定例の接見
「このままでは、私の心はどんどん死んでしまう気がするの。」
ルナの剣呑な言葉に、ユーゴの新緑の色の瞳がわずかに見開かれた。
ルナは、自分でもどうしてユーゴに一緒についてきてほしいのか、わからなかった。
けれども、自分が新しい世界へと足を踏み出すなら、その隣には必ずユーゴがいてほしい、いやユーゴがいないなんてあり得ない…そんな思いをルナは持っていた。
「ユーゴは、言っては悪いけれど、ただの平の騎士でしょう?
ほとぼりが冷めたころに、〝聖女に脅されました〟と言って戻れば、きっとお咎めは無いわよ。」
「……。」
黙ってルナを見つめるユーゴに、更にルナは言いつのった。
「『騎士ユーゴ、私について来なければ、あなたの恥ずかしい過去をバラします!』
はい、脅しが成立ですね!?」
「なっ!? 恥ずかしい過去って何だよ!?」
「ふふふ…、それはもちろん、6歳までたまにおねしょをしていたとか、お化けが怖いと言うから、私が夜中にトイレに着いて行ってあげたこととか?」
と、ルナは得意げに話したが、ユーゴはそれを聞いて遠い目になった。
〝そんなので、脅しになるか?!〟
しかし、ユーゴとしてもルナを放っては置けない気は確かにしていた。
また〝心が死んでしまう〟というルナの言葉にも、その可能性は実際にあると感じていた。
「わかった…。一緒に行こう。ただし、約束してくれ。
俺が『君の好きにしていい』と君に言うまでは、俺の言うことを必ず聞いてくれ。」
「約束するわ! ありがとう、ユーゴ!」
ルナは喜びに顔を輝かせ、ユーゴの右手を両手でギュッと握った。
ユーゴは急に手を握られて一瞬驚いたが、部屋の端にいる世話係の女性神官に目をやり、咳払いをした。
「コホン。ルナ、手…。手を放して…。」
「あっ、ごめんなさい。」
ルナは慌てて手を引っ込めた。
そして、その日からルナとユーゴの神殿脱出の計画は、具体的に前に進むようになった。
中央神殿では、月に一度、神官長と首席聖女による、聖女たちとの接見があった。
しかし、その日は神官長と首席聖女の他に、副神官長も同席していた。
神官長は、白髪と白く長いあご髭をもつ壮年の人物だった。
彼はいつも神殿の者や民たちには、静かで穏やかな笑みを向けていた。しかし、祭祀の中で、神への祈りの言葉を捧げているときの声は、とてもおごそかなものであった。
そして当代の主席聖女は、神に仕えることだけに専念している人物で、そのため年齢を感じさせない浮世離れした雰囲気を強く漂わせていた。
神官長と首席聖女が座っている前へ、次席聖女から一人一人序列順に進み出て接見を受ける。
「神官長様、首席聖女様、ご挨拶を申し上げます。」
「つつがないか?」
「はい。」
などと、神官長と聖女が短くやり取りをする…というのが通例だった。
そして、首席聖女はそのやり取りを黙って見つめているのも、いつものことだった。
この日も接見の順番はあっという間に進んでいき、ルナの番となった。
「神官長様、首席聖女様、ご挨拶を申し上げます。」
ルナが聖衣のドレスを右手で軽くつまみ、左手を胸にあて、恭しくお辞儀をした。
頭を下げたまま、神官長の「つつがないか?」の言葉を待っていたが、一向に聞こえてこなかった。ルナは思わず頭を上げて神官長の方を見てしまった。
すると、神官長と目が合った。ルナは、神官長の薄い紫色の瞳に見つめられ、その中に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「精進せよ。道は険しいぞ…。」
神官長が厳かな声でルナに言った。
ルナは、神官長はすべてを知っているような、そんな気になり、体中の血液が足元に集まり、身体が重くなるような感覚を覚えた。
ルナは「はい。」と、小さく答えるのがやっとだった。