9.地下サロンと飛行魔道具
学校でのはじめての一日が終わった放課後。
智之とセレナはダンボール箱を抱えて、修練場の地下にある特設サロンへとやってきた。
「空間拡張魔法って広くなるんだね。自然もいっぱいだし」
「そうね。上の狭さからは考えられないわ」
サロンはさまざまな場所に分かれており、今歩いている広々とした草原ゾーンや水浴びが楽しめる水辺ゾーン、そしてこれから向かう森林ゾーンなどに分かれている。
「アンタは混じってこなくていいの?」
「ん?」
「あっちよ、あっち」
セレナの指す先。
そこでは一年生の数人が集まって談笑をしていた。
彼らの視線の先では、楽しそうに戯れる使い魔の姿が見える。
元いた場所だと使い魔のことを話せるような友人なんていなかったから、確かに混ざりたい気持ちもある。
ブラシはどこ製のを使ってるのかとか、セレナのどういうところが可愛いとか。
話したいことはたくさんだ。
でも。
「セレナの方が大事だし」
「これを全部試すだけでしょ? 別に私一人でできるわよ」
段ボールを軽く持ち上げて肩をすくめるセレナに、智之は笑いながら首を振った。
「俺が楽しくないんだよ。セレナも一緒じゃないと」
一般的にはペット、もしくは使用人っていう関係性が多いけれど。
智之は家族として、共に過ごすパートナーとして接したい気持ちの方が強かった。
「……相変わらず物好きね」
智之の言葉に、彼女はうっすらと微笑んだ。
空を飛ぶことになると、セレナはいつもよりちょっと弱気になる。
彼女らしくない、とは言わない。
それも彼女の持つ一面のひとつであり、魅力でもあると智之は考えている。
「行くわよ、寮の晩ご飯までには帰るんでしょ」
「あ、待ってよ」
セレナを追って草原ゾーンから森林ゾーンへ。
規則正しく並んだ木々を歩いていくと、大木が中央に立つ開けた空間に出る。
「ここが受付の人が教えてくれた場所かな」
「すごく大きな木ね……結構魔力もあるみたい。身体が軽いわ」
がっしりとした幹の上で、風がさわさわと瑞々しい緑の笠を揺らしていた。
「じゃあ、色々試して行こうか」
「ホントにするの?」
「もちろん、せっかくシルヴィアさんが貸してくれたんだし」
「本音は?」
「いろんな魔道具貸してもらったから試してみたい! いや、もちろんセレナが飛べるのが一番なんだけどね」
今すぐは無理でも、飛ぶ感覚ぐらいは掴むことができるかもしれない。
「もうわかったわよ! 全部やってやろうじゃない! ――<部分破壊>!」
ばさり。
コウモリを思わせる黒い一対は、どれだけ動かしても風を叩かない。
その翼ははさながら、サナギから出てきた蝶のようで。しかし生まれたてにしては、あまりにも痛々しい見た目だった。
それでも智之は、心から告げる。
「綺麗だよ、セレナ」
「バカじゃないの? 美的センスまで破壊されてるんじゃないかしら」
「じゃあどんなところが綺麗かを──」
「言わなくていいから! さっさとやる!」
「はーい」
仕方なく段ボールの中からガサゴソと魔道具を漁る。
「まずはガーゴイルの補助翼」
初めに取り出したのは、二枚の翼がついた小さなリュックサックのようなものだった。
「どう使うの?」
「えっと、ちょっと後ろを向いてて」
「こう?」
セレナの背中に取りつけていく。
「それで腕を伸ばして、こっちのハーネスを腰にかけて……」
「んっ」
「くすぐったい?」
「ちょっと」
「もう少し待ってね……よし、できた。これで自動的にはばたいてくれるはず。どう?」
「どうって……」
セレナが顔だけで後ろを振り返る。
がしゃんこ、がしゃんこ。
音を立てる翼が、ぎこちなく前後に揺れていた。
「「……」」
その両翼はかすかに草花を風が揺らすだけで特になにかが変わった様子は見られなかった。
「ね、ねぇ、本当に飛べるの? 窮屈なだけであんまりできる気がしないんだけど」
セレナも困惑気味だ。
もっと魔法が込められて、羽ばたいた途端に飛び上がったりする、なんてことはなく。
「一応、これに沿って動かせばはばたきの練習になるって説明書には書いてあるんだけど……」
「じゃあやってみるわ。んっ──」
──バキッ。
その途端、彼女の背中からイヤな音が聞こえてきた。
そこにはセレナの広げた翼に耐えきれず、根元から折れた補助翼が。
「私は悪くないわ! 素材が脆すぎるのよ!」
「ガ、ガーゴイルは膂力が弱い種族だからね。ドラゴンと比べたらダメだったのかもしれない」
「そ、そうよね! 次行くわよ、次!」
あとでシルヴィアさんには謝っておこう。
そう思いながらも、智之は再びダンボールの中からアイテムを取り出す。
「次はこれ! オウルフロート・バンド!」
「え、ちょっと待って。小さくない?」
取り出すは小指サイズのターコイズイヤリング。
水色のツヤツヤとしたそれは、本来フクロウの足につけるためのものだったりする。
「フクロウ種用のだからね」
「せめてドラゴン用を持って来なさいよ、ドラゴン用を!」
「ドラゴン自体珍しいから、作られてないんだよね。でも、風魔法が込められてるから飛ぶ助けにはなると思うよ!」
「……まぁ、トモがそう言うならつけてみるけど」
彼女は渋々といった様子で、右手の小指にリングをつける。
