25 鳳凰暦2020年8月18日 火曜日 地獄ダンジョン
「……鈴木先生が言ってたことは、そういう感じです」
いろいろと説明してくれた酒田さんが視線を向けているのは下北先輩だった。
あたし――高千穂美舞と五十鈴も同じ立場ではあるけど、下北先輩がその中に入っているから敬語なんだろう。
はじめての地獄ダンジョン。
その中にある特殊な隠里という部分。
そんなものを見つけているのは鈴木くんらしいと言えるけど……。
それにしても……はじめてだからという理由だけでなく、今、実際に体験したことが理解できない。
理解することをあたしの脳が拒否しているとも言えるかもしれない。
それは五十鈴や下北先輩も同じだろうと思う。いつものこと、とも言える。
「こんなことって……そんな……」
何かを言おうとして、下北先輩はそれ以上の言葉を出せなかった。
酒田さんだけでなく、矢崎さんや宮島さんからの視線もあたしたちに刺さっている。痛いくらいに。
「……鈴木先生は、命にかかわるから絶対に秘密だって言ってました」
「……マジで?」
酒田さんの言葉に反応を返せたのは五十鈴だった。
あたしと下北先輩は酒田さんを見つめたままで、口を動かせなかった。
「いくらなんでもそんなことは……」
「いいえ……あるわ……。十分にありうることよ……その可能性も……」
弱々しい口調で五十鈴をさえぎったのは下北先輩だった。どこか苦し気に首をゆっくりと横に振っている。
「私は同じ立場の家だからよく分かるの。属性魔石にはそれだけの……命に関わる可能性があるくらい、大きな価値があるわ……」
「下北先輩、それは……」
……言ってはマズいんじゃないだろうか。
あたしも迷いながら口をはさむ。
下北先輩が今、言っていることは……下北家は必要があるなら人を殺すこともあるという話になるんじゃないだろうか?
それはさすがにマズい話のような気がする。
「あぁ……いえ。実際にそうだという訳ではなくて……そのくらい、取り扱いには注意が必要だろうって話ね……それだけじゃないけれど……」
下北先輩はあたしが言いたいことに気づいてくれたようだ。
ただ、もう遅かった気もするけど。
……那智さんと端島さんの固まり具合が何段階か上がった気がする。
「……やっぱりそこまで危険、なのかな?」
「なんか、そうかもって思うけど、実感はあんまないっていうか……」
宮島さんと五十鈴はそれでも半信半疑だ。そこはあたしも同じだ。五十鈴が言うように、実感がないのかもしれない。
酒田さんほど、鈴木くんの言葉をすんなりと受け入れられないのはいつものことではあるけど……。
……命に関わるっていきなり言われても、そういうのは簡単にイメージできるものじゃないから。
どれだけダンジョンが危険な無法地帯だと教わっていても、そこに実感がともなっていないのだから理解は難しい。
4月の最初にうまく攻略をサポートできない、という気持ちになったことはあるけど……。
……鈴木くんのサポートを受けるようになってから、どのダンジョンに入っても死ぬかもしれないと思った瞬間はごくわずかだ。
それも、豚ダンジョンでのボス戦で転んだ時とか、あくまでもモンスターから感じたものであって……。
同じダンジョンアタッカーから……人間からの殺意を感じたことはない。
鈴木くんからそういう危険性について注意を受けたことはあったとしても、実体験としてはないのだ。
……そんな経験はしたくないんだけど。
「会長」
「何かしら、矢崎さん?」
「もうちょっと、詳しく」
「そうね……」
矢崎さんが下北先輩に説明を求めると、下北先輩は少しだけ考え込んだ。
言葉を選ばないと下北家がいろいろな誤解を生むからだろう。
「……まず大前提としてあるのは、一般的に鈴木くんのような攻略の仕方はしないということかしら」
