側近の回想
第二王女は第一王女のように、密かにことを構える気はないらしい。
堂々と、レピュテイシャン様を自分のものにしようとしているようだ。
向こうがその気なら、こちらも真っ向から勝負に出よう。
ブリック国から来た従者全員が雁首揃えて扉を開けたので、流石に王女も驚いていた。
どうやら彼女は侍女も連れていないようだったが、第一王女とは違い、ちゃんとドレスを身にまとっていた。
「レピュテイシャン様を呼んでくださる? オディールが参りましたわ」
ニッコリ笑って主を呼べと言う王女は、自分の行動が迷惑だと思っていないのか、こちらの返事も待たずにそのまま中に入ろうとした。
慌てて止める他の従者。
「申し訳ありませんが、主はもうお休みになられました。時間を確認してから、先触れをお出ししていただけますでしょうか」
こんな時間に迷惑だ。と含みを持たせて言ってみたのだが、彼女はなんら気にした様子もなく「私が来たと伝えたら起きるでしょう。少しくらいなら待っていてあげるから、早くしなさい」と言ってのけた。
え、この国って常識ないのか?
基本、自由奔放に生きる魔族にだって常識はある。
魔王様ならいざ知らず、レピュテイシャン様だってよっぽどのことがない限り、寝入っている私を起こすことなどないのだが、この国はたかが王女が他国の王子の眠りを妨げようとしている。
それも当然のように。
第一王女のようにこの部屋に入った途端、幻影を見せた方が良かったかと思いながらも、私はニッコリと第二王女に微笑みながら仲間と目配せして、ゆっくりと廊下に出て扉を閉めた。
「時間を確認して、先触れを出せと言っているのです。わざわざチェルリア語で話してあげているのに、この国の王女は馬鹿なのでしょうか?」
「なっ⁉」
廊下に出た私達を不満に思っていた第二王女は、私の発言に目を丸くする。
「分からないのなら隣国のバジリ国の言葉で話しましょうか? それともカッタス国?」
私はありとあらゆる国の言葉で、同じセリフを繰り返す。
馬鹿という言葉を忘れずに。
そうしてそのまま、第二王女に暗示をかけていく。
「……え? 何? 何を言って……」
彼女の耳には、他国の言葉が溢れかえる。
「や、やだ。何よ、これ? いや、いや、いやぁ!」
耳を押さえようが、自分で大声を出して私の声を聞こえないようにしようが、最早彼女には私の他国の言葉しか聞こえない。
第二王女の大声を耳にした、付近で警備していた騎士二人とちょうど通りかかった侍女頭が同時にやって来た。
他国の王子の部屋の前で大声を叫び、耳を押さえて蹲っている第二王女の姿を見て、三人は唖然とする。
「これは、一体……何があったのですか?」
「それはこちらが聞きたい。いきなり来られて王子を起こせと騒がれたかと思ったら、このような状態になられたのです。私達もどうしたらよいのか……」
私達は困惑した様子を演じ、この国の騎士を見る。
「失礼ながら、医師にお診せになった方がよいかと」
「そ、そうですね。オディール様、部屋に戻りましょう」
私の言葉に反応したのは侍女頭で、これ以上の醜態をさらすわけにはいかないと第二王女の腕を掴む。
そこで彼女ははじめて、騎士と侍女頭に気が付き「離しなさい」と暴れ出す。
「私はレピュテイシャン様に抱かれに来たのよ。例え未開の蛮族でも、あれほどの容姿なら私の隣に相応しいでしょう」
第二王女のその言葉に、騎士と侍女頭は顔を真っ青にした。
ひいいぃぃぃ~~~! と内心叫んでいるのがよく分かる。
あ~あ、夜這いに来たこと自分でばらした上に、我らを未開の蛮族と言っちゃった。
騎士と侍女頭が慌てて私達を見たので、私達は皆で悲しそうな顔をつくる。
「……そうですか。私達はそのように思われていたのですね。残念です」
「い、いえ、そんな、滅相もない。申し訳ありません。オディール様は何か勘違いをなされていて、その、私達はそのように考えたこともございません」
必死に謝罪する騎士と「オディール様、なんてことを。オディール様!」と第二王女の耳を塞ぐ手を一生懸命離そうとする侍女頭。
「あああ、もう、いや。何よ、これ? 誰かどうにかしなさいよ。頭が変になるわ」
侍女頭の声が聞こえない第二王女は耳を塞ぐのをやめ、頭をバリバリと掻きだした。
