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鏡の中の違和感


第30章 鏡の中の違和感


 季節は梅雨の終わり。

 ブティックのウィンドウには、淡いブルーのワンピースと白のカーディガンが並んでいた。

 雨上がりの光を受けて、ショーウィンドウ越しのガラスが静かに濡れた街を映している。


 最近の勤務は順調だった。

 先輩たちともすっかり打ち解け、仕事の流れも覚え、

 「優ちゃん」と呼ばれることにも違和感はなくなっていた。

 むしろ、その呼び名に守られているような安心感があった。



---


 出勤前、鏡の前に立つ。

 いつものように、服を選ぶ手が止まった。

 男物のシャツを手に取ってみるが、

 肩のラインも袖の長さも、もう身体に合わない。


 ゆとりがありすぎる生地。

 首回りの違和感。

 まるで自分の身体が服から浮いているような感覚。


 気づけば、クローゼットの奥にしまっていた

 白いブラウスを取り出していた。

 柔らかく、滑らかな生地が指先をすべる。

 軽く袖を通すと、肌にひやりとした感触が走り、

 すぐに自分の体温で馴染んでいく。


 胸元には小さなリボンが縫い付けられている。

 装飾があるわけでもない、ごく控えめなもの。

 それでも、鏡の中でそのリボンが動くたび、

 “今の自分”を象徴しているように思えた。



---


 バイト先では、今日は夏の新作展示の準備。

 淡いラベンダー色のティアードスカートに、

 オフホワイトのレースブラウスを合わせるコーディネートを提案する。


 裾のフリルを整えながら、ふとその布の柔らかさに指が止まる。

 シフォンとコットンの中間のような手触り。

 軽くて、空気を含み、どこか儚げだ。

 そんな服を勧める自分が、いま自然に笑えている。


 ――以前の自分なら、この感覚を「恥ずかしい」と思っただろう。

 だが今は、服に包まれている安心感があった。



---


 休憩室で、真衣がにこやかに話しかけてくる。

 「優ちゃんって、服のセンスやっぱり女の子だよね」

 「えっ……あ、そうですか?」

 「うん。見せ方が優しいの。男の人って“格好よく見せよう”とするでしょ?

  優ちゃんは“きれいに見せよう”としてる感じ」


 その言葉に、心の奥が小さく震えた。

 きっと、彼女は深い意味では言っていない。

 けれど、そこに“違い”があることを確かに感じた。



---


 帰り道、ふとガラスに映る自分を見た。

 風にそよぐ髪、細くなった肩、

 レースの袖が街灯を受けてほのかに光る。


 ――男でも女でもなく、

 ただ“優”としてそこに立っている。


 その姿に、ほんの少し、

 誇らしさを覚えた。



---


服装描写


トップス:オフホワイトのレースブラウス。

 細やかな刺繍が施され、透けるような袖口から淡い肌が覗く。

 風が通るたび、花びらのような軽さで揺れた。


ボトムス:ラベンダーのティアードスカート。

 段ごとに異なる質感の布が重ねられ、

 動くたびに柔らかな波のような陰影を生む。

 膝下までの丈が落ち着きを保ちつつも、華やかさを添える。


靴:生成り色のストラップサンダル。

 ベルトの位置が高く、足首を優しく包む。

 薄いソールが軽くて、歩くたびにカランと控えめな音が鳴る。


アクセサリー:小さなパールのピアス。

 鏡の前でつけるたび、微かな重みが心地よく、

 “自分らしさ”を感じさせた。




---


 服を通して、心の輪郭が少しずつ変わっていく。

 それは、ただの変化ではなく、

 “なりたい自分”に近づくための静かな歩みだった。

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