「プレミアムタワー」Ⅱ
風が吹くたび、俺たちの髪や服がはためき、細かく巻き上がる埃が足元で舞った。夜の冷たい空気が肌に突き刺さるように感じられ、街灯の淡い光に照らされる自分たちの影が、地面に細長く伸びて揺れていた。眼前にそびえる建物の巨大さに比べれば、俺たちはまるで都市の片隅に落ちた小さな影のようで、存在感のなさを痛感せざるを得ない。
「高さ645メートルで百階建てで地下十階を合わせるとスカイツリーを越すというコンセプトで建設された『ヴィソコクラスナヤ・バシュニャ』……言うなればプレミアムタワーだ。」
サルタナは無表情で説明を続ける。その声は冷静で淡々としているが、含まれる意味の重さは半端ではない。わずかに聞こえる吐息や風に混ざった声ですら、威圧感の前ではかすんでしまうようだ。俺はサルタナの目線を追いながらも、タワーの頂上を見上げずにはいられなかった。遠くの夜空に溶けるようにそびえるその姿は、ただの建造物ではなく、都市全体を掌握している存在の象徴のように見える。
ノブ子から渡された小さなメモ用紙に視線を落とす。手のひらに収まるほどの紙に描かれた矢印や印は、入り組んだ迷路のようで、先に何が待ち受けているのか全く想像できなかった。紙の上で小さく折れた角や、走り書きされた文字のかすれ具合から、ノブ子がどれだけ慌てずに情報を整理してきたのかも伝わってくる。
「この全ての階をイーゴリは貸し切ってアジトとして使っている。」
サルタナの言葉に、俺は自然と眉をひそめる。信じられないという感覚が、無意識に顔に出たのだろう。夜風が冷たく顔をなぞり、背筋に軽い緊張を走らせる。
「けっ……金持ちめ。」
舌打ちが夜の静寂に小さく響く。風が運び、かすかに遠くのビルの灯りや車の音に溶けていった。金持ちの余裕、いや、権力の象徴が、眼前のタワーに凝縮されているように思えた。こんな建物を一個人が自由に使えるとは、常軌を逸しているとしか言いようがない。下層階の明かりがぼんやり漏れ、まるで呼吸するかのように壁面を淡く揺らす様子は、タワー自体が生き物のように感じられる。
「Господин……進道、どうするつもりだ?」
サルタナが横で問いかける。彼の声は冷静だが、わずかに好奇心が混じっていた。無表情のまま腕を組み、タワーを見上げる姿勢には、静かな緊張感と観察眼がにじむ。俺は一瞬、彼の視線に圧されるような感覚を覚えたが、すぐに自分の視線を前方に戻す。
目の前の正面入り口は、巨大な扉で閉ざされており、その重厚さは入口であることを忘れさせるほどだ。入り口の両脇に設置された監視カメラや小型のセンサーライトが、低く赤い光を放ち、周囲の暗闇の中で不気味に存在感を主張する。建物の外壁は夜空に溶け込むほど高く、ガラスの反射が絶えず光を乱反射させ、見る角度によって壁面の表情が微妙に変化する。風に揺れるネオンの光がガラスに映り込み、都市の光景を吸収しながらも、自ら輝きを放っているようだ。
俺は一歩下がって全体を見渡し、深呼吸をする。目の前の規模に圧倒されながらも、今ここで立ち止まるわけにはいかない。
俺の視線はタワーの正面入り口に固定されている。




