7話 詩帆と甘いお菓子作り
夏休みに入り、三日目。
詩帆ちゃんからのお誘いを受け、私はいつか来た集合住宅の前にいた。
詩帆ちゃんと初めて身体を重ねてからすぐに期末試験期間に入ってしまって、それから話すタイミングがなかった。一度、たまたま玄関で顔を合わせた時にさっと避けられた気がしたから、もしかして嫌われたかなぁと思い私から連絡もしなかった。
だから夏休みに入って初日、『遊びに来ませんか?』というメッセージが来た時は、嫌われてなくてよかったとずいぶん安心した。
「い、いらっしゃいませ」
詩帆ちゃんは妙に気合の入った私服で迎えてくれた。詩帆ちゃんの私服は初めて見たけど、あんまり似合っていないというか……どことなくチグハグな雰囲気。なぜか軽く甘ロリ系をイメージさせるその服装は、まるで雑誌の中のコーデをそのまま買ったような?
「お招きありがとー! お話するのなんだか久しぶりだね、期末試験はどうだった?」
と聞くと詩帆ちゃんのテンションがあからさまに下がる。失敗した、詩帆ちゃん意外と成績良くないんだ……。
「奏さんは学年5位おめでとう」
「ありがとう、もうちょっといけた気もするけどね」
学校では上位50人まで職員室の横に順位が張り出される。私は上から5番目で、ちょっとケアレスミスが目立った感じ。別に一番にこだわっているわけじゃないけど少し悔しい。
「……次の中間テストの時は一緒に勉強する?」
「す、するっ!」
ふとそんなことを思いついて言うと、詩帆ちゃんは嬉しそうに頷いた。
詩帆ちゃんのお母さんは仕事に出ているみたいでいなかった。
誘ってくれたからには何かしたいことあるのかな? と思ったけど特に予定してなかったみたいで、私を部屋に招くといつも通り飲み物を準備して、詩帆ちゃんはベッドの上で本を開く。といっても本の向こうから時々視線が飛んでくるような気がするから、何かを期待しているような気がするけど……家来たばっかりだしまだ気付いていないふり。
私も詩帆ちゃんの本棚を眺めるけど、そのラインナップは一月程度じゃ変わらない。大体タイトルで内容の予想もついてしまって、あんまり興味がひかれる本はなかった。
ふと、本棚の隣にある机の上のカレンダーが目に入る。
「この丸なぁに?」
明日の日付に赤丸がしてあることが気になった。
「あ、明日、お母さんの誕生日」
「そうなんだ、プレゼントあげるの?」
「うん、靴下……」
すでにプレゼントは用意しているみたい。詩帆ちゃんのお母さんは公務員で、スーツで帰ってくるし無難な選択かな。
「あ、そうだ。それならケーキ作ろうよ」
ふと思いついたことを提案してみると、詩帆ちゃんは首を傾げた。
「今日?」
「うん、いつも通り本読むのもいいんだけど、せっかくなら違うこともしたいなって。一日早いけど私も詩帆ちゃんのお母さんに夜ご飯ご馳走してもらったりしてるし、お礼したいと思ってたんだ。確か詩帆ちゃんの家オーブンレンジだったよね?」
以前詩帆ちゃんのお母さんに、夜ご飯をご馳走になった時のことを思い出す。お礼にお皿洗いを買って出た時、脇には結構良いオーブンレンジがあったはず。
「そうだけど、私作ったことない」
「大丈夫大丈夫! 意外と簡単だから。必要なものはいくつかあるけど100均で揃うし、今から買いに行こ」
本を読むよりよっぽど楽しそうだし、と思ってそう言うと、詩帆ちゃんは少しの間考え込んで頷いた。
「じゃ、そうと決まれば出発ー!」
「あ、き、着替えないと」
「え、必要ある? それでいいでしょ」
ちょっと不釣り合いではあるけど、別におかしいってほどじゃない。
私がそう言うもなぜか制服を引っ張り出そうとするから、詩帆ちゃんの腕を握って抱き寄せる。
「ね、その服、もしかして私のために用意してくれたの?」
耳元でそう囁くと、さっと耳が赤くなった。
きっと私の事を考えて買ったんだろうな、と思うとその気持ちがたまらなく愛おしくなる。詩帆ちゃんは相変わらずの挙動不審っぷりを見せながら、最後には頷いてくれた。
「じゃあその恰好がいいな、私は可愛いと思うよ?」
「う……」
いつも通り固まってしまった詩帆ちゃんの手を引いて家から出る。
