22 鳳凰暦2020年8月16日 日曜日 平坂グランドホテル2階レストラン『グラッツ』
「むむむ? これは?」
「エミちゃん、どうしたの? 何かあったんだね?」
「ケーキ、前と少し違う」
「……本当だ。この前のお昼のケーキとは違う種類のケーキが多いかな。同じのもあるけど。あと、ちょっと大きい、かな?」
「また同じとこ? とか思ったけど、昼と夜とじゃ違いがあるんだ。それなら同じとこでもいいか」
「五十鈴……。同じとこ、とか言わないで。気をつけないと。いつの間にか、あたしたちってぜいたくが当たり前になってるから」
あたし――高千穂美舞は親友である五十鈴の肩を軽く叩いてたしなめた。
ぜいたくはダンジョンアタッカーにとって最悪の強敵だ。
引退後に悲惨な末路を迎えるダンジョンアタッカーが多いのはぜいたくな生活になれてしまうからだとずっと教わってきたのだ。
「うっ、確かに……ぜいたくには慣れちゃダメだな……うん。気をつける」
「それにお母さんたちはこのホテルに泊まってから明日の電車や飛行機で帰るらしいし、ここが会場になるのも仕方がないんじゃない? 都合がいいし」
「あー、それもあったか。あたしたちもママやパパと一緒に泊まるんだし」
そう言った五十鈴が、お母さんたち……保護者が集まっている方を見た。あたしも同じ方向に目を向ける。
みんなのお母さんたちが楽しそうに話している。いったいどんな話で盛り上がっているのか、知りたいような、知りたくないような……。
あたしたちも今日は学校から外泊の許可がもらえているから、親と一緒にこのホテルに泊まる予定だ。
保護者がきていない下北先輩はモモのところの本家の方に泊まるらしい。下北先輩はモモとは親戚だから、そういうことができる。
「ここにいる父親は3人だけなのかぁ……ウチのパパはすんごく張り切って来たらしいんだよな……ママが言ってた……」
「あたしのウチもそう、かな。交通費とホテル代が出るなら絶対に仕事は休むって、お母さんによるとそんなことを言ってたみたいだし」
……五十鈴と宮島さんに親子の血のつながりを感じたのはあたしだけじゃない気がする。きっとこのふたりは大人になって同じ状況ならそうするに違いない。
「モミちゃんのとこと伊勢さんのとこと……あとひとりのお父さんは誰のお父さんなんだろうね?」
「あれは鈴木父」
「あ、鈴木先生のお父さんなんだね。エミちゃん、知ってたんだね?」
「たまたま聞こえただけ」
……あれは鈴木くんのお父さんだったんだ。知らなかった。
あの時、会議室にはいなかったはずだけど、鈴木くんは地元だから後から合流したのかもしれない。
今日は貸切じゃなくて他のお客さんもいるから、そのへんの判断は難しい。夏の休日だから宿泊客も多いんだろうと思う。
「……今日は貸切じゃないみたいでしゅね?」
「こういうホテルのレストランって、普通は貸切とかないんだよ、住ちゃん」
「え? しょうなんだ⁉」
「それよりもいっぱい食べようね」
「水跳ちゃんはさすがに食べしゅぎだと思う……」
……それ、前にここで食べた時、あたしも思ったわね。那智さんは意外と大食いなのよ。今も、お皿の上の料理が山に見えてくる気がする。
ダンジョンアタック以外で交流していくと、クランメンバーのいろいろな姿が見えてくる。
相互理解が深まって、連携がよくなるとも言われているけど……鈴木くんはそういう部分まで考えてるのかもしれない。
「ヒロちゃん、がんばれ。見守ってるからね……」
「あみちゃん……バイキングのお皿に料理をのせる仕事を鈴木くんのためにやっててもヒロコちゃんにとってプラスになるのかな? 自分でやらせた方がよくない?」
「とにかくお世話をすることが大事なんだよね、こういうのは」
「あたし、あみちゃんの恋愛感覚はちょっとズレてると思うかな……。それって、彼女っていうよりメイドじゃないかな……?」
岡山さんは今日も鈴木くんのお世話に徹してる。
確かに……宮島さんの言う通り、専属メイドに見えなくもない。メイド服でも着ていたらまさにそういう感じだろう。
……そこまで尽くしてどうするつもりなの? 鈴木くんに自分でやらせていいと思うけど?
そんな岡山さんと鈴木くんをじっと見つめていた矢崎さんが口を開いた。
「……さすが、岡山」
「どうしたの、エミちゃん?」
「鈴木の好み、すごくくわしい」
「あ、そういえば、ヒロちゃんがよそったメニューは鈴木先生、残さず食べてるね? かなりの量なのに」
……誰よりも鈴木くんのことを知ってるというアピールかしら?
岡山さんが狙ってなかったとしてもあたしには痛いくらいに刺さったから、アピールとしては成功してるかもしれない。
「む、那智。ケーキも大事」
「ダメですよ、ケーキを先に食べたら他のものが入らないから。もちろん、あとでたっぷり頂きます。ケーキも」
「なら、よし」
珍しく矢崎さんと那智さんがからんでると思ったら、食べ物談義? 食べ方談義かも?
