8.自己紹介と怒りの炎
修練場で戦った後。
智之とセレナは、他の同級生たちとともに一年B組のクラスにやってきていた。
クラスの中では生徒の分と使い魔の分、二つの机がくっつくように並べられている。
智之の席は五十音順の関係で最奥の右端、ドアのすぐそばだった。
教室の端にいるためか、一目でクラスメイトたちの姿が一望できる。
彼、もしくは彼女らのそれぞれ使い魔が侍っており、犬や猫、フクロウなど様々な種類が見られる。
そんな彼らの正面で、教壇に立つ若い女性教師は穏やかな笑顔を浮かべた。
「魔法使いの卵さんたち、入学おめでとうございます」
はじめの挨拶に、学生たちは頭を下げる。
その様子を見た女性教師は満足げに頷いた後、再び口を開いた。
「ここは知っての通り、勉学と魔法の研鑽を積んでもらう場所です。魔法の基礎については、皆さんもご存知だと思います」
──そわそわ、そわそわ。
じっとしているのが苦手なセレナは、話を聞く智之の隣に座ってもぞもぞと動く。
机の下で彼女の手を握って、目で止まっているように伝える。
セレナはむっと頰を膨らませたが、やがて観念したように手を握り返してきた。
「魔法、そしてそれの源となる魔力というのは基本的に炎・水・風・土の四つの属性があります。その属性によって使える魔法や効果が変わります」
──うつら、うつら。
セレナ、今度は船を漕ぎ始める。
握った手の暖かさに負けたのか、はたまた小学生でも知っているような魔法の話に飽きたのか。
他の生徒たちもいきなりの長話に付き合いきれなくなってきたのか、暇そうにしていた。
起こす意味もこめて、手をぎゅっと握る。
「セレナ、起きて」
「ね、寝てないわ。寝てない寝てない」
顔を上げながらぶんぶん振っても先ほど眠りかけていた事実は変わらない。
今まで学校に行ったことのない彼女にとって、長話を聴くのは酷だったらしい。
「例えば使い魔に使う身体強化ひとつとってもそうです。炎属性だと攻撃力、水属性なら治癒力、風属性には移動速度、土属性からは防御力に影響を与えます」
けれど、この学校に通う以上は使い魔にも授業カリキュラムはある。
今回みたいな誰でも知っているような話だけじゃなく、学校歴が長い智之でも知らないことはたくさんあるだろう。
早いとこ慣れてもらわないとなぁ。
「ですが、二種類以上の属性を持っている人の方が優れている、とは言い切れません。魔法使いの卵であるみなさんが重視するべきステータスは属性強度、魔力量、そして魔法操作の三つです」
他の魔力に影響されにくさを示す属性強度、魔法の威力や継続力に関わってくる魔力量、魔法をどれだけ細やかに扱えるかの魔法操作。
そのどれもにC〜Sまでランクがあり、去年セレナが計測した時にはそれぞれS、A、Bとなっていた。
ちなみに智之は全部横棒一本(表記無し)だ。
「明後日のお昼を使って、その三つを調べるテストをしてもらいます。楽しみにしていてくださいね」
そこまで言うと、女性教師は息をついた。
そして、改めて生徒たちに向き直る。
「それでは皆さん、自己紹介をお願いします」
そんなこんなで長話が終わり、自己紹介が始まった。
魔力属性や一言コメントを言っていく流れになり、終わればまばらな拍手が生まれていく。
緩慢と緊張が混じった空気。だが『彼女』の番では違った。
使い魔の小狐を抱きかかえ、立ち上がる。
その瞬間、待ってましたと言わんばかりに全生徒が注目したのが分かった。
「神宮寺神子です、よろしくお願いします。こっちは一本ギツネのココちゃんです」
「きゃう!」
「まだ小さくて人の言葉もあんまり分からない子ですけど、よろしくお願いします」
彼女は小狐を抱きかかえながらぺこりとお辞儀する。
ボブに切りそろえられた亜麻色の髪がさらりと揺れる。
ほぅ、とクラスメイトたちからため息が漏れた。
綺麗な人だな。
智之の心にも思わずそんな言葉が自然と浮かんでしまうぐらいには、少女の所作は完成されていた。
惜しむらくはその儚さだろうか。
汚れを知らない美しい容姿は、触れることさえもはばかられる。
腕の中に抱かれた小狐──ココと言うらしい──の毛並みも、彼女が持つに相応しいと思えるほどに美しい。
「神宮寺さん、使い魔の紹介もいいですが自分のことも少し言ってくれると嬉しいです」
「あ、ごめんなさい。魔力属性は水です。お茶が好きなので茶道部に入ろうと思ってます」
「茶道って、あの茶道か?」
「さすが陰陽道の神宮寺……入る部活も由緒正しいな」
「使い魔も綺麗……。あんな毛並み、早々見られるものじゃないよ」
教室中がざわつく。
皆、神子から発せられる雰囲気にアテられているようだった。
「オンミョウドウ?」
セレナはマイペースに、知らない言葉に首を傾げていたけれど。
「魔法使いは昔、この国でそう呼ばれてたんだ。せっかく学校に来たんだから、セレナもこういうことも勉強していかないとね」
智之が中学に通っていた頃は学校に通うことはなく、智之の祖母と自宅で魔法を学んでいるだけ。
算数なんかを教えようとすると、使い魔だから必要ないと逃げ出すこともあった。
