20 鳳凰暦2020年8月15日 土曜日夜 平坂家(分家)
「はあ~。やっぱモモんちのごはんはうまいよな」
「そうね。久しぶりに食べたけど、前に来た時と変わらず美味しかったわね」
「モモっちが作ったわけじゃないんだよね。だから、ホメられても困るかも?」
「そりゃ、千代さんが作ってるからあたしが作ったわけじゃないけど、ホメられたら嬉しいのは嬉しいってば」
あたし――伊勢五十鈴はモモの家に泊まりに来ていた。美舞とクミも一緒だ。
千代さんというのはモモの家のお手伝いさんで、実際、モモのおばあちゃんみたいな存在に思える。血はつながってないけど……モモを見る目がすっごく優しい人だと思う。
……あと、言葉遣い。モモはこの家のお嬢様なのに、厳しいこともズバズバだ。それでいて優しく見守ってる感じ。モモんちはいろいろ複雑なのかもな。
モモんちは……かなり大きい家だと思う。うん。お手伝いさんがいるくらいだ。メイドじゃなくてお手伝いさんってところが渋い。
普通に考えたら、モモの部屋っていう部屋が3つもあるっておかしいと思うからな。あたしの家だとあたしの部屋はひとつしかないし。
自分の部屋っていう一角が家の中にあって、勉強部屋と寝室とオープンスペース兼ウォークインクローゼットがあるって普通じゃないのは間違いないだろ。しかも、モモだけじゃなくてお姉さんたちの分もあるらしい……。
中学の時に初めて来た時はびっくりしすぎて何も言えなかったのを覚えてる。
今は、4人でお風呂に入って――4人で入れるお風呂がある時点でそれは普通の家じゃない――からのパジャマパーティーだ。
モモは三大ダンジョン旧家って呼ばれてる家のひとつ、平坂家の一員で、この広さでも本家じゃなくて分家だとか。
「……高校でクラスが分かれちゃってから、こうして一緒に遊べなかったねー」
「まあ、高校に入ったらダンジョンアタックが自由になるってことは知ってたし、遊ぶ時間もないってことも分かってたっしょ。同じクラスのあたしでも泊りには来てないんだし」
「まあ、そうだよな。うん」
「そうね。でも入試の結果だから仕方がなかったのよ」
「それでもミマっちとスズっちは仲良くやってるじゃん」
「あー、それは確かにあるか」
……クミがなかなか厳しいところに踏み込んでくる。
もちろん、あたしと美舞は親友だと思ってるし、仲良くやってるけど、ずっと一緒にいる理由はそれだけじゃない。
「……いろいろあったんだけど、きっかけはモモにあたしがアドバイスをもらって……それからクミにもアドバイスをもらったこと、かな」
「えっ……? モモっちはともかく、なんであたしが関係してるのさ?」
美舞の言葉に、理解できないという顔でクミが首をかしげた。
「クミが言ったんだけど……ほら、岡山さん……退学RTAとか言われてた時に、一緒に入ってる人に説明したらいいってアドバイスもらったから……」
「……あー。そういえばそんな記憶があるかも……」
クミはそうつぶやいて、一度沈黙した。美舞とモモが突然黙り込んだクミの方を見つめた。
「クミ?」
「トム?」
「……なんていうか、さ……今、気づいた。ミマっちと鈴木くんを結びつけちゃったのって、実はあたしだったりする?」
「あ、まあ、そういうことになるわよね。あの時、いろいろと困ってたあたしを助けてくれたのは鈴木くんだったから」
美舞がうなずいた。その表情はいろいろと思い出してるに違いない。分かるよ、美舞。忘れられないいろいろがあるもんな……。
「じゃあスズっちは?」
「あたし? まー、ウチのクラスはちょっと大津がいろいろやらかして、あたしも困ってたから美舞に助けてほしいってお願いして……美舞から鈴木くんを紹介してもらった感じ?」
「スズっちは大津のせいかー……」
「ミマちゃんたちはそんな感じで鈴木くんと一緒にダンジョンアタックするようになってたんだ……」
……あ、うん。言えないよな、いろいろと。
攻略情報ってだけじゃなくて、ポーション代で借金させられてたこととか。鈴木くんの人格が疑わ……あれ? 鈴木くんの人格については別にバレてもいいのか?