「鈴木先生の攻略、ですか? 鈴木先生が特別な存在だっていうのはすごく分かりますけど……?」
「そうね、例えば今回の……この魔石は12層格なのだけれど……」
下北先輩はマジックポーチから魔石を取りだした。さっき、酒田さんたちと一緒に入った隠里での属性魔石だ。
「鈴木くんの場合、12層格との戦いで自分たちの力を底上げして、それから神殿へ……という考え方をしているわ」
「だいたいそんな感じですよね、鈴木先生はいつもそうやって、先に進みますから」
「分かる。とにかく先へ進む」
「今日もどこか……すごいところに行ってるって聞いた、かな」
「『魔塔』な。岡山さんしかまだ入れないとこだけど」
下北先輩はゆっくりとあたしたちを見回した。
それで、五十鈴たちも一度、静かになっていく。
「……普通は、犬ダンから神殿、神殿から豚ダンという感じで、順序良く階層を深くしていくものなの」
「まあ、そう教科書には書いてありますから、下北先輩の方がどっちかっていうと正しいような? おかしいのは鈴木くんだよな?」
五十鈴がそう言ってみんなに確認する。
「でも、強くなれる」
「エミちゃんの言う通りだね。鈴木先生のやり方の方が実際、強くなってるし、成長も早いと思う」
五十鈴に反論したのは矢崎さんだ。酒田さんも同意見らしい。
実体験としてそれはあたしたち全員が知っていることだ。だから、矢崎さんの言う通りではある。
「……問題は鈴木くんのやり方じゃなくて、それが他と違うもの、というところにあるわね」
「違う?」
「そう。普通、12層格の魔石は12層……もしくはそれなりに深い階層でなければ手に入らない」
「……それはそう」
矢崎さんがうなずいた。それに下北先輩もうなずき返す。
「実際には9層格でいいのだけれど……12層格の属性魔石は、第3階位のマジックスキルをダンジョン外で使えるようになる、本当に貴重なものなの」
そう言うと、もう一度、下北先輩はあたしたち全員を見回した。
「格上が出てくるダンジョンもあるから必ずしもそうではないのだけれど、普通なら9層まで深くもぐらないと手に入らないはずの魔石が……4層で手に入るということの重みが分かるかしら?」
「要するに、5層分、楽になるってこと、かな……?」
「そうね。その5層分で、どれだけの準備が変わるのかということも含めて、ね。疲労だけじゃなく、経費なんかも段違いになるはずよ。属性魔石の価値だけじゃなくて、この場所そのものがとんでもない価値を持っていると考えられるわ。確証はないけれど、薬屋ダンジョンよりも簡単に……9層格以上の属性魔石が手に入る可能性だってある。この情報を少しでも漏らしたら私たちは狙われて、この場所を教えるように迫られる可能性は高い。しかも、それが癒しに利用できる水の属性魔石……そんなの、もう、どうしようもなく危険な話よ……」
弱々しい声だというのに、下北先輩の言葉があたしたちの心に響く。
「で、でも、下北先輩。それって攻略情報だから……」
「そうね。攻略情報を奪うのは違法行為にあたる。だからこそ……何かの非合法な手段か……ダンジョン内で狙われるか……そういうやり方になるのよ」
「あ……」
「それって……」
五十鈴と宮島さんが目を合わせた。
「命に関わるというのは、そういうことなの」
「……ダンジョンは犯罪の温床だから?」
「そうね。録音や録画、通信ができなくなるダンジョン内では証拠が残らないから犯罪行為が横行しているというのは有名な話だもの」
あたしの言葉を肯定した下北先輩はそう言った。
「ぜぜぜぜ絶対にひゃべりましぇん!」
「お、同じくしゃべりませんから!」
メンバー内では一番怖がりのふたり、端島さんと那智さんがそう叫んだ。
その気持ちは全員、分かるだろうと思う。
ダンジョン内で他のアタッカーから命を狙われるというのは怖すぎる話だ。