魔力に反応して、リングが淡い光を放つ。
「なんかこう、ふわふわするわ。足が地面についてないみたい」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて感触を確かめる。
確かに、その身体はまるで重力に反発しているかのように軽やかだった。
「浮遊魔法が効いてる証拠だね! 今度はいけそう?」
「えぇ、何か! 何か掴める気がする……っ! んっ」
翼が大きく動く。
「って、え、きゃぁっ!」
ぐるん。
セレナの身体が、空中で一回転。
そのままきりもみ回転をして地面に突っこんでいった。
「大丈夫?」
「えぇ、平気……うぇっぷ」
声をかけると、セレナは頷きながらも口元を押さえた。
顔色は良くなっているので嘘ではないのだろうが、まだ完璧に回復したわけでもないらしい。
サロンの入り口で買ってきたペットボトルを差し出す。
「ほら、お水」
「ん……自分で飲めるわよ」
手ずから受け取ってぐびぐびとペットボトルを空にする。
見ていて心地いい飲みっぷりだ。
かと思えば濡れた唇を手で拭い、立ち上がった。
「ふぅ、やりましょ」
「わかった」
どうやらやる気は衰えていなかったらしい。
智之は笑顔で頷いて、ダンボール箱から取り出す。
「ペガサスの灰羽があった。これはどう?」
「……こ、今度は回らないでしょうね」
「回らない回らない。ちょっとだけ魔力をこめてみてよ」
「こう……? きゃっ」
飛び上がった。
ぐんぐん、ぐんぐんと高度を上げていく。
「と、飛んだわ、飛んでるわ!」
楽しそうにはしゃぐセレナ。
しかし、智之は内心ヒヤヒヤだった。
「セレナ、魔力込めすぎ! 手を離して!」
声をかけたのもつかの間、セレナは緑の笠の向こうへ消えてしまう。
「セレナ! セレナーーーーーッ!」
呼ぶ。
されど声は聞こえず、風が葉を揺らす音だけが耳に届──
──ゴッ!
遠くで固いもの同士がぶつかる音が聞こえた。
一瞬、サロン全体が暗くなる。
「いったぁあああああい!」
セレナの絶叫がどこかくぐもって聞こえてくる。
やがて再び葉を突き破り、真っ逆さまに落下して来た。
「──<実体化>!」
魔力で受け止めるためのクッションを作る。
衝撃を吸収できる柔らかさに調整したそれは、間一髪セレナの身体を受け止めた。
ゆっくりと魔力の糸を手繰り寄せ、地面まで下ろす。
地べたに可愛らしくへたりこんだ涙目だった。
「アンタねぇ! アンタねぇ! なんてもの渡してるのよ!」
「ごめん! でもちょっとだけって言ったじゃん!」
涙目でぷんすかと迫ってくる。
ふわりと羽が落ちてくる。
「そうだ、アンタも使ってみなさいよ」
「うわわっ」
途端、智之の身体は先ほどのセレナと同じくふわりと浮かび上がった。
羽を握り、中にあるセレナの魔力に集中させる。
下手をすればヤケドしてしまいそうなほどの暴れ狂う熱を感じる。
だが、それも智之にとってはさざ波のようなものだった。
「よ、ほっ、そいっと」
羽に込められた魔力を操り、速度を制御する。
上に上に行こうとする力を反転させ、足元に。
数秒も立たないうちに、智之は宙に立っていた。
「ムカつくわね。なんでそんなに簡単にできるのよ」
「魔力操作だけなら得意だからね」
細かい制御は智之の得意とするところだ。
だが、智之の魔力だけならこうはいかない。
実際はセレナの魔力が残っていたからこそできる芸当だったりする。
「セレナにあげられたらいいんだけど」
「別にいらないわよ。それを貰っちゃったら、アンタはただの魔法が使えないよわっちいヤツじゃない。私は自分より強いヤツにしか従わないんだから」
「でも自分の使い魔が最強になるところって見たくない?」
「バーカ、ドラゴン舐めんな。よっと」
彼女は軽々と智之のいる場所まで飛び上がり、背中にのしかかって来た。
ふわりとした柔らかい匂いとさらりとした髪が鼻をくすぐる。
「わわっ」
「私も一緒に飛ばせなさい!」
「ちょ、二人は無理だって!」
二人分の重さに耐えきれない。
何とか落下速度を調整してじわじわと高度を落とすも、最後の方は一気に草花の上に倒れこんだ。
「あはは」
「ふふっ、はははははっ」
思わず笑いが漏れる。
何故だか智之にも理解できなかったが、無性に楽しかった。
「──きゅい?」
そんな笑い声につられたのか、森の中から一匹の子ギツネが顔を出す。
トテトテと智之のそばまでやってくると、甘えるようにその顔を頰にこすりつけてきた。
「あら、子ギツネじゃない。捕まえて食べましょうよ」
「きゃうっ!?」
セレナの不穏な言葉がわかったのか、子ギツネが慌ててぴょんと身を翻す。
大木の影に身を隠してしまった。
「いやいや、ダメだよセレナ。ここにいる時点で誰かの使い魔なんだから。ってあれ、あの子……」
「ん? んー、んん? そういえばどこかで見たことあるような……」
セレナも思い至ったのだろう。
伸ばそうとした手を止め、首をかしげる。
その時、二人の後ろから声がかかった。
「待ってよ、ココちゃん──ってあれ、夕川くん?」
振り返ると、そこには驚いた顔を浮かべる神宮寺さんの姿があった。
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