いや、やっぱダメだ。うかつに話すようなことじゃないだろ。
「そういえば、昨日と今日は薬屋ダンジョンでしょ? どうだった?」
「え? 薬屋?」
モモの言葉にびっくりした顔でクミが反応した。
「モモの伝手で入ったから知ってるんだ。まあ、そうだよね」
「なんていうか、あそこは足場がとにかく悪いダンジョンなんだよな。進むのが大変っていうか」
走れない、とは口にできない。
薬屋ダンジョンについてはある程度なら話しても問題ないって鈴木くんからは言われてる。そのある程度が難しいんだっての。
……本当はモモんちにお泊りして、話せるとか、話せないとか、いちいち考えたくない。そういうの友達との間にあってほしくないんだよな。
でも、これがダンジョンアタッカーって関係で考えたら……情報制限は当然って話になる。なんか、さみしい。
「……薬屋はギルド管理じゃないけど、Fランク制限って話だったっしょ? それってさ、つまり……」
「ミマちゃんもスズちゃんも、もうFランクってことだよ」
「モモっち。それって、犬ダンクリア済みって話になるけどさ……」
「まあそうだよねー。あたしも鈴木くんといろいろと取引して、犬ダンの情報は分けてもらったけど、明らかに攻略済みのマップデータを教えてもらったし」
……え?
鈴木くんから犬ダンのマップデータって……。
あたしと美舞は顔を見合わせて……慌てて真顔になった。余計なことを口にしちゃダメだ。
口にできないってのは分かる。分かるけど……。
……なんで外周通路でクリアしてる鈴木くんが犬ダンのマップデータをモモとやりとりしてんの? どう考えてもあそこは迷路じゃないんだよな? ひたすらまっすぐなんだし? おかしくないか?
「警告からの対人戦のやり方は鈴木くんに教わったけど、あれはすごいよねー」
「え……あー、そうかも」
「そ、そうよね……」
「……そんなにすごいんだ。見てみたいような、怖くて見たくないような……」
ああ、今、あたしと美舞の心はシンクロしてるに違いない。
……鈴木くん。あたしらは対人戦とか教わってないよな⁉
え? マジ?
どういうこと?
「……まー、確かに、鈴木くんは別格っしょ。あれはない。どう考えてもさ、おかしいっしょ」
「もちろん別格ではあると思うけど……おかしいは言いすぎだから!」
「うーん……」
「何とも言えないわね……」
「ミマっちとスズっちとは、かなり差がついたなー。正直、追いつけそうもないってさ、分かっちゃったっていうか、分からされたっていうか。鈴木くんに」
クミがはぁ~っと長いため息を吐いた。
「まあ、鈴木くんに追いつけないってのはすんごく理解できる」
「五十鈴……分かるんだけど……もうちょっと、ね……」
「でもさー、これで来年のクラス分けだと、同じクラスになるっしょ」
「え? あー、そうかー」
「……スズちゃん?」
「スズっち、今、なんか変じゃなかった?」
……う。思わず、一瞬だけ首をかしげてしまった。美舞も残念な子を見る感じでこっちを見てるし⁉
「……まさか、鈴木くんはまたそっちのメンバーを増やしたとか?」
「3組とか4組とかで? そうすると……あたしらが1組に残れないくらいの増員があったってことっしょ? モモっち、何か聞いてる?」
「どこからも話はないはずだけど……トムも聞いてないんだよね? 確か、スズちゃんたちって3組で4人、4組で3人と、鈴木くんと矢崎さんだよね?」
「ええと……」
……そのメンバーで間違いない。あとは下北先輩だ。クラマスの釘崎さんも? あ、でも女子大生が増員されてたか。いろいろと言えないことだらけ!
