67話 奏とエマ_1
「うわ涼しー」
「本当だ」
菜月の言葉の通り、飛行機からスロープに出た瞬間涼しい風が肌を撫でた。
待ちに待った修学旅行当日、私達は北の大地、北海道に降り立った。
日程は三泊四日で、今日と明日は集団行動でいろいろなところをバスで回る。三日目は小樽で自由行動、四日目はほぼ移動だけで、15時頃には解散という日程。
「本州と比べると空気が違うね、こっちの方が乾燥してるっていうか」
「最近気温高すぎるから、外で部活しづらいんだよねー。こんなんなら北海道の方がいいな~」
「でも雪降るんでしょ? 寒すぎるのは嫌だよー」
飛行機で隣の席だった菜月とそんなことを話しながら、ベルトコンベアの前で自分のキャリーバッグが出てくるのを待つ。
「この後はバスでよーてーざん? だっけ?」
「羊蹄山ね、そのあとニセコでラフティング」
「ラフティング楽しみ! びしゃびしゃに濡れたりするかなぁ!?」
「なんで濡れるのに嬉しそうなの……?」
私にとっては初めての北海道で、前の世界でも北海道には来たことなかったから期待が膨らむ。
前の世界と比べてちょっと変わったところとかあるのかな、と思って修学旅行の行く先々を調べたりもしたけれど、そんなに変わりはなさそうだった。私が見つけたところでは、前の世界で度々聞いた、クラーク博士の『Boys be ambitious』のBoysがGirlsになっていて、銅像も女性になってはいたけど、世界や歴史に大きな差がないのはなんだか不思議なところ。
「バス、あっちだよぉ」
先にバッグを回収していたエマがそう呼んでくれる。
「エマ、ありがと。詩帆ちゃんと莉々ちゃんは?」
「二人とも先にバスに乗ってるよぉ」
「じゃ、私達も行きますか」
がらがらとキャリーバックをひいていく。そんな私の横にエマが並んだ。
「奏も楽しみ?」
「そりゃあね! エマもでしょ?」
「もちろん! 私はご飯が一番楽しみかなぁ」
「北海道美味しそうなもの多いもんね……詩帆ちゃんとか本当に小豆買うのかな……」
「どうだろうねぇ?」
こてんと首を傾げるエマの距離は、いつもより少しだけ近いような気がした。キャリーバック引いてるしそのせいかもしれないけど、時々肩が触れている。いつもこんなに近かったっけ? と思いながら、私はバスに乗り込んだ。
★ ★ ★
「あー、美味しかった!」
「莉々ちゃん凄い食べてたねぇ……」
「ま、周りの人も驚いてたよね」
羊蹄山近くでちょっとしたピクニックをして、ニセコで急流のラフティングをした後、一日目は早めにホテルに到着した。
夜ご飯はホテル内のビュッフェ。お寿司も天ぷらもあるし、海鮮丼を自分で作れるのは流石北海道! って感じで私もお腹いっぱい。
浴衣だと締め付けがあんまりないから、なんだかいつもより食べられる気がしちゃうんだよね……。
ところで私が浴衣だってことは、もちろん詩帆ちゃんも莉々ちゃんも浴衣っていうこと。
莉々ちゃんは大きめサイズの浴衣で、背の高さと控えめな胸で浴衣が良く似合っている。詩帆ちゃんもいつもと違って髪をアップにしていて可愛い。
当たり前だけどすれ違う人だってみんな浴衣を着ていて、前の世界と違って男子がいないせいか、胸元を緩くしている人も結構いる。なんならあからさまに下着をつけていない人もいて、私にとってはとても眼福。
「あ、三人ともいたぁ」
「早くお風呂行こうよ!」
少し先に席を立った菜月とエマが売店にいた。
もちろん二人とも浴衣で、特にエマは胸の部分が凄い主張していて目立っている。菜月と並ぶとその差がすごい。
なんで浴衣ってこんなにえっちで可愛く見えるんだろ……いつでも浴衣来てほしい……。
そんなことを思いながら一度全員で自分たちの部屋に戻ると、私達がご飯に行っている合間にお布団が敷かれていた。部屋は5人一部屋で、布団を敷いてしまうと歩くスペースもそんなにない。まぁあとはお風呂入って寝るだけだから、特に問題はないんだけど。
お風呂用品を手持ちのバッグにまとめていると、詩帆ちゃんがおずおずと私に近づいてきた。
「か、奏さん。私、部屋のお風呂使おうかなって思ってて……」
「そう? 一人で大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ごめんね?」
「謝ることないよ、他の人と入るの苦手な人だっているだろうし」
部屋にも小さいけどシャワーと湯舟が付いているから、詩帆ちゃんはそれで済ますみたい。
もしかしてまだ体型気にしてるのかな? 一緒に入れないのはちょっと残念。
詩帆ちゃんに部屋の鍵を預けて、私達は4人で温泉へ向かう。
余談だけど、このホテルには『男湯』というものがない。男性が泊まろうとすると貸し切り風呂しか選択肢がなくって、よっぽど高級なところじゃないと男性用の大浴場がそもそも存在しない。
この世界ってやっぱり女の子の方が暮らしやすいよなーとか思いながら、温泉の脱衣所に入ると、そこは女の子の園だった。
百合ヶ原高校の修学旅行はちょっと変わっていて、クラスという区切りがない。だからいつもはあんまり関わりのない他のクラスの子も沢山いて、そんな女の子達が普通に半裸だったり、タオル一枚だったりする。
……うん、大変よろしい。っていっても、私達もその一員ではあるんだけど。
「浴衣って脱ぎやすくていいなー」