ケーキ作りは私も少し久しぶりだけど、楽しい一日になるような気がした。
作るのはシフォンケーキ。簡単だしデコレーションもしやすいから、誕生日にはぴったり。
先に必要なものを検索しておいて、生クリームに卵、チョコペンにケーキの型などを買っていく。詩帆ちゃんはずっと私に手を引かれながら付いてきて、その恰好もあってお人形と一緒に歩いているようだった。
必要なものをそろえて家に戻ると、早速ケーキ作り開始。
「奏さんはよく作るの?」
「んーと、中学生の時とかに一回作ったかな?、まぁ大丈夫でしょ」
スマホで調べれば大体のものは作れる。『シフォンケーキ レシピ』で検索したページを参考に、卵の白身と黄身を違うボウルに分けていく。
「詩帆ちゃんは料理とかする?」
「簡単なものだけ。夏休みの間は、お昼自分で作らないといけないから」
「今日のお昼は何食べたの?」
「……冷凍うどん」
私の家もお母さんは日中仕事だから同じようなものだった。私は料理も結構好きだから、ついでに夜ご飯の分も仕込んだりするけど……暇な時はお菓子作ってもいいな。
中学生の時はバレンタインデーに義理チョコをばらまいたりしてたし……そういえばこの世界のバレンタインってどうなってるんだろ? 女の子同士で交換の文化があればいいけど。
そんなことを思いながら卵黄を泡立て、砂糖に油、牛乳を加えていく。詩帆ちゃんにも卵白を泡立ててもらったけど、ホイッパーの動かし方がちょっとぎこちない。
「手はこうやって動かすと早いよ」
詩帆ちゃんの手に私の手を添えて動かす。わざと後ろから抱え込むようにしてみたら、詩帆ちゃんはまた固まってしまった。さすがに手を動かしてもらいたいから、ぺしぺしと叩くと壊れたロボットみたいに手だけが動いて、ギクシャクした動きが面白くて笑ってしまった。
小麦粉とベーキングパウダーを入れ、泡立てたメレンゲと混ぜ合わせる。ここはメレンゲがつぶれないよう混ぜすぎないのがポイント。100均で買った紙製のシフォン型に流し込んで、温めておいたオーブンに入れればあとは待つだけだ。
「思ったより簡単だった」
「でしょ? それにお家で作るシフォンケーキはお店と違っていくらでも生クリーム乗せられるからね! 詩帆ちゃんもたまに作ってみればいいよ」
そう勧めてみると、詩帆ちゃんは何やら考えているようだった。ボウルとか洗っておこうかな、と振り返った時。
「……作ったら奏さんは食べに来てくれる?」
背中から聞こえたのはそんな声。
「お母さんとかじゃなく、私に作ってくれるの?」
「た、食べてもらえるなら、奏さんが、いい」
「……そっか」
すすす、と詩帆ちゃんに近づく。
嬉しいこと言ってくれるじゃん、これはお礼をしないとね。
私との距離が近づくにつれ、上目遣いの詩帆ちゃんはなんだか待ちわびた表情をしていた。きっと私を家に招いた時から、初めてシたことを意識していたんだろう。
正面からぎゅっ、と抱きしめる。詩帆ちゃんは体温が高めなのかそうするととても温かい。遠慮がちに詩帆ちゃんの手が私の背中に回される。
「この間、嫌じゃなかった?」
「び、びっくりした。気づいたら奏さんもいなくて……正直あんまり覚えてない」
確かに私も飛ばしすぎたかなぁと少し反省。詩帆ちゃんが可愛いすぎたのが悪いんだけど。
「けど……嫌じゃなかった、と思う。奏さんが、私を可愛いって言ってくれたのが、嬉しかったから」
潤んだ瞳が、私を見上げる。詩帆ちゃんは私の腕の中にいて、それは自分が食べられるのを待っているかに思えた。
引き合うように唇を合わせる。少し触れるだけのキス。それだけで心の中はとっても甘くって、きっと詩帆ちゃんも同じ気持ちなような気がした。もう一つ、もう一つと中毒性のあるお菓子みたいに、キスした後にすぐにもう一度したくなる。
「あ、かなで、さん」
何度も何度もそうしているうちにとろとろになってしまった詩帆ちゃんは、もう足に力が入っていなかった。荒い呼吸を繰り返しペタンと座り込んでしまう。
「……ベッド、行く?」
「……うん」
詩帆ちゃんを立ち上がらせようとしたその時。
ぴー!
