60 鳳凰暦2020年5月19日 火曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校校長室
相生蒼尉、初「商業化」決定記念! 記念日複数回更新(ラスト7回目)"か"
私――下北啼胤はただ、酷い目に遭った後輩を助けたいと思っただけだった。もちろん、そのメリットも色々と計算はしていたのだけれど。
……4億円? 4億円って言っていた。いったいどういうことなの?
生徒会執行部役員としての仕事であるテスト後の座席の移動で、成績順位表を見た。その時に、1組の生徒の一人に何かが起きていると気づいた。
1年1組の矢崎絵美さん。1組で一人だけ、異常なほど学年順位が低かった。これで何もないはずがない。
パーティーできっちりとやるべきことを進めていれば、似たような順位にクラスメイトのパーティーメンバーは必ずいるはずだ。
そのはずが、彼女の順位の前後には1組の生徒がいない。それが……あまりにも、クラスメイトと順位が離れている。また、138位というのは、そもそも1組の生徒がいるべき順位ではなかった。
翌日、生徒指導主任の岩崎先生に、その異常さについて尋ねた。
先生は、矢崎さんがパーティーを追放されたこと、そして、追放前も、ほとんどまともにサポートを受けていなかったことを教えてくれた。
クラス内では既に差がついてしまって、サポートが難しいだろうということも合わせて。
私が生徒会業務の一環としての矢崎さんのサポートを申し出ると、岩崎先生は喜んで下さった。
私も、誰かの役に立つのは嬉しい。困っている矢崎さんを救いたい。そう、真剣に思った。
私の生徒会長としての評価にもつながることは理解していたし、それを偽善だと私は思わない。相手のメリットと私のメリットは両立するものだ。そのことを恥じる必要はないと思う。むしろ、堂々と誇っていいはずだ。
そもそもヨモ大附属などの、ダン科のある附属高の生徒会役員は、大学進学やギルドへの就職に有利な立場で、そういうメリットもなく生徒会役員になろうとは思わないはずなのだ。ダンジョンへのアタック時間が生徒会活動で失われるのだから。
それが、どうしてこんなことに……。
「では、まず、先輩に確認を」
小鬼ダンの中で私に向けてカタナを抜いた1年生の鈴木くん。私は、ヨモ大附属の生徒からスポンジウェポンではない、本物の武器を突き付けられるという経験を初めて、した。
後輩を相手に、私はダンジョン内で争うつもりはなかった。
大人しく校長室への同行を受け入れ、リポップしたボス部屋へと入ると、彼は私に戦闘を任せて、私の背中にカタナを向けた。「信頼できない人間に僕は背中を向けたくないので、ここは先輩にお任せします。ゴブリンソードウォリアーを僕に差し向けるなどのおかしな動きがあれば、僕はゴブリンソードウォリアーより先輩を先に攻撃します」と、そう言われて、彼は本当に私を信用していないと感じた。こんなことは初めてだった。初めてのことばかり、起きている気がする。
それから校長室までの道中で、学校側と攻略情報の取引をしている、という簡単な説明を受けた。
「道中でお聞きしましたけど、先輩は矢崎さんのことをそちらの生徒指導の先生からお聞きになった、それは事実ですか?」
「……そうです。岩崎先生から聞きました」
「さらには、矢崎さんへのサポートも自分から申し出た。これも事実ですか」
「……そうです。生徒会業務の一環として、認めて頂きました」
私は、人として正しくあろうとして、人として正しい行動をした。そう信じているけれど、彼はそれを真っ向から否定してくる。
「その矢崎さん本人にサポートを申し出て、矢崎さん本人から『いらない』と、言われた。これも事実ですか?」
「……そうです。しかし、それは彼女が遠慮して……」
「先輩がどう思ったかは聞いてません。そこに興味もない。矢崎さんは『いらない』と言った。これは事実ですね?」
「はい……」
