23 鳳凰暦2020年8月18日 火曜日 ダンジョンアタッカーズギルド中央本部
『……という状態です』
「そうか。それなら引き続きよろしく頼む。それじゃあ切るぞ」
『はい』
平坂へと派遣している部下たちとの最後の連絡が終わった。
連絡しながら、机の上を整理していた俺――築地益男が、さあ帰ろうかと立ち上がった瞬間だった。
「築地くん」
「部長?」
監査部第3監査課のデスクのところまでやってきたのは部長だった。部長のブースにはいなかったはずだから、どこか外から戻ってきたばかりなのだろう。
「すまんが緊急だ。ちょっと来てほしい」
「……はい」
部長は小声でそう言ったが、課内には緊張が走った。どうやら聞こえたらしい。
課員は俺が平坂で遭難した時のことを思い出したのかもしれない。
課長としての俺を心配してくれているのか、いつかは自分もそうなるかもしれないと怖れているのか、どっちかは分からない。
……まあ、部長から声がかかるのは、俺にとっては想像の範囲内だが。
そのまま部長に続いて監査部の部屋を出ると、部長が歩くペースを落として俺と並んだ。
「……平坂家から人が来ているらしい」
「平坂家から、ですか? 部長にも名前は伝えられていない?」
「ある意味ではアポなし訪問だな。連絡が入ったのは昨日の夕方で、今日、話がしたいと」
「昨日で今日というのは……かなり強引ですね。いくら平坂家とはいえ……」
「まあ、それが通るのも仕方がないというか……三大旧家なしではギルドが成り立たんし……」
平坂家が昨日の夕方に連絡を入れて、今日の面会、か。
……さすがは三大ダンジョン旧家と言うべきか。いや、平坂家が特別なのか?
平坂家のような歴史のある旧家は、普通なら動きが遅いはずだ。いろいろなしがらみがあって簡単には動けないというパターンが一般的だろう。
それとも独自の情報ルートでもあるのか、平坂家には?
いや、あるにはあるか。平坂家だ。
だからといって、鈴木の情報がどこまで掴めているかは……。
「……それにしても、平坂家が来て私が呼ばれるとは?」
「『1億円の高校生』絡みだ」
「ああ、そういうことですか」
……まあ、知っていたんだが。
鈴木から平坂家との取引を進めていることは聞いている。
鈴木と釘崎が平坂家との交渉に出向いたのは先週の木曜日だったはずだ。
金曜日、土曜日、日曜日と週末をはさんで、昨日の月曜日に犬ダンジョンで攻略情報の実演をしたことまでは話を聞いてる。
週末は情報の確認や精査にあたっただろうから……。
だが、実演からだと昨日の今日、か。平坂家の反応が早い。早すぎる。
いったいどんな攻略情報を……?
一番重要な部分は教えてもらってないぞ、鈴木……言えない部分だというのも分からんでもないが……。
「……つまり、情報提供を?」
「監査部が呼ばれるということはそういうことだろう」
部長は誰もいない廊下で一度、立ち止まった。当然、俺も立ち止まる。
「……彼からは何か、聞いてないか?」
「何か、とは?」
「1億円の高校生から、平坂家のことは何か聞いてないのか?」
「世間話くらいはしますが……それも、ごくたまに、ですよ?」
「その世間話で平坂家のことは?」
「出てきたこと、ないですね。あ、いえ……クラスメイトに平坂家の関係者がいるという話、くらいでしょうか……」
「そうか……その程度か。とりあえず、上は平坂家の要求に全て答えろと、な……」
「グラマラスが? それは……まあ、仕方がないんでしょうが……」
「うかつにその呼び方をするんじゃない。まあいい。反論は聞かん。いくぞ」
部長は再び歩き出した。そこからは先はもう何も言わない。
俺も黙って斜め後ろを歩く。
……鈴木、もうちょっと具体的な情報をくれ。なんで部長が困り顔なんだ?
応接室はグラマラスが来客対応に使う、一番いい部屋だった。俺もここに入ったのは数回、だろうか。
「HSホールディングスの人事部で課長をしております、延岡洋二と申します」
「監査部の課長のひとりで築地益男と申します。よろしくお願いします」
名刺を交換して、グラマラスの示した場所に座る。延岡氏はまっすぐ俺を見てきた。どうやら、ターゲットは俺のようだ。ギルドのトップがいるこの場で俺を狙うのか?
「さっそくですが……これのことです」
「これは……ああ、ギルドの不正監視で証明した……これが何か?」
「この鈴木彰浩という彼……のことをどこまで知っていますか?」
「どこまで、と言われましても……」
「どういうご関係ですか?」
「……恥ずかしい話ですが、遭難した時に助けてもらった関係というか……」
「それは事実ですか?」
「は?」
……なんだこいつ?
「……事実ですが何か問題が?」
「事実だとしたら……あなたは彼に助けられた時に……何を見ました?」
「何を見た、とは……?」
まあ、助けられる前なら、いろいろと見えたんだが……助けられた時には見てない。あいつ、助け出す時は何かのスキルを使って俺を気絶させやがったからな。
「彼の戦闘を見たでしょう?」
「いいえ。私はすでに意識を失っていたので……」
「それは本当ですか?」
「はい」
なんだ? こいつ、動きがおかしいだろう?
いちいちポケットに手を……。
まさか……。
ひょっとして真実看破系統のスキル持ちなのか? 問いかけ方もおかしい……。
……もしもそうだったとしたら、隠れて闇属性魔石でも使ってるのか?
そんなバカな。ダンジョン外での属性魔石によるスキル使用は完全に違法行為だろう?
ダンジョン内でのことならともかく、ここはダンジョンじゃないぞ?
グラマラスは平坂家相手ならそこまで黙認するのか?
「……そうですか。彼から彼の戦闘について聞いたことは?」
「メイスとショートソードの二刀流とは知っていますが、それ以上のことについては特にないですね」
「……興味もない?」
「興味はありますが、聞くべきことではないので。高校生とはいえ、彼もダンジョンアタッカーです」
「なるほど……」
そこまで本気か、平坂家が?
……鈴木ぃ、いったい今度は何やったんだ? だからもうちょっと詳しい情報を提供してくれよ? 釘崎には丁寧にサポートしてんだろうが⁉
俺は三大ダンジョン旧家の本気を感じて、背中に流れる冷や汗が止まらなかった。




