いざ脱出します(1)
聖女一人一人の挨拶がすべて終わった後、神官長の脇に控えていた副神官長が口を開いた。
「最近、一部の聖女の生活態度がよろしくない、との報告があります。具体的には、担当騎士などとの私語が多いということです。神に仕える聖職者として、常に清らかな思いと態度であるように…。」
副神官長は、感情のこもらない冷たい目で、ちらりとルナの方を見た。
ルナの背中に冷たい汗が流れた。
そして、神官長、首席聖女、副神官長が退席する際、副神官長につき従っていたらしいガスパールもルナにちらりと視線を投げていった。
同じ聖養母の元で育ったガスパールは、最近は副神官長に重用されているようだった。
しかし、いつのころからか、ガスパールがルナを見る目は、何か暗い光を帯びるようになってきていた…。
〝もうあまりユーゴとは話せないわ…。〟と、ルナは思った。
ユーゴと多く会話を交わしている様子を、既に神殿側に見咎められている以上、何か別の方法を考えるしかなかった。
通常の聖女の警護担当者は、朝と夕、警護の任に入る前と一日の任務終了時に、聖女に挨拶を申し述べていた。
今月のルナの警護担当であるユーゴは、ルナに対し朝夕に軽く頭を下げ、口上を述べるだけだった。
けれども、二人で話をすることを避けるようになってから、正式な挨拶の仕方に、ユーゴは切り替えた。
正式な挨拶とは、騎士が腰をかがめ、聖女の右手を取り、押し戴く…というものだった。
朝夕のこの挨拶の際に、二人は小さい紙にメッセージを書き、それを折り畳んで指の間に挟み、見えないように素早く受け渡しをしていた。
しかし、これをやり始めた最初の頃は、紙の受け渡しがスムーズにはいかず、お互いの手に触れる時間が長くなってしまった。
その、二人の長い、見つめ合い手を取り合う挨拶の様子を見て、世話係の年若い見習い聖女が胸をときめかせていた。
そうして、いよいよ神殿脱出を決行する日がやってきた。
月初めの〝祈りの日〟、高位聖女であるルナは、神に捧げる果物などの供物を準備したり、祭祀に参列する王侯貴族を出迎え、席まで誘導する役目があった。
しかし、この日は祭祀が始まる少し前に仮病の症状を言い始めた。
「急に気分が悪くなってしまいました…。吐き気もしますので、自室で休ませていただこうと思います。」
ルナはうつむき、口を手で覆って見せた。
そばにいた誘導係の神官が、気遣うように言った。
「それは大変ですね。誰か手が空いている下位の聖女に、お部屋へ行ってもらうようにしましょうか?」
「いえ、とんでもございません。皆さまお忙しいところ、お手を煩わせては…。」
ルナは一礼をして、お付きの聖女見習いを連れて、その場を離れた。
ユーゴも少し離れて、ルナの警護担当として、後をついてくる。
ルナを気遣い、手を引いてくれた見習い聖女の少女と共に、自室に帰りつくと、
少女は「すぐにお休みになりますか?」と聞いてきた。
ルナは少女を見て「そうね…」と言ってから、
「あっ!」と急に何か思いついたように目を見開き、声をあげた。
少女は思わずルナの顔を覗き込む。それと同時に、ルナは少女の額に、つながれていなかった左手を置いた。
そしてルナは〝癒しの業〟の力を、左手から一気に流し込んだ。
少女は目を閉じ、カクンと両膝を床につき脱力した。
ルナは少女の肩を支えて言った。
「ごめんなさい。半日深く眠るだけだから。起きたら疲れもとれているからね…。」
そこへ静かにユーゴが部屋の中に入ってきた。
ユーゴは黙って少女を寝台に寝かせ、少女の頭まで上掛けをかぶせた。
そして、天蓋から垂れる薄く透ける布をしっかりと引いた。




