第41話 没落貴族の王氏、お家再興とセレブ生活のため後宮に殴りこむ⑦
目の前の女をがむしゃらに殴りつけながら、美玲は吠えた。
「あたしはね、あんたと違ってもうあとがないんだから。絶対セレブになるんだから! 三食昼寝付きで、毎日遊んで暮らすんだから! 年金をもらって老後も安泰なんだから! セレブセレブセレブセレブ、セレブになりたいいいい―――――ッ!」
「……」
あくなき闘志とド根性と、絶対セレブになってやるという狂気走った気迫に烈は気圧された。
なんというか、必死すぎて引いてしまう……。むしろドン引きだった。
入宮を希望するからには、一応にも皇帝の妃を目指しているはずなのに。
この女の中では、結婚も旦那のこともすべて抜け落ちているようだ。
いや、男はどこ行った……?
旦那は重要じゃないのか? どうでもいいのか?
それとも入宮を、別の何かと勘違いをしているのだろうか……。
烈は、未知の生きものと遭遇したかのような不可解な気持ちに襲われた。
三十分近く殴り合ったあと、とうとう烈は自分の不利な状況を悟った。
この女に負ける気はない。しかし、倒すこともできそうにない。
力が拮抗している上に、棒状の武器を持てば美玲は無敵である。
攻撃の間合いが広い上に、高速で振り回せるため付け入る隙がない。
近接戦闘、格闘技を得意とする自分を寄せ付けない。
刃物は使えないため、戦うなら棍だが……これを奪われたら勝ち目はない。
烈は何度目かに美玲をぶん投げたところで、諦めたように息をついた。
「もういいよ。これ以上は戦っても無駄。あんたとは引き分けにする」
「なんでよ。あたしはまだやれる!」
起き上がった美玲はなおも飛び掛かってこようとしたが、烈はさっとかわして立ちあがった。
二人とも、泥や木の葉や小枝にまみれたひどい有り様だった。
「卑怯者! 皇后なのに逃げるのね」
美玲の噛みつくような非難に、烈は即座に言い返した。
「逃げないよ」
「だったら、あたしの勝ちでいいよね。あたしは入宮してセレブになれるんだよね」
「勝ちじゃない。勝ちじゃないけど。入宮は、まあ……考えてもいいかな」
美玲はひどく憤慨した。話が違うと思った。
「考えてもいいって……何それ。この大嘘つき!」
美玲の暴言に、烈はとうとう怒鳴った。
「嘘じゃない。というか、あんたこそなんなのよ。あんたの方がルールを破ってんのに。なんで時間外に後宮にカチコミしてくんのよ。ちゃんと受付時間に申請して審査を受けて、正宮のバトルコロシアムで戦うのが決まりなんだよ。ふざけんじゃないよ」
「受付時間て……社会人が平日の昼間に申請に行けるはずないでしょうが。皇后だからって、役所仕事みたいなことしないでよ」
「元から役所が募集している役所仕事だよ!」
「……そういえばそうだったわ」
美玲も思い出した。
辻に立っていた担当官も、受付時間外の申請やカチコミは一切認めないようなことを言っていたような気がする。
あーあ、やってしまった……。
美玲は、真っ暗な夜空を虚しく仰いだ。
失業した怒りのままに突っ走ってしまったが、自分のやったことは、まったくもって無駄で意味のない行為だった。
しかし、入宮を諦める気はなかった。
どのみち無職になってしまったのだ。明日からは仕事に行かなくてもいいのだ。
ここは朝になるのを待って、人事局へ行って、改めて申請するしかない。
「確かに夜間にカチコミしたのは悪かったわ。あんたや宮殿の人たちにも迷惑をかけてしまった。わかった、今夜のことはきれいさっぱり無効でいい。朝になったら改めて申請する。それであんたと再戦して勝てば、堂々と入宮できるもんね」
烈は思った。業腹だが、コロシアムで再戦したとしても、結果は同じことになる気がしないでもない……。
「いや、あんたの実力はよくわかったから。再戦なんて面倒なことはしたくない」
「え~だったらどうすんのよ。あんたと戦わなきゃ、私はセレブになれないじゃない」
「だから、それを今から考えるって」
一体どうしたもんかな……と烈は思案した。
元々、後宮の妃の頭数を揃えたいという思惑はある。
美玲を入宮させてもいいのだが……その先のことを考えると頭が痛かった。
ゆっくりと歩き出した烈に、美玲が追いすがってくる。
庭園を横切りながら、烈は疲労の滲む声で尋ねた。
「大体、セレブセレブってさ。あんたはなんでそんなに入宮したいのよ」
美玲は開き直ったように答えた。
「そりゃお金のためだよ。生活のためだよ。悪い?」
「金のためなら、適当に金持ちの男を騙して結婚すればいいでしょ。なんであえて入宮したいのかわからない」
はあ? と美玲は呆れた声を出した。
「あんたは何も知らない王太女だから、そんな無茶苦茶なことが言えるんだよ。出会いもないのに、金持ちの男なんか捕まえられるわけがない。それに、あたしは……もうまともな結婚はできない。父さまが罪を犯して、家は取り潰されちゃったから」
「ああ、だから没落貴族なんだ」
「……あたしが入宮することは父さまの悲願だった。後宮に入って、無双して、出世して父さまをリッチな外戚にするのがあたしの望みでもあった。なのに……」
美玲は悔しそうに唇を噛んだ。声には、鬱屈した積年の怒りのようなものが籠もっている。




