第三十七話 襲撃④
オーガが拠点に入ってすぐの頃までさかのぼる。
「ちょっと! ちーさんってば、城戸っちみたいに二体とか三体まとめて相手出来ないの!? 拠点に入ってったってば!!」
突破されたバリケードの近くで、宇佐美が盾を構えている男の後ろで叫んでいた。宇佐美のほかにも数人の仲間が控えているが、拠点に入ったオーガを気にしている様子はあるものの、誰も手が離せない。
「うるせえ! 分かってんだよ! 俺のスキルはそういう風に出来てねえ事ぐらい知ってるだろ!」
ちーさんと呼ばれた男は、両手に盾を持ってオーガの拳を上手くいなして防いでいた。数体から囲まれているのに、上手い事盾を使って攻撃を防いでいる姿は、宇佐美の言う『三体まとめて』、相手をしているのだが、彼女は不満そうだ。
「もっとバーンって出来ないの!? ――っ、後ろ!!」
「分かってんだ! ってば! 流れたぞ!」
「まっかせて!」
背後から迫るオーガの拳を盾で防ぐべく、盾を持つ男は素早くバックステップを踏んで移動する。その動きは、盾の重さを感じさせないほど身軽だった。
そして、はじき返すのではなく、盾の角度を変えて拳をいなした。拳はまるで水切りする石のように滑り、空を舞う。
攻撃を受け流されたオーガは、バランスを崩してたたらを踏んだ。そこを宇佐美たちが、隙を逃さずに次々と攻撃を仕掛けて致命傷を負わせる。
力尽きるまでオーガは暴れ続けるが、しばらくして力尽きた。
これが、宇佐美たちの戦い方だった。ただし弱点もあった。
前からの攻撃と右からの攻撃を同時に受け流す。
「三体目!!!!」
「俺が行く!」
時間差なら防ぐことが出来るが、同時的に多方面からの攻撃は最大で二つしか防ぐことが出来なかった。もともとはこういう乱戦を得意とするチームでは無い。まず二体までしか相手にしない。
三体目の攻撃が来たことを宇佐美が叫ぶと、控えていた盾を持った男が飛び出した。二枚の盾を構える『ちーさん』の持つ盾と比べて、飛び出した男の盾は小さかった。
「ぐっはぁぁ!」
防ぐというよりも弾き飛ばされて、男は砕かれた盾と共に地面を数回転がった。
「無事か!?」
「っ痛……、俺はなんとか無事だが、盾がとうとう逝った! いい加減やべえぞ!」
オーガの攻撃を受けて、痺れて感覚が無い腕をさすりながら男が叫んだ。この男の盾は数回オーガの攻撃を防いだ後に、役目を終えたのだった。
探索者たちが息を荒げる中、数秒間だけ戦場に沈黙が訪れる。
「ガアアアアア」
「次が来るぞ!!」
張り詰めた静寂を破る叫びとともに、戦いが再開された。
「ぐっ……。やべえやべえやべえ! 盾がやべえ!」
盾で防いでいた『ちーさん』が悲鳴に近しい声を上げた。オーガの拳が盾ごと押し潰すように叩きつけられ、右手に持っていた盾が砕ける。
かろうじて直撃は免れたが、盾が一つになったせいで防御姿勢は崩れ始めた。
そして横合いから別のオーガが飛び込んできた時だった。
風が駆け抜けると、盾を殴っていたオーガがバランスを崩してその場に倒れた。
「大丈夫ですか」
聞き覚えのない声がすぐ後ろで聞こえた『ちーさん』は、目の前のオーガの足と腕を飛ばしたのがこの男だと察した。だが、振り返るより先に絶叫と言える声が響くことになった。
「えええぇぇぇ!! なんでこんな場所にいるの!? ってか急に何!?」
大声を上げたせいで、囲んでいたオーガが宇佐美をめがけて突っ込んでくる。だがこの場には浅見がいる。オーガは突っ込んできたとたん、モノを言わぬ身体になった。ごろごろと四肢や頭が辺りに転がり、血煙が舞い上がった。
宇佐美の仲間たちは、次々と倒れる巨体に思わず動きを止めてしまう。
「今、なにしたの……」
「すみません。後で説明しますので、今は先を急ぎます」
「ちょっと、まっ――、いないし……」
宇佐美のチームを取り囲んでいたオーガは全て地に伏していた。
「今の知り合いか?」
「うん。あさみん」
宇佐美が人におかしなニックネームを付けることを知っている千原は、そこには触れずに、静かになったあたりを見回した。
「やべえな。この辺りの全部片付けて行きやがった」
まさに死屍累々。
そして、宇佐美たちの視線の先でも、オーガが急にバタバタと倒れていた。
オーガの群れの中に単騎で切り込んだ日下部は肩で息をしていた。もはやどれだけ刀を振るったか分からない。倒したオーガの死体に動きを邪魔されないように移動を繰り返しているのも余計に体力を消費する。これだけ戦いが続けば流石に限界が見えてきていた。
「……っは、はあ……、さすがに、そろそろ――」
すぐ脇からオーガの拳が迫るが、日下部はわずかに反応が遅れた。身体がついてこない。やむを得ず受け流そうと身構えた時だった。