そんな彼女も今ではこうして学校の机に座っている。
──願わくば、家から一歩踏み出したこの場所に馴染んでくれることを。
智之はそう願っている。
「えぇ……イヤよ面倒くさい」
だからってふいっとそっぽを向かなくても。
道のりは長そうだ。
一通り会話を終え、再び自己紹介に耳を傾ける。
今は戦ったばかりの那波央麻に順番が回ってきているところだった。
「那波央麻。属性は土、風」
そう言って、彼は早々に席に着く。
荒々しい着席の仕方やむすっとした表情から、不機嫌であることは誰の目から見ても明らかだった。
「えっと、そっちのメイド服の人はあなたの使い魔ですよね? 紹介していただけませんか?」
「……おい」
央麻はぶっきらぼうに隣へ声をかける。
その声に応えてヴィクトリアン調のメイド服を着た、明らかに学生ではない雰囲気の女性が立ち上がった。
「すまないねぇ、うちの主が拗ねてて。さっきあんな負け方をしたのが気にくわないみたいだ」
にしし、と笑う彼女は白と黒が重なり合う服の上からでも分かるほどにすらりとしていた。
「おい!」
「おぉ、怖い怖い。アタシは土蛇のヴルム。ちょいと場違いな気もするが、まぁうちの主をよろしく頼むよ」
それだけ言うと、手をひらひらと振って再び椅子に腰掛ける。
央麻にぶつぶつと何かを言われているようだったが、ヴルムは気にしていないのかケラケラと笑っていた。
そして、最後……智之の番まで回ってくる。
立ち上がり、改めてぐるりと教室を見回す。
(ここが俺たちの過ごすクラスか……)
緊張する。
けどそれ以上に楽しさもある。
期待に胸を膨らませながら智之は口を開いた。
「夕川智之です。こっちは使い魔のセレナ。ちょっと見た目は怖いかもしれないけれど、仲良くしてあげてください」
「今言わなくてもいいでしょうが!」
「あはは、まぁまぁ。俺の魔力は無属性で──」
その時だった。
「無属性……?」
「無属性ってあれだよね、何も魔法が使えないっていう」
「あの噂は本当だったんだ……というかなんで使い魔の手を握ってるの?」
「さぁ?」
教室の空気が、ざわついた。
無属性。
またの名を「無能魔力」とも呼ばれるそれは、世間から疎まれている。
「どうしてそんな人が真木架学園にいるの?」
「どうせ使い魔のおかげでしょ。なんかめちゃくちゃ強そうだったし」
「でも、魔法が使えないのに使い魔を従わせることってできるのか?」
どうやらそれはこの真木架学園でも同じらしい。
今更自分に言われることを気にするつもりもない。
自分は自分の道を進むと決めたのだから。
けれど、セレナは違った。
「アンタたち……」
ぷるぷると肩を震わせ、半眼で周囲を睨みつける。
身体から滲み出る魔力は赤いオーラとなって周囲を包み、金色の髪がゆらゆらとたなびく。
握った手に伝わってくる熱を感じながら強く握ると、さらに強いほどの力で握り返された。
あ、やばい。
「言いたいことがあるなら正面から言いなさいよ!」
「セレナ、落ち着いて。俺は大丈夫だから」
「アンタもちょっとは言い返しなさい! ドラゴンの私を従えておいて舐められるなんて許さないんだから!」
セレナは激昂する。
鋭い歯が並ぶ口から漏れる真っ赤な炎は、まるで彼女の怒りの温度を表しているかのようだった。
智之が彼女を止めようと口を開いたところで──
「──<水晶瀑>」
神子の澄んだ声が冷や水のようにかけられる。
いや、実際かけられたのだろう。
教室全体が急にじめっとした湿気に覆われたからだ。
他を許さない属性強度、そして教室全体を覆う魔力量、圧迫感を感じさせない魔法操作。
彼女が神宮寺に名を連ねる者なのだと、否が応でも分かる瞬間だった。
教室がしんと静まり返る中、彼女はココを抱きかかえながら立ち上がる。
その澄んだ瞳にはセレナとは違う静かな、しかしはっきりとした怒りが込められていた。
「夕川くんの魔法属性がどうであれ、受験を通ってここにいるという事実は変わりません。口を慎んでください」
「それと、夕川くん」
「何かな、神宮寺さん」
視線が交差する。
澄んだ瞳を見つめ返すと、その目がふっと和らいだ。
「セレナさんという強力な使い魔を従える以上、貴方に大きな責任が生まれます。しっかりと面倒を見てくださいね」
彼女の口から出てきたのは、魔力属性のことではなく使い魔のこと。
たしなめられた、と思う人もいるかもしれない。
けれどその言葉は智之には、心配してくれているように感じられた。
「分かってます、ありがとう」
「……はん、もういいわ。怒るのがバカらしくなってきた。それに分かってるヤツもいるみたいだしね」
そう告げるセレナの視線は、神子に向いていた。
智之たちの様子を見て彼女は満足したように頷いて腰を下ろす。
「ごめんなさい、流れを切ってしまって」
「い、いえいえいえ、いいんですよ神宮寺さん。むしろありがとうございますというか恥ずかしいと言うか……と、とにかく! 自己紹介が終わったところで一旦休憩に入ろうと思います!」
先生が言ったところで、ちょうどチャイムが鳴る。
こうして、はじめての授業は終わりを迎えたのだった。




