フェミニンな一歩
第九章 フェミニンな一歩
1 少しの自信
翌週の休日。
前回の外出から、胸の奥のどこかが変わっていた。
鏡の前でロングスカートを穿くと、もうあのぎこちなさはなかった。
ストッキングを履く手も自然に動き、裾を整える仕草さえ、ほんの少し心地よい。
――慣れた、のかもしれない。
その感覚に戸惑いながらも、悪い気はしなかった。
髪留めで前髪を整えると、昨日までの自分よりわずかに軽やかに見えた。
今日はまた沙月とショッピングの予定。
春風がやわらかく吹く中、彼女と待ち合わせたモールの入口へと歩く。
---
2 フェミニンという言葉
「今日はね、ちょっと挑戦してもらうよ」
開口一番、沙月がそう言った。
嫌な予感しかしない。
「この前はスカートまで行けたんだし、次は上半身。ブラウス、試してみよ」
ブラウス。
その単語だけで、肩がすくむ。
「まだ早いって……」
「ううん、今のあなたならきっと似合う。見た目も、雰囲気も」
彼女の言葉には、妙な説得力があった。
案内された店の中は、淡い色合いの服が並んでいる。
白、ピンク、アイボリー、ラベンダー――
フリルやリボン、レースの模様が散りばめられ、見ているだけで息苦しくなりそうだった。
---
3 試着室の中で
「これなんかどう?」
沙月が差し出したのは、白いシフォンのブラウス。
襟元に小さなリボンがつき、袖口はふんわりと膨らんでいる。
「……女の子過ぎるだろ」
「“女の子”でしょ?」
そう言われて、返す言葉が喉の奥に詰まった。
試着室に入る。
スカートの上にブラウスを重ねると、空気が変わった。
生地が薄く、肌の上でふわりと滑る。
袖を通した瞬間、布が肩を包み、軽やかに落ちる。
――こんなに軽いのか。
それが最初の感想だった。
胸元のリボンを結ぼうとして手が震えた。
指先で布をつまみ、蝶結びを作る。
小さな音を立てて布が擦れ、形になる。
鏡を見た瞬間、息を飲んだ。
そこには、以前の“中性的な自分”ではなく、
明確に“女性らしさ”をまとった姿が映っていた。
---
4 少しの誇らしさ
カーテンの外で沙月が声をかける。
「どう? 見せて」
恐る恐るカーテンを開けると、彼女が目を丸くした。
「やっぱり! すごく似合う。ね、肩のラインが綺麗」
「そんなに見るなって」
「でも見惚れちゃうんだもん」
彼女の笑顔に、思わず頬が熱くなった。
けれど、心のどこかで――ほんの少しだけ、誇らしかった。
裾を直し、鏡をもう一度見た。
シフォンの生地が光を受けて透けるように柔らかい。
風が吹けば、きっとふわりと揺れるのだろう。
胸元のリボンがそっと動くたび、自分の中に新しい感覚が芽生えていく。
---
5 帰り道の風
帰り道。
ブラウスは購入し、紙袋の中に収まっていた。
「次はそれを着て出かけようね」
「……まだ、考えとく」
「ふふ、いい返事」
モールの外に出ると、夕方の風が頬を撫でた。
スカートの裾が揺れ、紙袋のリボンが揺れる。
その揺れ方が、なぜか同じリズムに思えた。
――少しずつ、変わっていく。
服に導かれるように、自分自身が形を変えていく。
それが怖くなくなってきていることに、気づいていた。
---
第九章 フェミニンな一歩 完