と大きな音に二人ともビクリと身体を跳ねらせる。
「そうだった、シフォンケーキ焼いてる途中だった」
あんまり焼きすぎるとしぼんじゃうから早く取り出さないと、と思ってキッチンに行こうとすると、そんな私の服を少しだけ詩帆ちゃんが引っ張った。
「……いかないで」
まるで世界で一人きりになったかのような、か弱い、小さな囁き。爆発してしまいそうな理性をなんとか保って、詩帆ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「いい子だから……先にベッド行っててね、いっぱい気持ちよくしてあげるから」
詩帆ちゃんはふらふらと立ち上がり、自分の部屋に向かう。危ない、今の詩帆ちゃんは本当に危なかった。
早く済まさないと、と手早くミトンを手にはめる。ささっとシフォンケーキを取り出して、待ちわびているだろう詩帆ちゃんの部屋へ急いだ。
★ ★ ★
エアコンが効いていたとはいえ夏にしてしまうと、汗でびしょびしょになってしまう。私達がそれぞれシャワーを済ませると、いつの間にか夕方になっていた。
詩帆ちゃんは少し気恥ずかしそうな空気を出していたけど、私は大変満足させてもらったから上機嫌でケーキを仕上げた。
すっかり冷めたシフォンケーキを型から外せば、シフォンケーキ自体は完成。後は生クリームを泡立てて、詩帆ちゃんにチョコペンで『Happy Birthday!』の文字を書いてもらえばお手軽バースデーケーキの完成!
「なんとか間に合ったね」
「……お母さん、喜んでくれるかな」
「大丈夫大丈夫、きっと喜んでくれるよ」
後ろから詩帆ちゃんを抱きしめると、ほのかにシャンプーの良い匂いがした。
「……なんか奏さん、良い匂いする」
すると詩帆ちゃんもそんなことを言って、私と同じことを思ったらしい。
「? でも詩帆ちゃんと同じシャンプーのはずだけど……匂いは慣れてるんじゃないの?」
「そうだけど、奏さんが使うとちょっと違う匂いする」
すんすん、と匂いを嗅いでくるのが少しくすぐったい。
詩帆ちゃんの髪もいつも綺麗だなーと思っていたけど、シャンプー、コンディショナー、ヘアミルクと凄い良いものを使っていることが分かって納得した。どれも結構お高いはずだけど、それは詩帆ちゃんのお母さんがそれだけ詩帆ちゃんに綺麗になってもらいたいということだと思う。
そう言っても詩帆ちゃんは首を傾げる。もう少し自分に自信持ってもいいのになと思うけど、今の柔順な詩帆ちゃんも可愛いから黙っておく。
「同じ匂いだって、詩帆ちゃんのお母さん気づくかな?」
そういうと詩帆ちゃんはちょっと不安になったようでまた考え込んでしまった。
夏だし『シャワー借りました!』で済むと思うけど、と真剣に考えこむ詩帆ちゃんの手に私の指を絡める。
びくりと跳ねるその反応を面白がりながら、私はきゅっとその手を握った。
このお話にはノクターンverがあります。
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