「そのメンバーで間違いないわよ。それ以上の増員はしてないし……どっちかといえば2組からいろいろと頼まれて、それを断ってるくらい。たぶん、モモやクミが1組じゃなくなるようなことはないわ」
あたしに任せたらマズいって思ったんだろうな。美舞が説明した。
「2組? あー、あの子たちかー。そりゃ、断るっしょ」
「そうだね。明らかに、利益だけ欲しがって、何の貢献もしないって感じがするし」
「何回も鈴木くんを紹介しろって言ってきて……大変だったわよね?」
「そうだな。大変っていうか、割とムカついたけど」
「スズちゃん、中学の頃からあの人たちと仲悪かったもんね」
「まあ、そりゃそうっしょ。実際、あたしらもあの子たちは仲間にしてないじゃん」
……あ、モモたちもあの子たちは対象外か。うん、そりゃそうだ。
「でも、そうだとすると、同じクラスになることが不思議に思えるかな?」
「そこは、ちょっと、まだ言えない部分があるの。ごめんなさい」
美舞が申し訳なさそうにそう言うと、モモとクミはうなずいた。
「まあ、鈴木くんと組んでたら言えないこともあるっしょ。あたしなんて……真面目な話、鈴木くんを見てたらもうアタッカーになるのはやめようって。そう思ったさ」
それは爆弾発言だった。中学の時、誰よりもアタッカーで上を目指したいと言っていたのがクミだったのに……。
「え? クミ?」
「そんな……」
「……それ、本気なの? トム?」
モモが真剣な口調でクミに問い返す。あたしも少し緊張してしまう。
「3組とか、4組とかでも噂、流れてるっしょ? あたしは巻き込まれなかったけどさ、鈴木くん絡みで、1組は何人も、すごい金額があってさ……」
「あー……」
「あれは、そう、ね……」
もちろん、あたしも美舞も知ってる。
しかも、鈴木くんがあの一件をただの暇潰しって言ってたとか、クミたちには絶対に言えない……。
「まあ、あたしはほら、保健室にお姉ちゃんがいて……そのお姉ちゃんが高校の時に陵竜也と同学年だったっていうのがあって……。したっけ、鈴木くんもああいう人と同じでぶっとんでるのかな、とか思ったりしちゃってさ」
「トム。本当にアタッカーになるのはやめるつもり?」
「まあ、ヨモ大への進学ルートで調整中って感じ。どう考えてもガツガツ高校でトップを狙うってのは現実的じゃないっしょ。鈴木くんがいる限りはさ」
中学の時は絶対にトップランカーを目指すって言ってたクミが、いつの間にか鈴木くんに心折られてない? 鈴木くん、クミに何したんだ? あ、1組で大金、巻き上げたんだった……。
「うーん。ダンジョンの話はやめよ? あたしらにそのつもりはなくても、ミマっちもスズっちも言えないことがあるっしょ。もっと他の話……恋バナとか?」
「うわっ……」
クミが話題を変えようとした。でも、そこも危険地帯……。
「スズっち? 恋バナって聞いてする反応じゃなくない?」
「あー、なんていうか……」
「あ、そっか……」
クミはにやりと笑った。いろいろと懐かしい笑顔だ。それは中学時代によく見てきたクミの……。
「……そっちは男子ひとりだけだった。うんうん。そういうことかー」
「トム!? どういうこと!?」
「モモっちは分かんなくてもいいっしょ」
「よくないから! どう考えても鈴木くん関係だし!」
ダンジョンのことも話せないけど、恋バナも割とマズいチョイス!?
どうしよ!? 困ってるけど、それでいて楽しいのはなんでだろ?
……頑張れ、美舞。
あたしは親友の美舞が恋愛面でモモとぶつかる可能性について考えるのを放棄したのだった。