冷たい。あまりにも冷たい。こんな言葉を浴びせられたことはない。
「重要なので繰り返します。矢崎さんからはサポートについてはっきりと、『いらない』と言われた。これは事実ですね?」
「……事実です」
「それでも、矢崎さんを追いかけて、小鬼ダンジョンへと入った。これも事実ですね?」
「事実です」
「そのまま、矢崎さんを追い続けて、3層のボス部屋までやってきた。これも事実」
「はい」
鈴木くんはそこで、私から校長先生へと視線を移した。
「校長先生。ここにいる先輩が、僕たちのダンジョンアタックを、小鬼ダンジョンの最初から最後まで追いかけていたことが事実だと、ご理解、頂けましたか」
「……理解しました。そういうことですか、鈴木くん」
「ご理解頂けてよかったです。僕がこの先輩の退学を求めたことも、ご理解頂けましたよね?」
「おまえ、いい加減に……」
「岩崎先生! そこまでにしてくれ!」
1年の学年主任、佐原先生が、岩崎先生の発言を強く遮る。
佐原先生は、あの日本ランク1位の陵竜也の恩師で、その陵竜也が頭を下げて話を聞くと言われている、この学校ではとても有名な先生だ。
「……鈴木くん。どうか、寛大な心で許してほしい。下北さんは真面目で、頑張り屋で、人のために動ける、立派な生徒です。この通りです」
校長先生が、鈴木くんに向かって、深々と頭を下げた。私のために。
私は目の前の現実が信じられなかった。入学して2か月足らずの1年生に向かって、校長先生が頭を下げて謝罪して私を庇って――。
「頭を下げて、それで4億円を誤魔化そうとお考えですか? 校長先生?」
「そういうつもりではなく、本当に、彼女は……」
「先程、申し上げましたけど、僕は、この先輩に対する刑事告訴と民事訴訟を同時に進める予定です。事実に基づいて刑事告訴される生徒を処分せず、さらには、損害賠償で4億円以上を請求されるダンジョン基本法第27条違反者を、1円にもならない校長先生の頭ひとつで、許せるとでも?」
――彼はいったい、何を言っているのだろう? 私を訴える? 4億円以上、請求する? 校長先生が頭を下げて……1円にも、なら、ない?
言葉の意味は理解できても、脳が理解を拒否する感じがする。
「とりあえず、頭を上げて下さい。話が進まないので」
そう言うと、彼は佐原先生へと視線を移した。
「……僕は、先生から、矢崎さんのサポートを頼まれたと認識していますけど、それで間違いないですか?」
「……そうだな。わしが頼んだ」
「僕はそれを快く引き受けた、違いますか」
「いや、その通りだ」
「現在、僕たちの攻略情報は、ヨモツ大学も含めて、4億円での買取交渉が始まっている。これを先生と校長先生はご存知ですよね?」
「……知っている」
「一般的に、大きな組織ほど、報告・連絡・相談のことをホウレンソウなどと言って、その重要性について注意喚起していると思いますけど、このヨモ大附属でも、報告・連絡・相談の重要性は職員の間で共通理解を進めていますか?」
「……そうだな。だが、それができているかどうかは……」
「できているかどうかは問題にしていません」
「……報告・連絡・相談は重要だと、校内研修でも学ぶし、常日頃から言われている。当然、わしも、校長も、だ」
「ご協力、感謝します」
彼は再び、私の方を向いた。
「さて、先輩。これは、もしもの話ですけど……」
「……」
……何を言い出すのか、想像できない。少し怖い。
「僕が先輩に、これは攻略情報の奪取で訴える、と言ったので……そこで、先輩が……そうですね、そこにいる生徒指導の先生から呼び出されて、個室で二人になったところで、『君が知った内容が攻略情報にあたるかどうか、ちょっと考えてみよう。何を見たのか、説明してほしい』とでも言われたら、先輩は小鬼ダンで矢崎さんを追いかけて目にしたものについて、説明しますか、説明しませんか?」
「鈴木、それは……」
佐原先生が彼に何かを言いかけていたけれど、彼はそれを、掌を向けて制した。私は彼が言った言葉について真剣に考えた。すぐにその答えは出た。
