24 鳳凰暦2020年8月18日 火曜日 平坂第11ダンジョン――通称、『魔塔』ダンジョン
「ねえ、おかしいよね……? これって絶対におかしいよね……? ここってこんなに簡単に進めるダンジョンじゃないはず……」
「別におかしくないですよ、僕、転生して前世の記憶、あるんで」
「またふざけてるぅぅっ! 絶対にバカにしてるぅぅっ! 入場にCランク制限のかかってるダンジョンが簡単なワケないでしょーが! あ、いやでも次の……うまく使えるかも……これなら……こうして……」
「……鈴木さん、次のボス部屋です」
僕は今、平坂第11ダンジョン――通称、『魔塔』ダンジョンへとアタックしているところだ。
メンバーは僕、岡山さん、先輩お姉さまだ。
先輩お姉さまの言う通り、このダンジョンにはCランクという入場制限がかかっているため、他のメンバーだとまだ入れない。だからこの3人だけで挑んでいる。
今は4層のボス部屋前だ。ついさっき、手前の部屋で戦闘を終えたばかり。
「……1層と違って、こちらにはボス戦待ちの方がいらっしゃいませんね?」
「あの人たちはたぶん、1層だけで稼いでるんだと思う」
「1層だけ、ですか……?」
1層では3つのパーティーがいたんだけど、ここ、4層にはひとつもいない。
魔塔は平坂ダンジョン群の中では珍しい、階段を上るタイプのダンジョンだ。
上へ上へと進むことと、1層あたりの全体の面積がそれほど広くないことから『塔』と呼ばれているけど、別に外観が塔になってる訳じゃない。
謎だよな……なんか岩場っぽい入り口を入ったら中は上に行くって……?
「ええ⁉ ここ、1層で稼げるってホント? じゃあなんで4層まで? 1層で稼げばいいのに!」
「お金に関することだとすぐに話題に乗ってきますよね。中途半端に取材気分だと死にますよ? 先輩? ここ、ダンジョンですから」
「え? それ本気で言ってる……? 冗談だよね……? 鈴木くんと一緒なのに死ぬ訳ないじゃんか……」
「その信頼はわたしも納得ですね……」
……岡山さんの絶対的な信頼はありがたいけどちょっとだけ重いのかもな。まあ、仕方がないってのはある。一応、僕、岡山さんの命の恩人になるから。
もちろん先輩お姉さまにも死んでもらう訳にはいかない、今は。
あ、もちろん、殺したりはしないんだけど。
クランを維持するのに必要だという意味で、今は、だ。
でもまあ、ダンジョンは危険も多いからな。絶対に死なないとは言えない……かもしれない。
どうなんだろう?
「稼げるかどうかって大事だからね? すっごく大事だからね?」
「はいはい、そこは同感です」
「わたしも同感です……」
岡山さん、まだ入学当初のトラウマが残ってるのかな? 言葉に実感がこもりすぎのような気がする……。
「ふたりが分かってくれて嬉しいよねー。で、なんで1層で稼げるの? そのへんくわしくお願いね?」
「簡単に言えば、ドロップガチャですよ」
「ガチャ……? あー、そういうことかぁ……1層ボスからマジックスキルスクロールを引くまで頑張るってこと?」
「そういうことです。1層が一番リスクが少ない」
「だから並んでたんだね……なるほど、これも使えそうなネタ……」
「ネタ、ですか……?」
「あ、ううん、なんでもない、なんでもない」
岡山さんが首を傾げると先輩お姉さまは慌ててごまかした。
……この人、自分が小説家だって隠す気ないんじゃないか? まあ、そのへんはどうでもいいけど。
バレても岡山さんたちは別に拡散とかしないだろうし。
あ、いや。
仲間うちではすごいことになりそうな気もする……。
「4層ボスに行列がないならちょっと周回しとこう」
「わたしたちもマジックスキルスクロール狙いですか?」
「元々、そのためにここに来たってのもあるけど……稼ぎ自体はガチャを当てないと少なめだからね、ここは」
まあ、いろいろあるんだけど、平坂家への追加サービスだ。有料で、な。
4層なら第1階位か、第2階位のマジックスキルスクロールがドロップする可能性がある。
4層のボスならたかが5層格だ。地獄ダンの12層格で慣らした僕たちが困る相手じゃないので、僕はそのままボス部屋の豪華な扉を押して中へと入った。
