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着替え



2 着替え


 部屋の奥、姿見の前に立つ。

 上着を脱ぎ、シャツを外す。

 インナーは、すっかり馴染んだ女性用のキャミソール。

 でも、その上に“これ”を着ると思うと、やはり手が止まった。


 カットソーは、薄手のコットン素材。

 袖口と胸元にレースのトリミング、首もとは小さなリボンで結ばれている。

 光の角度で少しだけ透けて見える柔らかさが、どうにも落ち着かない。


 そっと頭から通す。

 さらりとした布が頬をすべり、肩へと落ちていく。

 ふんわりと肌を包むその感触は、まるで空気の層をまとうようだった。

 けれど――軽すぎる。薄すぎる。


 「どう?」

 背後から沙月の声。

 「……変」

 「どこが?」

 「……なんか、落ち着かない」


 「動いてみて」

 言われるまま腕を動かす。

 袖口のレースが、わずかに手首をくすぐる。

 体温とともに布が馴染み、胸元のリボンがかすかに揺れた。



---


3 鏡の中の違和感


 姿見に映る自分を、思わずまじまじと見つめてしまった。

 中性的な顔立ちの中で、柔らかい服のラインだけが浮き上がる。

 肩の丸み、首筋の細さ――いままで見えていなかったものが、そこにあった。


 「……これ、似合ってない」

 「そんなことない」

 「男がこんなの着てたら、変だって」

 「“男が”って、誰が決めたの?」


 沙月は少し真面目な声で言った。

 「あなたに似合うかどうか、だけでいいと思う」


 その言葉に、何も返せなかった。



---


4 帰り道


 「今日は、そのままで帰ってみよう」

 「……は?」

 「大丈夫、上にコート羽織ればわかんないって」


 沙月の強引さには、もう慣れつつあった。

 けれど、外の空気を肌で感じた瞬間、心臓が跳ねた。

 レース越しの風が、いつもより近く感じる。

 袖口が揺れるたび、布が手首に触れ、かすかな擦れる音を立てた。


 駅前を歩く。

 人の視線が気になって、うつむきがちになる。

 それでも、沙月が隣で平然と歩いているのを見ると、少しだけ肩の力が抜けた。


 「大丈夫。誰も見てないって」

 「……そんなこと、ない」

 「じゃあ、私だけ見てればいい」


 その一言に救われた。

 僕の視界には、彼女の横顔だけが映った。



---


5 夜、ひとりで


 帰宅後、部屋に入るなり鏡の前に立った。

 コートを脱ぐと、柔らかな布がふわりと広がる。

 昼間は気づかなかった淡い光沢。

 リボンの先が胸の上で揺れる。


 ――これが、自分?


 恐る恐る指先でレースをなぞる。

 思っていたほど悪くない。

 軽く、あたたかい。

 でも、同時に心のどこかがざわついた。


 この布を身にまとうたびに、何かが少しずつ変わっていく気がした。

 それが何なのか、まだ言葉にできなかったけれど。



---


第六章 やわらかな布の温度 完




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