第12話「共同補給制度」
共同補給制度の通達を出したのは、第三倉庫の棚卸しから十日後だった。
各部隊が抱える余剰物資を中央倉庫に戻し、不足している部隊へ再配分する。人間の軍や商会なら当たり前に機能する仕組みだった。通達は魔王命令として出した。杖を持ち、玉座に座り、形式を整えた。
命令の翌日、各部隊から余剰物資が中央倉庫に届き始めた。槍、盾、干し肉、回復薬、矢束、魔獣の餌。台帳に記入しながら、搬入される物資を数えた。帳簿上の数字と、実際に届いた数が一致していく。
二日目の朝まで、すべてが予定通りだった。
*
異変の最初の兆候は、第五部隊からの抗議だった。
第五部隊は余剰の干し肉を三十束、中央倉庫に戻すよう指示されていた。部隊長が廊下で私を呼び止めた。角が太く、声も太かった。
「あの肉は、我々が秋の遠征で仕留めた獲物の保存分だ」
「余剰分よ。部隊の消費量に対して三ヶ月分の余裕がある。一ヶ月分を不足部隊に回す」
「仕留めたのは我々だ」
部隊長はそれだけ言って、背を向けた。私の説明は聞いていた。数字も理解していた。その上で、背を向けた。
同じ日の午後、第九部隊が回復薬の受け取りを拒否した。
第九部隊は前線近くに展開しており、回復薬の在庫が危険水域まで減っていた。中央倉庫から二十本を配分する手配をした。届けに行った補給係が、箱ごと突き返された。
「なぜ」
補給係は首を傾げた。
「弱い奴に配る施しはいらない、と」
回復薬が足りていないのは帳簿で明らかだった。このままでは前線で負傷者が出たとき対応できない。だが第九部隊は、足りないまま戦うことを選んだ。
*
三日目の朝、中央倉庫の扉が壊されていた。
蝶番が二つとも外れ、鉄の扉が廊下に倒れていた。倉庫の中は、前日に整理した配置が跡形もなかった。槍が床に散らばり、干し肉の束が踏み潰され、矢束の紐が解けて矢が壁際まで転がっていた。
第七部隊だった。部隊の半数が夜のうちに倉庫に入り、物資を持ち出していた。どの部隊からも切り離されて中央倉庫に積まれた物資は、彼らの目には守り手のいない山に見えたらしい。集めた経緯を問うと、部隊長代理は首を傾げた。
「倉庫に置いてあった。持っていかない理由がない」
魔王命令で集めた物資だと伝えた。部隊長代理は頷いた。
「命令で集めたのは分かっています。ただ、番をしている者がいなかった」
同じ時刻、武器庫では別の問題が起きていた。余剰の槍を戻された第二部隊と、その槍の配分を受けるはずだった第十一部隊が、槍を手にしたまま向き合っていた。第二部隊にとっては自分たちが手入れしてきた武器を取り上げられた形であり、第十一部隊にとっては他の部隊の残り物を押しつけられた形だった。武器庫の床に血が点々と落ちていた。
魔獣の餌も散乱していた。中央倉庫に集められた餌の袋が、襲撃のとき引き裂かれていた。ピピルカが袋を一つずつ拾い集めていた。中身が半分こぼれた袋を、両手で抱え直していた。
*
午後になって、報告はさらに悪くなった。
前線への定期補給が止まっていた。中央倉庫が襲撃されたことで、配分予定だった食料と回復薬が行方不明になっていた。前線に展開している第四小隊から伝令が届いた。食料の残りが二日分。回復薬はすでに尽きていた。
第三倉庫へ向かった。バルガなら予備在庫の状況を把握している。
第三倉庫の扉は開いていた。中に入ると、立て架けの槍が十二本に減っていた。木箱の上にバルガの布と油の小瓶が置いてあった。バルガはいなかった。
立て架けの横に、紙が一枚挟んであった。
「前線第四小隊へ。食料七日分、回復薬八本、矢束四。第三倉庫予備在庫より。——バルガ・ロジス」
日付は今朝だった。
*
バルガが戻ってきたのは夕方だった。靴の泥を落としながら、木箱に腰を下ろした。
「前線まで行ったの」
「食料が届いていないと聞いたので」
「命令は出していないはずよ」
「はい」
バルガは靴底の泥を手で払い、布を手に取った。
「独断です。ただ、あのまま二日待てば、第四小隊は食料が切れていました」
独断行動を咎めるべきだった。命令系統を通さない補給は、再建しようとしている制度そのものを壊す。だが、バルガが動かなければ、第四小隊は——
「共同補給制度の通達は」
「撤回する」
バルガは槍の穂先を布で拭いた。一拍の間があった。
「制度が間違っていたわけではないと思います」
「結果として倉庫が襲撃されて、前線への補給が止まった」
「ええ。ただ——」
バルガは穂先の歪みを確認するように、柄を回した。第三倉庫の棚卸しのときと同じ動作だった。
「帳簿と台帳は合っていたはずです。制度の仕組みも。合っていなかったのは、それ以外の何かです」
台帳を開いた。「共同補給制度」と書かれた表紙の下に、配分表、回収表、搬入記録が綴じてある。どの数字も正しかった。どの手順も合理的だった。人間の軍なら、これで足りた。
表紙の余白に、ペンの先を当てた。先が割れて太くなるいつものペンだった。
何も書けなかった。台帳を閉じた。表紙に、太いインクの点が一つだけ残った。




