21. 最後の審判 (前)
その後、学園の警備がやって来てドロシーを捕獲するとそのまま王宮の医務室に収容された。
なぜ医務室なのかと言えば通報された時に『チェルシー・ポッドホットが舞踏室で倒れている』とあったからだ。
チェルシーと聞き駆けつけた王妃はピンクの髪を見て激怒。すぐさまポッドホット夫妻が呼び出され、ことと次第を報告させた。
なんのことかわからない前伯爵と違い、前伯爵夫人はチェルシーをひそかに見つけていたが王家に挨拶させるにはあまりにもマナーが拙くて一旦学園に預けたのだと言い続けた。
子息子女は学園に上がる前に一通りのマナーを学び、王家もその辺りを理解してデビュタントでの挨拶を受けている。なので余程のことがない限り無礼だと叱責することはない。
しかもチェルシーは留年していても半年は学園に通っている。そしてすでに十六歳の準成人になり学園を卒業する今年には正式に大人の仲間入りをする。
そのため前伯爵夫人の言葉は娘に対して厳し過ぎるものに聞こえたし、すでに身に付いていて当然のマナーを親が教えず学園に押し付けてるようにも聞こえ心証を悪くした。
一貫して娘を心配する母を演じていた前伯爵夫人だったが、カツラを脱いだドロシーと対面させると手の平を返し『チェルシーはどこ?!チェルシーをどこに隠したの?!』とドロシーに詰め寄った。
その態度にドロシーはショックを受け、そして激怒した。
チェルシーが帰って来たのをこの目で見たのだと訴える前伯爵夫人と、前伯爵夫人に言われてチェルシーの格好をして学園に行っていたというドロシーの意見で二人は真っ向から争った。
「返して!わたくしの可愛い娘を返して!」
「ばっかじゃないの?!チェルシーを可愛いだなんてこれっぽっちも思ってないくせに!
親不孝者のチェルシーが帰ってこないからアタシにチェルシーになれって言ったのはあんたじゃない!
それなのになんで従ったアタシが怒られて叩かれなきゃならないのよ!ふざけんな!!」
初めて聞くドロシーの罵声に前伯爵も前伯爵夫人も驚いた。
彼らにとってドロシーはチェルシーと違い自分達の理想通りに動く無知なお人形だった。
もちろん姪として可愛がってもきたがチェルシーのように歯向かわない、いつまでも手のかかる可愛い子供だった。
ドロシーも自分達を慕っているのだと信じて疑わなかった前伯爵夫人は可愛い顔を歪め、憎しみを込めた目でこっちを睨んでいるドロシーに硬直した。
反抗する生意気なドロシーを現実だと認めたくない前伯爵夫人は逃げるように顔を背けた。
ああ、チェルシーと同じだわ!と内心嘆くがチェルシーは反論しても汚い言葉は使っていない。夫人の妄想である。
ドロシーの汚い言葉遣いでカチンときた前伯爵はチェルシーに怒鳴るように叱りつけた。だがドロシーは負けじと悲鳴のような大きな声で言い返す。
「うっせーハゲ!アタシを叱る前に子供に暴力を振るう自分を直せバカ!!」
邸から学園に逃れ、王宮の医務室へ連れていかれた短い間にドロシーは手がつけられないほど凶暴化していた。
それもある意味仕方のないことではあった。
チェルシーがシャノワイルにエスコートされ去って行くのを見ながら、ドロシーは初めてチェルシーに負けたのだと思い知らされた。
そしてチェルシーに見捨てられたのだと理解してしまった。
そのせいでしばらくは茫然自失だったが次第に沸々と怒りがわいてくる。
ドロシーは義父母に利用され一番の味方を失った。チェルシーだけではなくボイルや他に仲が良かった令息達にももう守ってもらえない。
そこにはドロシー自身の行動も含まれるが、義母がチェルシーになれと言わなければここまで悲惨なことにはならなかったと考えていた。
もう誰も守ってくれない。義父母も味方ではない。
ならばどうするか。自分で自分を守るしかない。
チェルシーには血の繋がりと逆らってはいけないという呪縛がかかっていたし、歯向かうにも心を折られていてすべてを諦めていた。
だがドロシーは気の強さと甘やかされた期間、そして心がまだそこまで踏み潰されていないため嫌だと叫ぶことができた。
ここまできたら逃げられない。好きに言っていいと王妃様から許可を貰ったから……―――言われなくても言っていただろうけど―――やけくそで思いの丈をぶちまけた。
「あんた達が本気でチェルシーを探していないことも、ボイル様をアタシのもとに連れ戻す気がないのも全部知ってるんだから!!
この嘘つきジジイとクソババア!地獄に落ちろ!」
「なんだと?!育ててもらった恩も忘れやがって!もう一度言ってみろ?!二度と生意気な口がきけないように躾けてやる!」
ドロシーは側妃が嫌いだったが、ボイルには何度か手紙を出していた。もちろん非公式に、内密に義父にお願いしている。
しかし義父に返事はどうなってる?と聞くとほとんどが『渡せなかった』でその次が『返事は貰えなかった』だった。
後者ならまだ理解できる。だけど渡せなかった、って何?