みんな、以前よりもずっと仲良くなってきてると思う。クランの雰囲気はかなりいいはずだけど……気になるところもあって……。
「それにしても、1億円かぁ」
「どうしよう。何に使おうかな?」
「いっぱいあると逆に思いつかないんだよな、使い道」
このふたりは、もう……そういうことばっかり考えてる。
そもそも1億円ではなく、6000万円だ。4000万円はクランに吸い上げられる予定だから。
引退が早いと、もっと多くクランのものになるって契約書にはあった。
鈴木くんはあたしたちのことをできるだけ長くクランに定着させたいのかもしれない。
「まあ、数年間に分割だから、すぐには使えないでしょ」
「美舞……現実を突きつけすぎだって……夢は見たいだろ……」
「ぜいたくに慣れすぎないように分割してくれてるんだと思うんだけど」
「く……そういうことだったのか……あ、いや。その顔やめてくれ、美舞……」
あたしは親友の五十鈴を残念なものを見る目で見つめた。
やっぱり五十鈴と宮島さんはお金で頭がいっぱいみたいだ。いつものことだけど、そこばっかりだとよくないと思う。
でも、その1億円は――。
「下北先輩……」
「あー、下北先輩は……なんでだって鈴木くんに言ったけど、確かに下北先輩だけ、まだ見習いアタッカーじゃないんだよなぁ……」
――下北先輩だけ、受け取っていないのだ。
五十鈴が鈴木くんに確認して、言われた通りではある。
確かに、あたしたちと違って下北先輩はまだ『走る除け者たちの熱狂』の見習いアタッカーになっていない。
それでも、これだけ毎日のように一緒に活動していて、どうして下北先輩だけがもらえないのか……という思いは出てきてしまう。
「鈴木くんにしてみれば『法的な意味でクランメンバーかどうか、そこではっきりと差がつくのは当然』なんだよなぁ。そのへんは厳しいっていうか……ただ、その厳しさが1億円っていうのが……でかくてさ……」
「こんなに一緒にやってるのに、って、思っちゃうのよね……」
……おそらく、今のあたしたちだと100万円くらいの違いだったら気にしなかったんじゃないかと思う。あたしもだいぶ感覚が狂ってるのかもしれない。
でも、1億円は……かなり大きいから……。下北先輩に対する申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう……。
「ごくごく一般的なクラン経営として、メンバーでもないのに分配はありえないってさ。確かにそうなんだろうけど」
「あ、でも、この前の大学生の育成に関してはクランからちゃんと報酬が出てるって聞いたかな? 下北先輩にも。犬ダンで育成した分の話」
「そこは出てたんだ? よく分かんないけど、まあ、そういうのは問題ないのか……それとも払う金額の問題なのか?」
鈴木くんには鈴木くんのラインがあって、そこをはっきりとさせているだけなのだろう。
その恩恵を受けてるあたしたちが言うべきことじゃないのかもしれない。
……だからって、自分がもらえて、下北先輩がもらえないって状況を、はいそうですかって思える訳がない。
「高千穂、気にしないこと」
「矢崎さん?」
「大丈夫」
「大丈夫って……」
「下北会長も、いつか1億円くらいは稼げる、はず」
「あ……」
……それは、そうかもしれない。
卒業後、下北先輩があたしたちと同じクランに入るのなら……。
その場合はずっと鈴木くんと一緒に活動するのだ。
1億円くらいはすぐに稼いでしまえるような気もする。
「しょういえば、いつの間にか研究協力員ってなってたような?」
「大学のダンジョン、入れる」
「しょうなんだ。大学にもダンジョンが?」
「鈴木に聞いた。大学にも、ある」
端島さんと矢崎さんも珍しくからんでると思ったら、那智さんが口いっぱいに何かを食べてて、端島さんに返事ができないだけなのかも……。どう見ても食べすぎだと思うけど……。
「あ、鈴木先生」
「うん?」
岡山さんを従えて……って言葉がぴったりなくらい、鈴木くんの半歩後ろに岡山さんがいる。その状態で近づいてきた鈴木くんに、酒田さんが話しかけた。
「大学のダンジョンっていつから入るんですか?」
「あー、まだ予定は決まってない。もうちょっと先の話になる」
「あ、そうなんだ。それで、どんなダンジョンなんですか?」
「世界でもっとも多様性があるダンジョン、なんて自称してる」
「自称?」
「大学のWEBサイトでそういう風に紹介してるから」
……自称ってそういう意味なんだ。でも、あれ?
鈴木くんがよく知らないってこと……? 大学のダンジョンについては? 珍しいような? いえ、でも……それが普通といえば普通なのよね……。
そんなことを考えていたら、鈴木くんのところへ下北先輩が近づいてきた。
「鈴木くん。ちょっといいかしら?」
「先輩?」
いつも真剣な表情をしている下北先輩が、いつも以上に真剣な気がする。ひょっとして……。
今回の1億円の話?
「どうしました?」
「お願いがあります」
「ええ、何です?」
「……私の、あのダンジョンの攻略を助けてもらえないでしょうか?」
下北先輩……それは……。
あのダンジョンとは『神殿ダンジョン』のことで間違いないだろう。
あたしと五十鈴で、そうしてはどうだろうかという提案を遠回しに伝えてきた。きっかけは酒田さんにそうした方がいいと言われたからだった。
「もうクランの助けを受けてますよね?」
「それは……そうなのだけれど……それとは別に……鈴木くんの助けが必要なのです……」
「うーん……」
鈴木くんはほんの少し、下北先輩から視線をそらした。その鈴木くんとあたしは目が合った。合ってしまった。
……お願い、鈴木くん。下北先輩の頼みを聞いてあげて。
そんな願いをあたしは視線に込めてみる。できれば通じてほしいけど……。
「……確か、11月の先輩の誕生日までに、って話でしたよね?」
「そうです」
「……分かりました。協力します。でも、僕の指示には従ってもらいますよ?」
「はい。ありがとうございます、鈴木くん……」
……やった。よかった。
これできっと下北先輩も……あたしたちと同じクランでやっていけるはず……。
下北先輩と卒業後も一緒にやっていく。あたしはそんな未来を思い描いていたのだった。
この鈴木くんの決断で、どんなことが起きるのかも知らずに……。




