第十九話「準備」
その日の夜。
学院から戻ったボミネイは、夕食を済ませると、ターニップに使用人たちを集めるよう伝えた。
しばらくして、食堂にセレラ、アーティチョーク、リーキ、サルシファイ、チコリ、コールラビが集まった。
「急に集まってもらってすまない。」
ボミネイはテーブルの上に書類を置いた。
「今日、学院祭の出店を頼まれた。」
ターニップが書類を広げ、使用人たちが目を通せるようにする。
「学院祭でございますか。」
サルシファイが書類へ目を落とした。
「……まだ決めていないが、前向きに考えたい。」
ボミネイが言うと、ターニップが続けた。
「出店は強制ではありません。正式なお返事をする前に、皆さんのご意見を伺いたいとのことです。」
「……何を出せるか、考えてくれ。」
ボミネイはそう告げ、椅子に腰を下ろした。
「そういうことでしたら、料理や菓子はいかがでしょう。」
最初に口を開いたのは、アーティチョークだった。
「多くの生徒や来客が集まるのであれば、持ち歩きやすいものがよいでしょう。焼き菓子なども向いていると思います。」
「私も賛成です。学院祭での食べ歩き、憧れます。」
チコリが頷いた。
「……そうだな。まずは調べてみるか。」
ボミネイの言葉に、アーティチョークが頷いた。
「それでしたら、リーキに王都の菓子店を調べさせましょう。」
「……ああ。頼む。」
アーティチョークはリーキへ視線を向けた。
「リーキ。まずは王都で評判の菓子店を調べてきてくれ。どんな商品があるのか、値段や大きさ、包装も含めて確認してくるんだ。」
「はい、アーティチョークさん。」
リーキはすぐに返事をした。
その様子を、チコリが羨ましそうにちらちらと見ていた。
王都で評判のお菓子店を巡れるうえに流行りのお菓子まで食べられる。
仕事とはいえ、少し楽しそうだと思ってしまう。
そんなチコリの視線に気づいたサルシファイが、穏やかに口を開いた。
「流行りのお菓子なら、若い女の子の意見も必要でしょう。」
さりげなく差し伸べられた助け舟に、チコリの顔がぱっと明るくなる。
「そうですよね。実際に買う人の目線も大切ですし。」
チコリは、ここぞとばかりに頷いた。
ボミネイは、チコリの分かりやすい様子に小さく息を吐いた。
「……チコリ、リーキと一緒に行ってこい。」
チコリは嬉しそうに頷いた。
やれやれといった様子でターニップもそのやりとりを見守っていた。
「領地の特産品も候補になるかと。」
ターニップが書類へ目を落としながら言った。
「ただ、領都から王都までは距離がありますので、運搬や保存について確認する必要があります。」
「装飾品や小物なども、よいのではないでしょうか。」
サルシファイが続けた。
「学院祭の記念になる品物であれば、興味を持つ方もいらっしゃるかと思います。」
それぞれの意見を聞きながら、ボミネイは黙って考えていた。
料理や菓子。
領地の特産品。
装飾品や小物。
どれも候補にはなるが、まだ一つに絞るには材料が足りない。
「……まずは調べよう。」
ボミネイが顔を上げた。
「料理と菓子はアーティチョークを中心に。リーキとチコリも手伝ってくれ。特産品と小物はターニップとサルシファイ、頼む。」
「承知いたしました。」
「セレラとコールラビも、何かあれば意見を聞かせてほしい。」
「はい。兄様。」
「かしこまりました。」
「明後日の夜、もう一度集まろう。それまでに各自、候補をまとめておいてくれ。」
セレラと使用人たちが返事をする。
学院祭まで、まだ多少の時間はある。
出店の準備には想像以上に多くの手間がかかりそうだった。
会議が終わりかけた頃、コールラビがボミネイに声をかけた。
「ボミネイ様。一つ、いいですか。」
「なんだ。コールラビ。」
「ションアベリーを売ればいいんじゃないですか。普段の食事にも使ってる。」
ぶっきらぼうな一言に、ターニップがはっと顔を上げた。
「確かに。身近すぎて見落としていましたが、ションア領の特産品といえばションアベリーですね。」
「あの有名なお酒だけじゃなく、ションアの人って、果実もいろんな食べ方するって聞きましたけど。」
コールラビが付け加える。
ボミネイは頷いた。
ボミネイも、ションア領の人々も、何かしらの形で子供の時からションアベリーを口にしている。
領地で暮らす者にとって、身近な果実だった。
「アーティチョークさん。たしか昨日のデザートにションアベリーを使ったものがありましたよね。」
セレラが何気なく会話に混ざる。
「ええ。いつもはジャムやパンケーキ用のソース、デザートにも使っています。ただ、学院祭で売るとなると、普段の食事とは勝手が違います。」
アーティチョークは腕を組んだ。
「持ち歩きやすく、時間が経ってもおいしく食べられるものがよいでしょう。味だけでなく、運びやすさや提供のしやすさも考えなければなりません。」
ターニップが頷き、リーキへ目を向けた。
「リーキ。あなたはションアベリー農家の子でしたよね。家庭では、ほかにどんな食べ方をしていましたか。」
「はい。生のまま、食べることもありましたし、乾燥させたものもよく食べていました。」
「家庭によって、ほかにもいろいろな食べ方がありそうですね。」
サルシファイも話に加わった。
「ションア出身の夫もよく食べておりました。ジャムにしたものをパンにつけたりしていましたね。」
サルシファイは考えるように視線を上げた。
「まだスコルツォネラが幼かった頃には、家族でションアベリー狩りに出かけて、その場で食べたこともありました。」
思い出が浮かんだのか、サルシファイは柔らかく微笑んだ。
「私もです。採れたての果実を、そのまま食べるのが好きでした。」
チコリも懐かしそうに頷いた。
ションア領で育った者たちにとって、ションアベリーは幼い頃から馴染みのある果実だった。
一方、アーティチョークはションア領の出身ではない。
王都の店でシェフを務めていた頃から、ションアベリーの酒は扱っていたが、生の果実や加工品を料理に使うようになったのは、別邸で働き始めてからだった。
「なるほど。実際に食べてきた者の話は参考になりますね。」
アーティチョークはリーキたちの話を聞き、少し考え込んだ。
「明日、ションアベリーの果実と加工品を追加で仕入れましょう。」
ボミネイとターニップが聞いていることを確かめるように告げてから、アーティチョークはリーキへ向き直った。
「リーキ。チコリさんとの調査が終わったら、こちらにも顔を出してくれ。学院祭向けに何ができるか、お前の意見も聞きたい。」
「はい、アーティチョークさん。」
リーキの返事には、先ほどよりも少し力がこもっていた。
キャラクターイメージ:AI生成画像を使用しています。
© 池田興継
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