なんで頼んだ手紙を返してくれないの?恥ずかしいから返してと言ったら検問のためとか言って中身を読まれていたり義父が勝手に処分していたりしていて、ドロシーは義父に失望していた。
もちろんボイルからの返事は一通も来ていない。
検問は通常の手続きだがドロシーには関係なかったし、他人の手紙を勝手に読むなんて恥ずべき行為だと思っていた。
しかも手紙の内容を義母と共有し宥めてきたからより一層義父に不快感を感じ、ボイルに手紙を出せなくなってしまった。
内密に渡してって言ったら封を開けないのは絶対だ。
検問に引っかからないように伝手なりなんなり駆使してボイルに渡すのが当然だろう。大事なドロシーの頼みなのだから。
今まではそうやってドロシーを甘やかし、願いを叶えてきたはずだ。だからちょっとの差でもドロシーは敏感に察知しドロシーのために労力を割かなかった義父に不信を抱いた。
アタシはただ寂しかっただけ。助けてほしくて手紙を出したのに、味方だと思っていたお義父様に妨害されてとても悲しかった。
叩かれたことだって許していない。
話せば通じるのに『話し合い』の労力を惜しんで殴るお義父様が嫌いだ。お父様はそんなことしなかった。アタシを人間だと思って接してくれていた。
「口で勝てないからって顔を真っ赤にして暴力に走るなんて人としての器が小さいんじゃないの?
殴ることが躾だ、教育だって言ってるけど、殴る自分を正当化してるだけじゃない!あんたがしてることは暴力で、虐待なんだよバーーカ!!」
血管が浮き上がるほど真っ赤になった前伯爵が拳を振り上げたがその前に周りにいた騎士達に拘束され膝をつかされた。
ドロシーに負けじと暴言を吐き暴れたが、騎士団長が直々に選抜した屈強な者が配置されていたため逃げ出すことは叶わなかった。
満身創痍で息切れするドロシーを後ろに下がらせた王妃は、尚もドロシーを睨みつけている前伯爵夫妻の前に五人の令嬢を並べた。
四人が黒髪で一人が茶髪だったが年頃は十代後半のように見える。眼鏡はかけている者といない者がいたが誰もが地味な顔つきだった。
どういうことだ?と夫妻が王妃を見ると令嬢らを連れてきたトゥルーメル公爵がこの中にチェルシーがいるから当ててみよと言った。
「前伯爵夫人がチェルシーさんを学園に復学させているというから来てもらったの。
でもおかしいのよ。チェルシーと名乗る令嬢がこんなにいるの。だからドロシーさんでもチェルシーと名乗れたのかしら?
でも、親であるあなた達なら間違いなく当てられるでしょう?わたくしに教えてくださる?」
にっこり微笑む王妃様に背筋が凍るほどの怖気を感じた。
王妃様が怒っている。それはそうだ。
チェルシーが見つかったのに報告しなかったのだから。
夫の俺にも伏せているなど何事だ?!と妻を見れば彼女は蒼白の顔色で腰を抜かしたのかその場にしゃがみこんでいた。
やっと王妃様の恐ろしさを実感したらしい。バカな女だ。
そこで前伯爵は気づいた。
チェルシーが見つかったというのは嘘なのだと。
ドロシーが言っていたことがすべて真実なのだと。
わかった瞬間血の気が引いたがなんとか踏ん張り、前伯爵夫人を無理やり引っ張りあげた。そして力ずくで五人の令嬢の前に連れていく。
おそらくこの中にチェルシーはいないだろう。だからこそ王妃様は首実検にかけた。俺達を罰するために。
失敗すれば没落どころか王家を謀った罪で処刑されるかもしれない。
だがここで実親としてアピールできれば情状酌量の余地もあるだろう。王妃様は公明正大な方だ。
大丈夫。俺は長年騎士として王宮に勤めてきた。積み上げてきた功績は嘘をつかないはずだ。
一人一人令嬢の顔を見て震え泣く妻はいかにも大事な娘を探している母親だ。王妃様なら少しは心を打たれ俺達の罪を軽くしてくださるだろう。
まったく。ドロシーをチェルシーに化けさせ勝手にお茶会に連れていったことも業腹だったのに、俺の許可を得ず学園に通わせるなどするからだ。
俺は足が棒になるほどチェルシー探しに苦労しているのに、それも全部無駄足を踏んだというのに、自分達はお茶を飲んで楽しく過ごしていたのかと思うと虫酸が走る。
周りにバカにされると泣き落とししていたのも嘘なのだろう。俺ばかりに負担をかけさせておいてその所業、許せるものか。
王妃様の前で恥をかいてこってりしぼられればいい。
前伯爵はろくに令嬢の顔を見ず前伯爵夫人を引き摺って元の位置に戻った。
「……右から二番目の、オレンジのリボンを着けた子が娘です。目が旦那様に似ていますから」
自分に似ていると言われて目を向けると確かに似ているような気もしなくない。
そこで、もしチェルシーがここにいるのにいないと言ったらどうなるか?と考えた。
もしかして外したら俺だけ罰せられたりしないか?
そう考えたら急に不安になり五人の娘に目をやった。くそっちゃんと見ておくべきだった。
「前伯爵はどうかしら?どの娘がチェルシーさんかしら?」
「それは、その……妻の意見に同意します」
判別できないと判断した前伯爵はとりあえず前伯爵夫人の意見に乗っかった。もし外しても『妻の気持ちを慮って』とかなんとか言えば切り抜けられるだろう。
「あら伴侶想いなのね。でもわたくしはあなたの意見が聞きたいの」
読んでいただきありがとうございます。