帯を引っ張って、はらりとスポーティーな下着姿になった菜月がそんなことを言っている。私はあんまり見すぎないようにしつつも、同じように帯を解いた。
「確かに楽だよね、やっぱりリラックスするためかな?」
「平安時代に浴帷子っていうのがあって、それが由来らしいよぉ」
「へぇそんな前からあるんだ、エマ物知り!」
「おっ風呂! おっ風呂! ねぇねぇ! 露天風呂って大きいんでしょ? 泳げるかなぁ?」
「他の人の迷惑になるから泳ぐのはダメだよ」
4人もいれば普通に話しているだけで騒がしくなる。だけどそれがすごく楽しい。
菜月と莉々ちゃんのフットサルコンビはパッパッと浴衣を脱ぎ捨てて、タオルを片手に身体を隠すことなくお風呂へ走っていった。残されてしまった私とエマは、ゆっくり準備をする。
「ちゃんとした温泉って久しぶりかもぉ」
「そうなんだ、私も……」
久しぶり、と言おうとしてゴールデンウィークに白ちゃんと入ったのを思い出す。でもあの時は結局大浴場には行かなかったんだっけ。
「奏は最近行った?」
「いや、私も大きいのは久しぶりかな。学校の周りって銭湯くらいしかないもんね」
「ああいうのも私は好きだよぉ。中学生の時に3人で行ったことあったよね」
「あったあった。菜月が言い出したんだっけ」
そんなことを話しながら準備を終え大浴場の扉を開けると、温泉特有の匂いがした。広い内湯の壁に、入っている人達の声が反響している。
「とりあえず先に身体洗わなきゃね」
ちょうど二つ椅子が空いていたから、エマと並んで座る。菜月たちも露天風呂に突撃したわけじゃなく、少し離れた場所でちゃんと身体を洗っていた。
お気に入りのシャンプーで髪を洗って、流した後トリートメントを馴染ませる。その間にボディソープをよく泡立てた。
「う~ん……」
ふと横でなんだか悩ましい声が聞こえたかと思うと、横に座るエマが自分の胸をぽよぽよ持ち上げていた。
えぇ……なにしてんの? 視線そっちに動かしづらいんだけど。
「ど、どうしたの? エマ」
「ちょっと大きすぎるなーって」
「えっと、幸太郎君はない方が好みなの?」
「あんまり気にしてないように見えるけど……どうだろ? 年上が好きそうな感じはしたかな?」
「そうなんだ」
なにを聞けばいいか分からなくなって、どうでもいい情報を仕入れてしまった。温泉から出るころには忘れてると思う。
「やっぱり奏くらいがちょうどいいよねぇ。奏は腰が細いから大きく見えるけど」
「自分じゃこれでも結構邪魔だなって思ってるんだけどね……」
二年生になるまでは成長していた気がするけど、前に下着を買い直してからはあんまりきつくなった感覚はない。買い替えもあんまりするとすぐにお金なくなっちゃうから、これで止まってほしいと切実に思う。
「もうちょっと背があれば、私もバランスよく見えたんだけどなぁ」
「エマはもう幸太郎君一筋なんでしょ? それなら幸太郎君の好みに合わせるのがいいんじゃない?」
「そうなんだけどねぇ、幸太郎君あんまり自分の好みとか言わないから」
「男の人にとっては案外どうでもいいのかな」
そもそもこの世界の平均容姿レベル高すぎるし、とは口に出さないまま、泡を身体に滑らせていく。強く擦ってしまうとすぐに赤くなっちゃうから、気を付けながら洗っていると、エマがこちらを見ている気がした。
「エマ、どうかした?」
「……奏は、幸太郎君にもう興味ないの?」
エマが身体を洗いながら、ふとそんなことを聞いてきた。
「えーっと……」
……やば、なんて答えればいいんだっけ。
何人かの女の子には、男の子に興味ないことをカミングアウトしている。だけど菜月とエマにはなにも言ってないはずだし、二人には前の私……男の子が好きだった時の私の記憶があるから、今でもそんなイメージがあるはず。
本当は素直に言っちゃいたいんだけど、そうすると菜月とエマの中にある『男の子が好き』な私のイメージと、今の私が乖離しすぎてしまうような気がした。
私は違う世界から来ていて、もともとこの世界の奏とは性格も性癖も違う。正直別人だと思っているから、そのことに気づかれて菜月とエマに『あなたは誰?』と言われるのがなにより怖かった。
シャワーでトリートメントを洗い流しながら、エマになんて答えるかを考える。
とりあえずまだ男の子に興味あるってことにしておけばいいのかな。でもそうしたら幸太郎君じゃない他の人がいるって意味になりそうだけど……今はそれくらいしかないか。エマに嘘つくのは、気が引けるけど。
その場しのぎではあるけどそう決めて、その後の話になってもいいように脳内で架空の男の子を作り出す……だけどその姿はなぜだか柚ちゃんになった。うん、柚ちゃんでもいっか、男の子より男の子っぽいし。
何を話すのか一度シミュレーションをしてから、よし、と少しの緊張と一緒に、シャワーを止めた。
「エマ、あのね……」
「奏、二人とも先に行っちゃったから、私も露天の方に行ってるねぇ」
「あ、うん。私もすぐ行く……」
と思ったら、エマはすでに身体を洗い終わって立ち上がっていた。
私の答えを聞く間もなく、先に露天風呂の方向へ歩いて行く。
あれ、これ答えなくてもいい感じのやつだった? そんな本気の質問じゃなかったのかな……。
少しもやもやした気持ちを抱えながら、私もみんなが待つ露天風呂へと急いだ。




