Ⅸ 陰謀の切っ先─ⅹⅷ
しかしなお力の行使を止めようと右腕でサクラの手をつかむクロシェに、サクラは懇願するように命じた。
「わたしを助けたかったら、治療を受けてください」
それに、とサクラは挑むようにクロシェを見つめる。
「死ぬことなんか許さない」
言えば、苦しげにクロシェは微笑み。
「クロシェさん?!」
サクラの手をつかんでいた手が緩むと、そのまま崩れるように倒れた。
腕が繋がった感触だけはあり、サクラは慌ててクロシェの胸に耳を当てる。
(生きてる……)
聞こえた心音にほっとすると同時に、全身が鉛のように重くなった。
サクラは傷を癒やせても、体力まで回復してやることは出来ない。
そして力を行使したあとは。
(眠い……)
抗いがたいほどの眠気に襲われる。なんの負担も感じないで治すことが出来るのは、かすり傷程度。
今回は一度に、これまでとは比べものにならないほどの力を使った。先程クロシェに回った毒を浄化したこともあり、体が休みを要求するのが早い。せめて、クロシェを人目につかない場所に動かすくらいのことはしたいのに。今はもう、指先の一本も、動かすことが敵わなかった。
(ああ……)
(喉が、渇く)
「ふふふ……クロシェの腕は、ちゃんと治したようね? ホント、その力は魅力的ねえ」
メイベルの声に、緩慢とした動きで首を上げれば。
前髪を掴まれ、そのままうしろに引き倒された。
(おなか……)
(空いた)
けれどそんなことが気にならないほどの飢餓を覚えて、サクラはぼんやりと目の前の人型を見つめる。彼女は逃げたのではなく、ただ隠れていただけだったのだ。この人から、逃げなくてはならない……危機意識がどこか遠くで警鐘を鳴らすのを聞きながら、しかし体は何をどうしたって、動かなかった。
「クロシェにくっつかないでちょうだい。さあ。邪魔が入らないうちに、あなたの目、もらってあげるわ」
朦朧とするサクラの目の前で、ナイフの切っ先が陽光に光った。
黒衣のセルシアⅢ ニットリンデンの楔/完