「ドラァ!!」
豪快な声とともに鈍い衝撃音が響き、オーガは数メートル先まで吹き飛んだ。
城戸の腕は血管が浮かび上がり、力がみなぎっていた。しかし、所々から流血しているし、鼻血の後もある。少しはダメージを受けている様子だ。
「限界か? さすがの日下部でもこの数はキツいか」
さほど息も乱れていない城戸に、日下部は心底うんざりした顔で睨んだ。彼女のこめかみからは汗が流れ、短めに整えられている髪は汗で張り付き乱れている。それでも意地で刀を構え直した。
「……はあ……、はあ……。また服、破いてるし……。体力お化けは、元気が有り余ってそうで羨ましい限りです」
日下部は、皮肉たっぷりに言ったが、城戸はまるで気にも留めない。
「見ろよ。おかわりが来てねえって事は、これで終わりだ。もうひと踏ん張りだぞ」
「だと良いですけどね」
いつの間にかこちらへと向かってくるオーガの姿が途切れていた。
そういって二人は背中合わせで構えた。
オーガの咆哮が響き渡る。
「気合いれろ! 気合!」
「はいはい……、潰れたら助けてくださいよ」
日下部の自嘲気味な声に、城戸は笑いながらオーガへと突撃していく。拳一つでオーガを捻じ伏せ、頭蓋を砕いた。その城戸を狙うオーガを日下部が攻撃していくのだが、やはり精彩を欠いている。
体力の限界は、気力と気合ではどうしようもなかった。日下部が持つモンスター素材で作られた赤い刀身の刀は、通常の刀より軽くできているはずなのに、ずしりとした重みを感じている。
日下部が視線を動かして、なんとか次の手を考える。そして視界の端でそれが映った。周りに誰の姿もないのに、オーガがバタバタと倒れていく姿と舞う砂埃に血煙。
「あー、――やっぱり来てくれますよね……」
そして突風と共にオーガが次々と倒れていく。倒れた息のあるオーガに日下部が刀を突き刺してとどめを刺した。
日下部の目の前に表れた、浅見の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「大丈夫ですか!?」
浅見の声がいつもより少し大きいのは二人の心配をしていたからだった。
周囲に動くオーガの姿は無い。各々が武器をしまい城戸が振り返った。
「こっちは問題ない。……それと、悪かったな」
十中八九、あの変異種が絡んでくると予想し、打算もあって浅見を連れてきていた。城戸の中では、もしそうなったとき、他の職員や企業探索者を逃がして、人目が無くなったところで浅見にスキルを使わせる算段だった。それが見事に外れた形となってしまう。
こうも通常種のオーガが襲撃してくるとは想像していなかった。
目論見が外れ、大勢の前でスキルを使わせた事を城戸は素直に謝罪したが、浅見はそこまで気にしていないようすだ。
「皆さんの様子を見ていたら、これが普通じゃないって分かりましたし、こればかりは仕方ないですよ。自分だけ知らんぷりして、もしもの事があったら悔やみきれませんから」
浅見の言葉を聞いて、打算にまみれていた城戸は顎をさすりながらそっぽを向いた。
日下部も日頃の凛とした佇まいはなりを潜めていた。膝が少し折れ、上半身もやや前かがみだ。
「過去一で疲れました……。お風呂に浸かって、さっさと布団に入りたい……」
だが残念なことに当初の目的を果たしていない。
「とりあえず休んでから、死体処理と伊藤の捜索だな……」
「えっ!? まだ続けるんですか!?」
休息を挟んでから捜索を続けると言った城戸に浅見が驚きの声を上げた。戦闘に参加していたものは、軒並み満身創痍と言える状態だ。続けると言った城戸が鬼に見えたのかもしれない。
「これだけオーガが減ったとなれば、捜索も楽にできるだろう。撤退したとして、次に来た時に同じことが起きないとも限らないからな。もし、これが奴の仕業だとしたら、手勢が減った今こそ捜索をしておきたい」
十階層にオーガがどれだけ生息しているか分からないが、この地獄絵図を見れば、この階層のオーガは絶滅したと言われても不思議ではなかった。
精魂尽き果てているがその足取りは不思議と軽い探索者たち。仲間たちの安否を確認しながら拠点内へと戻ろうとした時だった。
数多くいた探索者の一人が気が付いた。
「――おい、ちょっとアレ見てくれ」
遠くに歩いている五つの人影。すぐさまスキルを持つ者が目を凝らして確認する。
「……なんだ? 探索者っぽい恰好はしてるけど、様子が変だな。オーガにやられたか? ちょっと城戸さんに言ってくるわ」
「了解ー。先に戻ってるぞー」
ゆっくりと休めるのはもう少し先になりそうだった。
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