100話 そしてまた明日を待つ
「奏ー、明日の準備できてるのー?」
「お母さんそれ今日の朝も言ってたよ」
「え、嘘」
春休み最終日、つまり明日から私も三年生。
晩御飯も食べて、ドラマを見ながらお風呂後のストレッチしていると、お母さんが台所から戻ってきた。
「あー、このドラマ不評よねぇ。男の子の顔は良いけど」
顔良いかなぁ? と思いながらも聞き流す。このドラマに出ている男の子はこの世界基準だと上の下くらいの顔だけど、前の世界だと普通にクラスにいたような子だった。
この世界のドラマは男性俳優が出ているかそうでないかで視聴率が全然違う。予算の都合で男性が出ないドラマももちろんあるんだけど、内容が良くても男性が出ているドラマに必ず視聴率で負けてしまうという悲しい現実がある。
とはいえ、男性俳優が出ていてもその演技力はたかが知れてる。こういうテレビに出る男の子はあくまでお飾りで、結局脚本でカバーする必要がある。その積み重ねがあるおかげか、この世界のドラマは大抵面白い。今見ているドラマもストーリーが好きで見始めて、私は男性俳優無視で見ている。というか作ってる側も男性は見た目だけなのが分かっていて、露出している時間は長いけどセリフは少なめになっている。
お母さんが言っている不評というのは、なんとこれでも男性俳優の露出時間が少ないからだ。
インターネットを見ていると、世の中の女性はとにかく男の子だけを見たいらしい。以前男性が焚火をじっと見つめる配信を1時間したところ、それでも十分視聴率が高く、本当にこの世界って男の子なら誰でもいいのか? って感じだった。(ちなみにその番組は男の子が1時間焚火を見つめる、ということが性格上苦痛だったみたいで、1回限りの放送になった)
「この女優さん綺麗って話題だけど、奏の方が可愛くない?」
「……親の欲目」
「自分の子供は可愛いと思うでしょー?」
そんなことを言いながら、お母さんは温めた豆乳をテーブルの上に置いてくれる。お母さんも自分のマグカップを傾けていた。
「ありがとー」
「はぁ~、それにしても子供の成長は早いわ。もう三年生とか……」
「それは私も思ってるよ、この二年あっという間だった」
「奏も結構大人っぽくなったしね」
「そう?」
と言われるも、自分じゃピンとこない。
背は少ししか伸びてないし、胸も一年生の時は少し成長したけど、二年になってからはそんなに変わっていない。昔から肌のケアはしっかりしているし、運動もストレッチも毎日欠かさずしているから、むしろ変わっていないんじゃない? と思ってしまう。
「なんか毎日鏡で見てるけど分かんないな……」
「お母さんから見ると全然違うものよー。きっといい種だったのねぇ」
そのセリフにストレッチする手が止まる。
「そういえばお母さんって種買ったの?」
「え? うーん……こう言っちゃなんだけど、お金を出して買ってはないのよ。普通に政府から配布されるやつ。お母さんは若いうちに妊娠しておきたかったから、私が若ければ少しくらい種が古くても上書き出来るかなって」
その考え方は凄い前向きのように思えた。自分に自信あるの、なんかカッコいい。
「まぁ実際産んでみないと分からないし、高い種買ってもせいぜい妊娠確率が上がるくらいだとお母さんは思うな。だって半分は自分の遺伝子なんだし、それなら若いうちの方がいいでしょ」
「男の子の方が良かったとか思わなかった?」
「男の子授かるなんて奇跡みたいなものよ。男の子だったらそれはそれで嬉しいけど……まぁ奏を妊娠したときだって、同じくらい嬉しかったのをよく覚えているわ。奏は昔から頭良かったしね、自慢の娘よ、ほんと」
「……ありがと」
そんな話に少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら、ふと私の遺伝子情報ってどうなっているんだろうと思う。
私は私のお父さんを知っているし、子供の時は割とお父さん似とも言われた。私がこの世界に移動してきた時、身体そのものが入れ替わっているのか、意識だけ入れ替わっているのか、それは流石に分からないけど……。
もし身体ごと入れ替わっているとしたら、私の遺伝子の半分はこの世界のものではない可能性だってあって……それってこの世界に影響しないのかな? 詳しい血液検査とかしてみたら……。
そこまで想像して、やっぱりこんなこと考えるの不毛かも、と思い直す。どうせその種の出どころだって、この世界じゃ調べられないし。