「もともと、鈴木先生に言われたから絶対にしゃべったりはしないつもりだったんだよね」
「それはそう」
「でも、今の話ですごく納得した、かな」
「……なぁ、この魔石ってさ、捨てた方がいいんじゃ……」
五十鈴がそう言い出すと、みんなの視線が下北先輩の手にある魔石に集まった。
「……でも、下手に捨てるのも危険じゃない? 五十鈴?」
「それは……そうか……」
「鈴木、いっぱい集める」
「そうだね、鈴木先生は売れなくてもいっぱい集めておくって言ってたね」
「え……?」
「捨てられないとしても、持ってるだけでも危険だよな? それを?」
下北先輩が手の中の魔石をぎゅうっと握りしめた。
その目はさらに困惑が増したように見える。
「……鈴木くんがそう言ったの? たくさん集めておくと?」
「言った」
「言ってましたね」
「うん。そうだったかな」
「それはつまり……」
下北先輩の顔色がすごく悪くなっていく。
「……鈴木くんはこれがダンジョン外で必要になる事態を想定しているということかしら?」
「たぶん、そう」
下北先輩の疑問に、矢崎さんはあっさりとそう答えた。
言葉は少ないけど、いつもいろいろと考えてる矢崎さんだ。もともと下北先輩と同じ疑問を持っていたのだろう。
……ダンジョン外で属性魔石を――それも癒しのための水の属性魔石を使うような事態って?
「ダンジョン外での戦闘……つまり、ダンジョンブレイクスタンピード……?」
あたしのつぶやきを聞いて、五十鈴がごくりと唾を飲み込んだことが分かった。
何らかの要因で、ダンジョンからモンスターがあふれ出すこと――それがダンジョンブレイクスタンピードと呼ばれている。
最近はあまりニュースになっていないけど……。
「……い、いやいや、まさか? 単に誰かが交通事故とかで大きな怪我とかするかもって話だって」
「それももちろんあるとは思うけど……でも、あの鈴木くんなのよ? ダンジョンが大好きな?」
「う……」
あたしの言葉で五十鈴が顔を歪ませた。
「ダンジョンブレイクスタンピードの場合、国防軍の通常兵器でも戦えるようになるから、むしろ鈴木くんが想定しているのは、ダンジョン外でのアタッカー同士の抗争かもしれないわね……」
あたしよりも怖い想像を下北先輩がつぶやくように言った。
そうだった。
ダンジョン外に出たモンスターは通常兵器で戦えるようになるって教科書にも書いてあったことをあたしは思い出す。
ヨモ大附属の生徒は国防軍が来るまでの避難誘導をするってことも書いてあったと思う。
……そうだとすると、鈴木くんの想定しているものって、何なの? 属性魔石の奪い合いでアタッカー同士が争うこと?
平坂家……モモの家と……? そんなことって……。
「鈴木くんはこの前から陵さんのようなトップランカーとの交流も重要視しているみたいだし、もしもの場合の味方にしようとしているのかしら……?」
誰に言うともなくつぶやいた下北先輩の言葉に、とんでもない状況証拠が積み重なっていく。
……陵さんとの交流にそんな意図が⁉
あの日も、最後にはたくさんの『竜の咆哮』の人たちがホテルに来てたのは間違いない。
それを聞いた全員がシーンと静かになって――。
「まあまあ、そういうことなら……」
――そこで明るく、笑顔の酒田さんが口を開いた。
「……ここで何度も戦ってあたしたちが強くなった方がいいってことだよね? そうだよね、高千穂さん?」
……この明るさにあたしは何度心を救われるんだろう。
酒田さんだって未知の戦いを怖れていないはずがない。
ダンジョン外で、それも人間同士での戦いになるなんて、今まで想像したこともないはずだ。
それでも、ここで明るく笑えるのは本当にすごいと思う。
……強くなること。それは確かにひとつの解決策だ。
あたしは自分のペアを心から頼もしく思うのだった。




