倉庫のような無骨な大部屋で、ベッドなど贅沢品はなく、湿った埃の匂いが立ち込める板張りの床に身を投げ出すしかなかった。雨風を凌ぐだけの冷たい空間だが、本来なら見知らぬ者と相部屋になるはずが、人数が多かったために幸か不幸かこの大部屋を貸し切りにできたのは唯一の救いだった。
部屋の奥では、綾香や舞香、美咲、辻姉妹たちが死んだように眠りについている。その傍らで、神田英雄と陽菜は恐怖を分かち合うように固く手を繋ぎ、寄り添って微睡んでいた。一方で、道中で無茶を重ねた田中健太と川瀬涼太は、身体に負った傷が熱を持ち、痛みに顔を歪めて荒い息を吐いている。彼らの唸り声も、疲労困憊した他の面々には届かない。
部屋の隅、窓から差し込む月光だけが頼りの暗がりで、佐藤悠は静かに窓の外、エンデの夜景を見下ろしていた。思考は冷徹なまま、街の支配権に想いを馳せる。
――その傍らで、従順な北川結衣は熱を帯びた吐息を零しながら、佐藤の温もりを求めて縋り付いていた。結衣の衣服は乱れ、その眼差しには羞恥と陶酔が混じり合っている。彼女の足元では、五十嵐咲希が佐藤の支配をただ受け入れ、震える肩を抱きながら、彼の許しを請うように献身の姿勢を崩していなかった。
この閉鎖された空間の中で、いかにして盤面を支配するか。
彼は冷徹な瞳で、街の深部を凝視し続けた。この街の頂点に立つ者は誰か。そして、その首を差し出すのは誰か。
夜は、まだ始まったばかりである。
佐藤悠の、この街での物語が、ここから静かに幕を開けた。
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