ゲームにおける『魔塔』は、課金が必要な有料のダンジョンだった。
僕はライトユーザーではなかったので――トップランカーに無課金プレイヤーとか存在してなかった――実は何度も利用している。
……トップランカーになってしまえば、イベントでの賞金ポイントなんかで課金額を抑えることができるようになるんだけど。
スキルスクロール集めは上級者にとって必須だ。
ジョブスキルの構成だけで戦うこともできるけど、ジョブの系統にないスキルにも役に立つものは多い。
ごくたまに深層……いや、『魔塔』の場合、高層か。高層のボス部屋だと階位の低いマスタースキルスクロールがドロップすることもあった。
あの経験がリアルダンジョンズワールドで活かされてるのは間違いない。
リアルダンジョンズワールドでは『魔塔』がどこまで攻略されているのか公開されていないから分からない。
でも、僕の経験では最高25層のダンジョンだ。25層のボス部屋クリア後の転移陣もよく利用させてもらった。
引退後にアップデートされているのならどうなっているのかは分からないけど、それはそれで楽しめるはず。
今、僕が入れるダンジョンの中ではもっとも強くなれるダンジョンではある。『黄泉の国』に入れたらまた違うんだけど……。
この魔塔の各層は正方形に近い横長の長方形構造で、1層、4層、9層、16層、25層にボス部屋がある。
その他の層にもボス部屋とよく似た広い部屋はあるんだけど、扉の豪華さがない。
そっちの部屋だと、一応、モンスターはボス格で階層よりもひとつ上のランクだというのに、ドロップが残念なくらい渋い。
あくまでもボスではないという扱いなんだろうと思う。
……よく似ているというより、基本的に各層のマップはほぼ同じだ。
中央というより、正面入り口とは反対側にやや近い壁の方にボス部屋がある。
1層の入り口から左へは壁があって進めない。この壁の向こうは実は小部屋だ。
右へ進んで別の小部屋へと入って戦闘になる。このダンジョンの戦闘は基本的に部屋の中だ。そんなところも塔っぽいのかもしれない。
通路と部屋という構成なので迷うこともない。
ひとつ目の小部屋を出たら入り口とは反対側の壁際の通路を進んでふたつ目の小部屋だ。
その小部屋の戦闘を終えて出ると今度は短い通路と次の小部屋……入り口の左側にある小部屋になる。
三つ目の小部屋を出たら今度はボス部屋になるという。
階層によって部屋の配置は異なるものの、小部屋3つとボス部屋というパターンはどの階層も同じなのだ。
外周の小部屋が三つと、ボス部屋タイプがひとつ。ただし本当のボス部屋は階層が1、2、3、4、5の二乗の階層にしかない。
ボス部屋タイプのあとは、転移陣と左に上りの、右に回ればボス部屋前に戻る一方通行の扉があって……。階段は階段室になっていて、そこの扉も一方通行だ。どちらかを選んだら進むしかない。
外周をぐるっと回ってボス部屋、というイメージが分かりやすいかもしれない。
呼び名が『魔塔』なのは……ボス戦でのマジックスキルスクロールのドロップ率が他と比べたらいいからだ。
いいといっても、そんなに高くはなかったんだけど。
ただし、ボス部屋までの通路では防御系や反射系のマジックスキルがなければかなり危険になる。
出てくる羽付きの小悪魔――グレムリンが、爆裂玉を投げてくるからな。
この爆裂玉をマジックスキルで反射してしまえば……周回にはあまり問題がない。
もちろん、階層が変わると爆裂玉を使うこと以外は雑魚とはいえグレムリンの強さも変わるので……そこが1層だけでドロップガチャをしている原因なのかもしれない。
ボスも階層プラス1だから大して強くない。4層とかなら。
僕たちも周回しつつ、あっさりとボス戦を繰り返す。リポップの待ち時間はちょっとした休憩だ。
「こ、こんなに簡単にスキルスクロールって手に入るの?」
「簡単とはいっても……12周してふたつ、ですけど?」
「ボスとはいえ5層格だよ? 豚ダンよりも簡単なんじゃ……あ、鈴木くんのあの反射しちゃうスキルがないと途中の小部屋がかなり危険かぁ……7層格でも一撃の爆裂玉だもんねぇ……」
運よくふたつ目で目的のスキルスクロールを手に入れた。
それなら、あとは上の階層を目指すだけだ。9層でも周回はするとして……今日の目的は本格的な16層の攻略だ。