「先程から何を仰られているのですか、オディール様? とりあえずお部屋に戻りましょう」
第二王女の行動を不審に思いながらも、どうにかこの場を下がらせようと必死の侍女頭。
だが第二王女の耳には今もまだ、私のいくつもの他国の言葉が延々と聞こえているのだ。
私は髪を掻きむしる第二王女に、苦笑しながら話しかける。
「大変申し訳ありませんが、オディール様。我が主は、慣れない異国の学問に必死に取り組み、大変疲れております。本日はもう遅いので、ご用事があるのならば明日にしていただけますか?」
「いやあぁぁぁ、私はチェルリアの言葉しか知らないのよ。いい加減にしてぇ」
「チェルリア国の言葉でお話しさせていただいているのですが、申し訳ありません。私の発音はおかしかったでしょうか?」
聞こえていない第二王女にわざと話しかけ、言葉がおかしいと馬鹿にされたという体を装う私。
私もレピュテイシャン様ほどではないが、美しい容姿をしている。
その私が、自国の王女に意味もなく蔑まれ悲しそうな表情をすると、騎士と侍女頭は同情の目を向けた。
「そんなことはございません。パズ様の発音は、私達チェルリア国の者より綺麗です」
「お言葉がおかしいなどと、そのように思わないでください」
必死で私を励まそうとする三人。
この第二王女は、普段からあまり使用人に好かれていないようだ。
本来なら、自国の王女がどのような行動をとろうと最後まで庇うのがこの者達の役割であろう。
だが、騎士二人と侍女頭の目は厳しいものに変わっていく。
「オディール様、いい加減になさってください。ブリック国の方々にご迷惑です。さあ、参りましょう」
「誠に申し訳ない。この件は陛下にも報告し、国から正式に謝罪させていただきます」
「お眠りを妨げたこと、レピュテイシャン殿下に深くお詫び申し上げます」
侍女頭が第二王女を連行して、騎士二人が私達に頭を下げてこの場を去ろうとしたのだが、第二王女が暴れるので上手くいかないようだ。
謝罪した後も、扉の前でまごついている。
騎士が王女の体に触れる訳にもいかないから、侍女頭一人では暴れる第二王女を連れてはいけないのだろう。
一人の騎士が、他の侍女を呼びに行った。
「皆様も大変ですね。このことを陛下にご報告なさると、貴方達がお叱りをうけることになりませんか?」
私はどうにかこちらに来ようとしている第二王女を必死で捕まえている侍女頭と、私達の間に入って両手を広げている騎士に声をかける。
第二王女の奇行をどうして止められなかったと、自分の娘の行動は棚に上げ、付いている使用人が罰を受けるのは高位貴族ならよくあることだ。
案の定、二人は苦悩の表情を見せるが軽く首を振り、しっかりと答える。
「私共のことまでご心配くださり、ありがとうございます。ですが、このような事態を起こしご迷惑をおかけして、知らぬふりをするわけにはまいりません。私共のことはお気になさらずに」
「よろしければ、このことは私達、使用人だけの秘密にいたしましょうか?」
「「え?」」
流石にこれだけの騒ぎを起こしては、他の使用人達にも内緒にはできない。
けれど、侍女をまとめる彼女と城を守る騎士が仲間に頼めば、このことはここだけの話しにできる。
幸いなことに第二王女は使用人達に嫌われているようだし、そんな王女の所為で自分達が王族側から罰を強いられるなど、納得できないだろう。
侍女頭は俯き、騎士はあからさまに視線を彷徨わせる。
「……ですが、レピュテイシャン殿下が……」
使用人同士で口裏を合わせるにしても、そちらの王族が陛下の耳に入れるだろうと言う騎士に、私はニッコリと微笑んで見せる。
「我が主は寛大なお方です。今もことを荒立てないように、私共に全てを任せてくださっています」
私がお願いすれば何もなかったことにしていただけますよ。と小声で囁くと、二人は期待のこもった瞳で見つめてくる。
「ですがそれには、一つだけ条件が……」
人差し指を立たせて口元に持っていくと、騎士はほんのり頬を染めて「条件?」とオウム返しでたずねてきた。
「実は先日も、本日と同じようなことが起きていたのですが……侍女頭さんは、よくご存知ですよね」
チラリと侍女頭に視線を送ると、彼女は見るからにビクッと体を震わせた。
第一王女の件だと、すぐに分かってもらえてよかった。




