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「凄いです、凄いですアリマさん! 私もあんな風に、猫ちゃんとか作れるようになりたい! どうやったらそんな風にできるんですか? 教えてください!今すぐにぃ!」
「ここでは教えないわ」
軽くあしらうように話すアリマに、ユキはすぐさまホウキをバッと突き出しながら食い下がった。
「ええぇっ!? なんでですかアリマさん! ケチ! 意地悪! 目の前であんなの見せられたら、今すぐやりたくなるのが人情じゃないですかー!」
ジタバタと地踏みをして駄々をこねるユキを尻目にアリマは煙草の煙をふぅと吐き出しながら、答える。
「教えないものは教えないの。…それにね、あんたに魔法を教えるのは、私じゃない誰かよ」
「…え? アリマさん以外の人…?」
抗議の声を上げていたユキの動きが、ピタリと止まった。
首をかしげ、不思議そうにアリマの顔を見上げる。
「何言ってるんですか。私、魔法を使える人を見たのは今日が初めてですよ。孤児院の皆が魔法使える訳がないし…どこ探したって…」
「ウブタ魔法学校に入学して、しっかり学んできな」
「…へ?」
あまりにもさらりと言い放たれた言葉に、ユキは間抜けな声を漏らした。
ウブタ魔法学校。
それは、さっきユキ自身が憧れを語っていた、クマノの中心地にある最高峰の魔法機関だ。
「え、ええぇぇぇっ!? 冗談ですよね!?私、天才どころか、魔法すら使ったことないのに…。それにウブタ魔法学校って倍率がすっっっごく高いって聞いたことありますよ!それにそれに凄いお金持ちの家の子しか入れないって有名な…!」
「冗談に見える?」
アリマはポケットから一枚の厚手の紙を取り出し、ユキの目の前にひらひらと突きつけた。
そこには、重厚な金の刺繍で、ウブタ魔法学校入学許可書と記されていた。
「これ…っ!?」
「そう。学費も推薦のコネで全部チャラにしておいたから、余計な心配はしなくていい。あんたのその魔法が好きっていう真っ直ぐな気持ちだけで、思いっきり飛び込んでおいで」
ユキは差し出された紙とアリマの顔を何度も交互に見比べ、驚きで目と口を限界まで丸く開けた。
「本当に…? 私、本当にあの魔法学校に行けるの…!?」
「ええ。だから、私から教わることなんて何もないわ。本物の魔法使いになりたいなら、その場所で自分の可能性を試してきなさい」
「ありがとう!アリマさん大好き!!」
弾けたような叫び声とともに、ユキは勢いよくアリマの腰へとしがみついた。
煙草を咥えたまま苦笑するアリマの服に、ユキは顔をうずめて感涙にむせぶ。
夢にまで見た魔法使いへの道。
届くはずもないと諦めていた世界への扉を、この愛しい育ての親が開いてくれたのだ。
「…そういえば、何でまた急に私を魔法学校に推薦してくれたんですか?」
アリマから一歩離れて聞くユキ。
アリマは咥えていた煙草をゆっくりと指で挟み、煙を空へ吐き出した。
「まぁ…色々とあるんだけどね。あんた程の才能を、こんな辺境の孤児院で枯れさせるのが勿体無いと思ったからかな」
「さ、才能…!? 私に、そんなのが…?」
思いがけない言葉に、ユキは目を丸くして自分の両手をじっと見つめた。
魔法が使えただけでも驚きなのに、まさか才能があるとまで言われるなんて思いもしなかったのだ。
「自覚がないのは幸せなことだけどね。あんたの魔力は私なんかよりもずっと素直で、ずっと深いわ。ここでホウキを持って掃除だけで一生を終わらせるには、あまりにも惜しいのよ」
アリマはくすりと笑うと、ユキの頭にポンと手を置いた。
「それに…憧れてるんでしょ? あの煌びやかなクマノの街で、胸を張って生きる魔法使いに」
「…! うんっ…!!」
「私、絶対がんばる! 凄腕の魔法使いになって、アリマさんに恩返しするからね!」
「恩返しなんていいのよ。あんたが笑って楽しんでくれれば、それで十分」
アリマはそう言うと、いつもの少しぶっきらぼうな手つきで、ユキの丸みを帯びたボブヘアをわしゃわしゃと撫でまわした。
その手はどこまでも温かく、そして優しかった。
それから数日後ーー
「あぁ…!遂に憧れのこの場に来たんだ!」
15歳の少女ユキは、胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、目を輝かせながら目の前の光景を見上げていた。
ここは、魔法都市クマノ。
いくつもの煌びやかな魔導障壁を抜けた先に広がるその中心地は、まるで絵本から飛び出してきたかのような夢の世界だった。
路地を照らすのは街灯ではなく、ガラス瓶の中で美しく揺らめく魔法の青い炎だった。
魔力によって生み出されたその灯りは、油の匂いも煙も出すことなく、夜の街を幻想的に照らし出している。
街のあちこちにある綺麗な噴水からは、蛇口も配管もないのに清らかな水がとめどなく湧き出ている。
寒さを感じれば足元の石畳からじんわりと温かな熱が伝わり、通り沿いのレストランでは火も使わずに美味しそうなスープが湯気を立てていた。
電気も火も水道も、生活に必要なインフラの全てが魔法で賄われている奇跡の街。
そして何より、この中心地に住む人々の全員が魔法を使えるのだ。
「す、凄い…! 本当に全部、魔法で動いてる…!」
孤児院暮らしのユキにとって、このクマノの中心地はずっと夢にまで見た場所だった。
生まれつき魔法への強い憧れを抱いていた彼女は、明日からこの街にある最高の学び舎であるウブタ魔法学校の入学生となるのだ。
周りを見渡せば、自分と同じようにパリッとした真新しい制服に身を包んだ生徒たちが、期待に満ちた笑顔で校門をくぐっている。
(…ふふっ、アリマさんには本当に感謝しても仕切れないや)
ユキは胸元の制服を愛おしそうに撫で下ろした。
あの日、アリマがくれた最高の切符。
それを無駄にしないためにも、ここで精一杯頑張るのだと、あらためて心に強く誓う。
「よしっ! 勉強も魔法の練習も、精一杯がんばるぞー!」
ユキはぎゅっと拳を握り直し、満面の笑みでウブタ魔法学校の立派な門をくぐった。
ユキを待ち受けていたのは、広大で美しいキャンパスと、新入生たちの活気あふれる空気だった。
手続きを済ませて案内された寮の部屋は、想像以上に綺麗で心地よい一人部屋だった。
窓の外には魔法都市クマノの夜景が宝石のようにきらめいていた。
机の上には、明日の朝のための軽食として、パンの熱が逃げないように魔法の結界で包まれた焼きたてのパンと甘いミルクの入ったボトルが上品に置かれていた。
「凄いなぁ…。明日から、ここで暮らせるんだ…」
ベッドに腰掛けたユキは、胸の高鳴りを抑えきれずに何度も周囲を見回した。
アリマにもらった最高のチャンス。
明日からの学校生活への期待で胸がいっぱいになっていた。
それでも、興奮冷めやらぬままベッドにもぐり込み、ユキは夢見るように目を閉じた。




