第十三話 戦士の休息
「えっ!? 私の部屋より奇麗……」リナはそんなことを思った。
銃器や剣の曲線部分を生かして、部屋のデコレーションをしているという風変わりな所はあるものの、総じて――フィオナ・ニールセンの部屋は整頓されていた。
店で着ていた窮屈な上着を脱ぎ捨て、フィオナは黒のチューブトップと、ヘソの先まで見えるヒップハングパンツに着替えていた。バスタオルで頭を拭きながら、リナたちへも二組のタオルを投げる。
「えっ……あんな際どい格好もあるの……。リアルの世界でも、あんなの見たことないかも」
それは、女性のリナが目のやり場に困るほどだった。胸元は小高い丘陵を描き、秘密の湿原へと誘うくびれのラインは、たとえそこにトラップがあると分かっていても世の男性全てが引き込まれてしまうだろう。
リュウガは借りてきた猫のように大人しくなっている。さっき、リナの前で激戦を繰り広げた人とはとても思えない。
何本かのコンバットナイフが並んで突き立てられた円卓と椅子。その色とりどりのナイフをしげしげと見つめ、
「どうだ、可愛いだろう?」とフィオナ。
リュウガは女性の「可愛さの感性」について、小物だろうが洋服だろうが、端から理解できないと思っている。そこで、とりあえずうなずいた。
フィオナはリュウガたちと差し向かうようにして椅子に腰掛け、その長くスラリとした足を組んだ。
「で? お前らはできてんのか?」
二人はそのむき出しの質問に、今出されたばかりのダージリンティーをブッと吹き出した。
「まあ、冗談だ。気にしないでくれ。こういう質問を、お約束っていうだろう」
フィオナはピント外れの調子で、どこからか出してきた缶入りの飲みものをグイとやりながら言った。
「で? どうだ? その……、この世界の感想は?」矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
すると、目ざとくリナが反応した。
「フィオナさんって、その口ぶりからして。もしかしてこの世界の……運営側の関係者なんですか?」
「いい質問だ、子猫ちゃん。だが、それを聞いてどうする? 私はただの武器屋の女店員だといったら」質問に質問で返すのは、フィオナの常套手段だ。
「それは……」
「そうだ、それでいい。何でも聞いて答えをもらえると思ったら大間違いだ。それより、もっと楽しい話をしよう。リュウガ、あいつをぶっ倒したいか? ヴィニール、いや、ハーデスだ」
さりげなくフィオナの呼び方が、少年からリュウガに変わっていた。
「それは余り楽しい話じゃないよ、フィオナ。まあぶっ倒したいというか、ぶっ倒さなきゃいけないんだろ。ただ、そのやり方をこれから探ろうとは思ってる。てっきり、こんだけ強くなったから、無双プレイができると思ってたんだけどな。あいつは手強そうだ」
「なあに、その無双プレイって?」幸便とばかりに、リナが聞く。
「ああ……それはな」とフィオナが答えようとする。あからさまに、口を膨らますリナ。
おっと、こいつが口を膨らますときは、むくれてるときだ。その分かりやすい癖は、まだ直ってないのか。しょうがない。
「えっとな、リナ。大づかみにいうと、一人で大人数の敵を一掃するような力押しのプレイを指すんだ」
「ほ、ほぅぇえー」
ん? お前ってそんなキャラだったか? MMOの世界じゃ、確かにスラングが飛び交ってるけど……いろいろと無理してないか。
「まあ、さすがにレベル99もあれば、ここいら一帯の敵は無双できるだろうさ。ただそれだけじゃ納得がいかないんだろ。お前みたいなヤツはもっと高みを目指す。誰よりも強く、そして誰よりも早く、な」
「それを世間では、廃人と呼ぶ」リュウガが調子を合わせる。
「はうぇええー。リュウガ君、小林一茶とか好きだったっけ?」
「うーん、俳人違いか。まあ、それでいいや」
「うむ、それでいいな。ときに小娘、お前、料理はできるか? もしできるなら、先に風呂に入れてやってもいいぞ」
リナは話の流れについていくのが、やっとだった――MMO世界での会話は、こうした速い流れの場合が多い。
「で、できますよ。でも、お風呂はフィオナさんが先でいいです。悪いですもん」
「いや、お前が先でいい。風呂はそこの先にあるからな」と後ろ手に廊下を指差し、「着替えも好きなのを使っていいぞ、ただし布きれしかないから覚悟しておけ」
その勢いに押されたのか、リナが渋々席を立った。とはいえ、ずぶ濡れで気持ち悪いのも事実だろう。素直にお風呂に向かって走っていった。
「さてと……ここからは大人の時間だ。分かるだろう? リュウガ」
フィオナが身を乗り出し、円卓の上で息がふれあう距離まで近づく。間近で見ると、全ての部位が伝統工芸のように流麗な線で造形されている。リナが白く可憐な花の美しさであるならば、彼女はズバリ薔薇だ。そして彼女の棘は、危険なほどの魅力を放っている。
「目をそらさず……私の……を見てくれないか?」