私がいた元の世界では、お父さんはちゃんといる。ほとんど出張で家にはいなかったけど、記念日には必ずプレゼントをくれたし、テレビ電話だってしていた。その記憶は自分の中にしっかりと残っているし、その思い出があるだけで十分。
お父さん、元気してるかなー。私はこっちの世界で元気にやってるよーと、届くはずのない言葉を心の中で投げかけた。
『明日からまた学校かー、最近昼まで寝てたから起きれるか心配ー』
「それならモニコでもする?」
『私、なっちゃん家迎えに行こうか?』
「……一応メッセージだけ入れてくれると助かるかも」
寝る前に菜月から通話のお誘いがあった。それはエマとも繋がっているグループ通話で、菜月もエマも寝る準備は出来ているっぽい。
私もパジャマのままベッドの上に寝転がって、その二人の声を聞いていた。
「そういえばクラス選択権って今年もあるんだっけ?」
『いやー、さすがにないでしょ。もう幸太郎君だって来ないって話だし』
『三年生になって使う人、あんまりみたことないなぁ』
去年と同じようにクラス替えはないから、明日学校へ行っても同じメンバーなはず。
成績優秀者が使えるクラス選択権もちゃんとあるけれど、あの制度は気になる男の子がいるから使う制度で、実質一年生から二年生に上がる時にしか使われなかった。
『今から移動しても三年生ってほとんど就職の準備と受験対策じゃん? わざわざ周りの環境変える必要ないよね』
「それもそうか」
去年みたいに可愛い子がいきなり入ってくるとかのイベントはなしか、と思っていると、電話の向こうで菜月が『っていうかさー』と少し不満げな声を上げる。
『私達まだ聞いてないんだけどー』
『そうだよねぇ』
「ん? なにを?」
『なにを? じゃなくてさ、進路の話だよ、進路の! 奏は卒業後どうすんの? 就職するの? それとも進学? もしかしてどっかの枠入りとか?』
『私となっちゃんは決まってるから、奏の進路ずっと気にしてたんだよぉ』
「あー……」
そういえば菜月には私の性癖開示してないからまだ言わなかったんだっけ。
別に大した進路でもないからここで言っちゃってもいいけど……菜月は絶対に質問攻めしてきそうだし、電話で言うより直接言った方が良さそうな気がする。
「ごめん、もう少し待ってもらっていい? 三年生始まったらすぐ三者面談あるでしょ? そこで先生と相談してからにしたいの」
『あー、そんなのあったね。確かに先生の意見も大事か』
『奏ならなんでもやれそうな気もするけどねぇ』
『うんうん、なんか自慢できる感じのやつになってほしいよね! 一年生の時隣のクラスにいた柚ほどじゃないけどさぁ』
「えー嫌だよ、私はあんまり注目されなくてもいいな」
自分が目立つのはもう十分自覚しているけれど、この世界で目立ったって男の子が寄ってくるか女の子に疎まれるだけ。
それくらいなら大人しくしておいて、陰で女の子と仲良くしているほうがよっぽど有意義。
『その見た目なのに勿体ないなー、たぶん本気出せば世界取れるよ?』
「世界取ってもその世界が自由に使えないんじゃ意味なくない?」
『……あれ? 取れるのは否定しないの?』
もちろん冗談だけど。
そんなどうでもいい話をしているうちに、エマが小さく欠伸をする音が聞こえた。時計を見るとまぁまぁいい時間。
「明日もあるしそろそろ寝よっか。菜月も早く寝ないと本当に起きれなくなっちゃうよ」
『確かにー、奏メッセだけお願いね』
『やっぱり迎えに行こうか?』
『いや、大丈夫。明日の私を信じるわ、じゃあおやすみー』
あんまり信頼できそうにないセリフと最後に、菜月の通話は切れた。
『大丈夫って言ってたけど……一応なっちゃんの家寄ろうかな?』
「その方が良さそうだね」
エマと最後にそんな会話で笑いあって、その通話も切れる。
スマホを充電器に繋いで、電気を消してベッドへと寝転がる。
高校最後の一年、やるべきことはたくさんある。
菜月のこと、白ちゃんのこと、将来のこと、一年後には違う道に進むかもしれない友達。
そのどれにも、一年後にはきっと決着がついているはずで。
みんな笑ってその日を迎えることが出来ればいいなと思いながら、私は目を瞑った。
祝100話~(投稿数的には103話)
2年生編はこれで終了です。お読みいただいた方はありがとうございました。
明日登場人物紹介を投稿して、3年生編まではしばらくお休みになります。
11月中には再開できればいいなーっていう感じなので、再開をお待ちください。
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