第九十六話 充足する運命
「こ……これが本物の富士山なの? 想像以上の大きさね。早く! 皆、こっち!」
眼前には見上げるも途方もない広さ、そして高さの自然が広がる。十年前に人間が放棄した地、旧日本の静岡の地を俺達は歩んでいた。
「はしゃぎすぎだろ乃亜の奴……緊張感が足りてないんじゃないのか?」
「仕方ないよ。僕らが自分の目でこんな景色を見るのは、生まれて初めてなんだから」
「それもそうか。能力災害の前の俺らは東京から出ることは無かったしな」
愚痴を溢す龍を暗が窘めるように話す。
この場所まで来たメンバーは、以前の計画通りに五人。四大罪人に加え先生という少人数で訪れていた。
「元々ここは静岡だっけか……能力災害の爆心地からは割と離れているけど………随分と荒れてるな。本当にここに何かあるのか? 先生」
「あるさ。なに、どうせ時間はあるんだ。さっさと物を見つけて都市群に戻らないとな」
俺達は今、仲間達にも情報を秘匿してこの地を訪れていた。先生……つまりこちら側の主戦力の不在が敵に悟られない様にするためだ。
「ねえ! 麓に変な建物があるわ!」
数歩先を一人で進んでいた乃亜が声を張り上げる。
「あれは………小屋、いや家か?」
富士山の麓。そこにはポツリと立っている一つの家屋があった。その家にはこれまで見てきた他の建造物とは違い、草木に飲まれていたり、外壁が崩れていたりはせず、まるで少し前まで人が暮らしていたかの様な旧日本には似合わない生活感があった。
「………なんか、あの場所だけ日本らしくないよな」
龍が家の周りを指差して言う。
「そうだね……まるで中世ヨーロッパのような、どうします? 先生」
「聞くまでもないだろう暗。無論、目的地はあの家だ」
俺達は富士山の麓にある謎の家屋を目指すのだった。
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「一人で先に着いちゃったわ………皆呑気なんだから」
勢いのまま一人で突き進んでいた乃亜は先に目的地の家屋へと辿り着いていた。美蘭曰く「私がいるなら何が起きても平気だろ」とのことであり、誰も一人で先に行くことを止めなかったのだ。
「それにしても、確かに生活感はあるけど………人の気配なんて全く………」
「おぉ、この様な場所に再び人が訪れるとは。お嬢さん、どうかこの私めに慈悲をかけては頂けませんか?」
その時、乃亜の独り言を遮る様な誰かの言葉が響く。
「……っ! 誰!」
「どうかそう警戒なさらずに。所詮はただの老いぼれの戯言に過ぎませんので」
再び男性の声を聞いた乃亜は周囲に視線を配るが、人間どころか生物の気配すら何一つ無かった。
「中ですよ。貴女の前に扉があるでしょう? 錆びれているやもしれませんが鍵は開いているはずなのでどうぞ入ってください」
乃亜は警戒しながらも扉の前にまで歩を進める。使っていなかったからなのか確かに金具などには劣化が見えていた。
「………罠でもあるんじゃないの?」
「信じられませんか? ふむ、それもまた当然の思考でしょう。それでは、こちらも一つ情報を開示致しましょう。私は貴女の世間では能力者と呼ばれる存在になります」
「能力者が自分のことをバラすだなんて………バカじゃないの? 何のメリットがあって……」
困惑を隠せていない乃亜に男性の声は矢継ぎ早に話す。
「フフ、私は見ず知らずの方に渡せる最大限の情報を開示致しました。その扉を開けるかどうかは貴女に任せますよ。私自身ですら突然こんな事を言われたら信用できないでしょう。ただ、この程度で根に持ったりはしないのでお好きな方をお選びください? お嬢さん」
「………はぁ、最近妙な体験が多過ぎてこんな現象に慣れてしまっている自分がいるわ。仕方ない……助けてあげるわよ! どこの誰かも知らない饒舌な人」
そうして乃亜は目の前の扉を強く開けるのだった。
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「乃亜の奴、一人で突っ走りやがった」
ついに単独行動と呼べる程に距離が離れた乃亜を見て呆れた様に龍が愚痴を溢す。
「僕らと先生。全員集まっての行動なんて最近全然無かったからね。ああ見えて喜んでるんだよ」
「暗、お前は乃亜について随分と詳しいな」
「ははっ、少なくとも兄さんよりはね」
何故か俺の元へと飛び火してきた。仲間については色々と分かっているつもりだったのだが、心外である。
「すまないお前ら、緊急事態だ。目的地だと言った家の場所に突然人の気配が現れた」
俺達が雑談をしながら歩いていると、後ろから先生が殺気立った声色でピンチを告げる。
「私でさえ操れない程の強い運命を持った人間だ。今すぐに向かい乃亜を止めるぞ」
俺はその言葉を聞き終わる前に能力を発動して走り出していた。
神話種が危機に感じるだなんて、一体どんな化け物があの場所にいるってんだよ。などと思いながら、俺は足を動かすのだった。
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家屋の中はこじんまりとしており、合計で三部屋により構成されていた。
「ねぇ、入ったわよ? さっき老いぼれって言ってたし、爺さんって呼べば良いかしら?」
「爺さん……ですか。不満はありますが構いませんよ。扉を開けてすぐ右の部屋です。私はそこで待っていますので」
乃亜は慎重に右手側の部屋に入る。
部屋の中は至ってシンプルだった。真っ白な壁紙にソファが隅に一つ。そして小さな机が置いてあるだけだった。特に異常は見当たらない。一つを除いて。
「いやはや、私の体がこうなってしまってから随分と長い月日が経ちました。申し遅れました。私の名前はユリィとでもお呼びください。失礼ながらお嬢さん? お名前を伺っても?」
「………慣れてきただなんて言ったけど、撤回するわ。いくら能力者だとしてもこれは想定外。ユリィさん、本当に何者なの?」
乃亜が見たその部屋の異常とは、ユリィそのものだった。外見は西洋人の様な顔立ちに加えて髪色は白く、整った髭を生やした老紳士と呼べる男性。
そんな老紳士には首から下の一切が無く、壁に顔だけが吊るされていたのだった。