「説明する、と思います……」
「ありがとうございます。今のは、僕に無理矢理、言わされましたか?」
「いいえ……」
「……という感じですよ、校長先生。いかがです?」
「……」
「沈黙は金と言いますけど、今は鉄にもなりませんって。あ、これ、前にも言いましたね? いいですか? 事実を並べますよ? まず、学年主任は、僕に矢崎さんのサポートを頼んで、僕は引き受けた。僕は僕たちの攻略情報について大学も交えて4億円で交渉中であり、それは校長も学年主任も知っている。生徒会長の先輩は矢崎さんのことを生徒指導の先生から聞いて、生徒会業務としてサポートする許可を得た。矢崎さんはそのサポートを『いらない』と言ったにもかかわらず、先輩は小鬼ダンで矢崎さんを追いかけて、僕たちのダンジョンアタックを目にした。この学校の職員は報告・連絡・相談の重要性を理解している。そして……」
彼は一度、言葉を切って、まっすぐに校長先生だけを見つめた。
「……生徒指導の先生は矢崎さんの状況を知っていて、生徒会長の先輩のサポートを認めた。さらに、校長先生は、学年主任と、生徒指導の先生の、上司です。間違いないですよね?」
「……責任は全て、上司である私にあります。鈴木くんが求めるのならば、この職を辞してお詫びしましょう。だから、下北さんについては……」
「この状況で辞めるとか言い出すのはただの逃げですよ。言い訳しない態度は、責任者として、立派だと思いますけどね。いいですか、さっき並べた事実から考えると、もうお分かりでしょうけど、校長が命じて、生徒指導の先生が生徒会長を唆し、僕たちの攻略情報を奪おうとした、そういう疑いが濃厚ですよね? 矢崎さんのサポートは学年主任に頼まれた僕が既に引き受けたんですから。必要のない行動を生徒会長の先輩と生徒指導の先生は、わざわざやってますし」
「いや、おれは、その、知らなくて……」
「先生が何をご存知で、何をご存知ではなかったのかは、僕にはわかりませんし、それを事実かどうか、確認することもできません。裁判で、裁判官が最終的に判断を下すことでしょう。でも、そこで裁かれるのは、学校か、それともこの先輩か。どっちになるんでしょうね……」
……私が、裁判で、裁かれる? そんなことに、なるの?
「鈴木、もういい。わかった。完敗だ。校長、いいですね? 要望を言え。可能なものは可能な限り全て応じる。その代わり、下北の処分については忘れてほしい」
佐原先生が鈴木くんに頭を下げて、そう言った。
「生徒会長の先輩については、今後、僕たち以外の生徒とパーティーを組ませないこと。今、先輩が組んでるパーティーからは生徒指導の先生が協力して穏便に離脱させること。先輩と僕との間で、僕を主、先輩を従とする秘密保持の魔法契約を結ぶこと。その魔法契約の金銭的な負担は学校もしくは校長が負うこと。また、この金銭的な負担については、今日の僕のダンジョンアタックの妨害に対する補償としてギルドクエスト扱いで弁済すること。今後進めていく大学との交渉において、基本となる買取金額は、損害賠償で学校もしくは先輩から得られる可能性があった賠償請求額の4億円を加えた、8億円とすること。校長と学年主任は、この先の大学も交えた交渉で、買取価格が4億円以上で、8億円に可能な限り近づくように全面的に協力すること。以上、7点です。不可能な内容はないと僕は考えてます」
「……秘密保持の魔法契約は下北本人の同意が必要だ」
「同意しないのであれば……」
「わかってる。訴えるんだろう? 下北。すまんが、おまえ自身を守ることにもなる。どうか、鈴木との秘密保持の魔法契約を受け入れてくれ」
「はい……」
私はもう、深く考えることができなくなっていた。今、ここで起きていることは、私にはあまりにも別世界過ぎた。
「校長、そこの電話を借ります。ギルドへ連絡しますので……」
佐原先生の声が、どこか、とても遠い所から聞こえているような気がした。