レベル上げをしながら第4階位のマジックスキルスクロールを狙う。一石二鳥はアタックの基本。
16層のボス戦だと第1階位から第4階位までのマジックスクロールがドロップする可能性があるからな。
もちろん、第4階位がドロップする確率は第1階位よりもかなり低いけど。
「それじゃあ、上、行きますよ」
「はい」
「え……? もう必要なスクロールは……手に入ったんじゃ……」
「はいはい、行きますよ」
「鈴木くんが話を聞いてくれないよぅ……あぁ、おいてかないでぇ……」
とりあえず先輩お姉さまを無視して先へと僕は進んだ。
9層のボス戦は17回周回して、やっと第2階位のマジックスキルスクロールがひとつドロップした。
魔塔と呼ばれているけど、必ずドロップする訳じゃないのは名前負けしてるんじゃないか? こんなところはゲームと一致しなくてもいいのに……。
「いや、ホントにこんな簡単にマジックスキルスクロールって……」
「17回も周回しましたよね? 簡単ではないですよ?」
「したよ? したけどさぁ……なんか簡単に倒せるし……」
……それはそうだ。先輩お姉さまはもう地獄ダンで12層格を軽く100体以上倒してる。
ボスとはいえ10層格はもはや敵ではない。ただHP量が多いだけの雑魚だ。
「あと、小部屋に出てくるグレムリンって小悪魔だよね? 羽付きの? もうなんか中学生くらいのサイズだからフツーに悪魔っぽいんだけど?」
「そういう不満は僕じゃなくてダンジョンにどうぞ」
「こらぁダンジョン! もっとちゃんとしろぉぉっ! ……って。何言わせるの、鈴木くん⁉」
「鈴木さんが言わせた訳ではないと思いますが……」
「岡山さんが厳しーよー! こういうのはノリだから!」
……岡山さんもずいぶんと先輩お姉さまに慣れてきたよな?
やっぱり食事付きの懇親会は重要なんだろうな。僕はそんなにああいう場では話さないけど。
「とりあえずスクロール3つで、取引用がひとつ確保。あとは16層を目指します」
「はい」
「ええっ? 16層って……本当に大丈夫……?」
「もう分かってると思いますが、魔塔ではまず迷いません」
「あ、うん。それは理解できてる。ぐるっと回ればボス部屋だよね?」
「僕たちはすでに地獄ダンで12層格をたくさん倒してます」
「……うぅ、あの日の辛い思い出が……思い出すだけで寒気がするよぅ……」
先輩お姉さまが自分を抱きしめるような感じで身体を震わせてる。演技派に育っていて僕としては満足だ。
「13層までは問題ないとして、13層からは小部屋を何度か戻って往復します」
「え? あの扉って一方通行なんじゃ……」
「ボス部屋のところの周回用の扉と階段室の扉以外は問題なく戻れるんですよ、実は」
「そうなんだ……」
先輩お姉さまはそこでハっとして目を見開いた。
「……まさかと思うけど、今日も徹夜とか? え? 違うよね? 違うって言ってくれるよね?」
「正解です。違いません。徹夜ですよ? 最終的に16層のボス部屋周回で第4階位のマジックスキルスクロールを狙います」
「ああああぁぁぁ……」
「また徹夜ですか……」
先輩お姉さまだけでなく、なんで岡山さんまでショックを受けてるんだ⁉ そんな⁉ もう慣れたと思ったのに⁉
「どうして逃げられそうもない階層に来てからそういうことを言っちゃうかなぁぁぁぁっ!」
「もちろん逃げられないように、ですよ?」
「知ってた! そうだと思った! 鈴木くんはグレムリンよりもずっと悪魔っぽいよ!」
しょうがないよな?
第4階位のマジックスキルスクロールがいつ落ちるかなんて分からないんだし?
むしろ、落ちない可能性の方が高い。
「25層って言わなかっただけマシだと思って下さい」
「言う可能性あったの⁉ 25層って何⁉」
ゲームなら間違いなく最後まで行ってたに決まってる。課金ダンなんだから。
リアルダンジョンズワールドだと本当に危険だって可能性もあるからな。だから今回はどうにかできそうな16層までであきらめるって話だ。
……そもそもここってボス周回用の課金ダンジョンだからな? 周回しないって選択肢は最初からないんで。
さあ、冒険が始まる! ワクワクしてくるよな!




