義理の家族
城へ戻ると、継母が心配そうな顔で待っていた。
「ああ、ラベンダー」
義理の母親、ガーデニアが駆け寄って、ふわりと抱き締める。
「どこへ行っていたの?」
ラベンダーは継母の背中に腕をまわし、抱き返した。
「お義母さま、ごめんなさい。外の空気を吸いに行っていたの」
「よどんだ空気を吸いに? 嘘を言わないで、ローワンのことで深く傷ついていたのでしょう」
ガーデニアは、ラベンダーの本当の気持ちを知っているたった一人の味方の一人だった。
「ええ…」
「かわいそうに…」
ガーデニアは、ラベンダーの薔薇色の頬に優しくキスをした。
「話を聞くわ」
「あの、お義母さま、先にお話ししたいことがあるの」
「なあに?」
「俺が話そう」
ローワンの声に、ガーデニアがくるりと振り向いた。彼が一緒にいることに気づいて、ガーデニアが体を離した。
「あら、一緒にいたのね」
「ああ」
ローワンは頷いた。
「リリーオブはどこだ」
義姉の名前が彼の口から出ると、ラベンダーの心は痛んだ。
「リリーならあなたの部屋じゃない?」
ガーデニアが言うと、ローワンが顔をしかめた。
「俺の部屋にいるはずないだろう」
「そうだったわね」
ガーデニアが肩をすくめる。その時、さらさらと衣擦れの音がして、義姉のリリーオブが現れた。
豊満な体付き、白い肌にふっくらした唇をして、長いまつげの彼女は大きな目を瞬かせた。
「みんな、どこに行ったのかと思ったら、ここに集まっていたのね」
当たり前のようにローワンのそばによって、腕に手をかける。
「おかえりなさい、ローワン」
「ただいま、リリーオブ」
恭しく手の甲に唇を押し当てる。
ラベンダーから見ると、こちらの方が本当の夫婦に見える。
思わずため息が漏れた。
「何かあったの?」
リリーオブがソファに腰かけた。ローワンも隣に座り、話し始めた。
「ラベンダーを追いかけて外へ行ったら、やっかいな魂を見つけたんだ」
「やっかいな魂ですって」
リリーオブが澄んだ声でクスクス笑った。
ローワンがその手を重ねて、こら、と諭す。
「それで?」
「ラーラの書にある、世界崩壊の危機を食い止める王女の魂だった。さまよう魂を助け、元のある肉体に戻す。俺はこれから王女の亡骸を探す旅に出るよ」
「まあ、ローワン…」
リリーオブの瞳がうるんだかと思うと、彼の首にかじりついた。
「わたしを置いて行くの?」
おほん、とガーデニアが咳をした。
「リリー、何度も言っているけど、ローワンは、ラベンダーの夫なのですよ。なれなれしすぎます」
「気をつけますわ、お母さま」
リリーオブはう言ったが、ローワンの肩に柔らかな茶髪を乗せて、目を閉じている。
リリーオブは、継母ガーデニアの実の娘だ。
彼女たちはよく似た親子で、豊満な体付きに、明るい声を持っている。髪の色は二人とも茶色だ。
色白の二人は、ラベンダーとは真逆の美女だった。
ラベンダーが可憐な花なら、二人は、芍薬、牡丹といった誰もが認める美人である。
ラベンダーの母親が亡くなり、妖精の王だった父は後妻をめとった。二人とも外見は美しいが、強力な魔法がつかえる妖精ではない。
二人とものんきでおっとりしていたので、ラベンダーはすぐに好きになった。しかし、二人が来て間もなく、自分の婚約者であるローワンは、リリーオブの虜となり、二人がベッドで抱きあう姿を見てからラベンダーの心は砕けた。
泣いているラベンダーを癒やして優しく包んでくれたのは、義母のガーデニアだった。
ガーデニアは、いつもラベンダーを気にかけ、リリーオブがなるべくローワンと二人きりにならないよう手伝ってくれたが、愛する者同士は惹かれあう運命なのだろう。
ラベンダーは、二人が愛にふける姿を何度も目にした。
城にいたくない。
これが、ラベンダーが城を抜け出す理由であった。
今、アニスは、ラベンダーのベッドですやすや眠っている。
ローワンの勝手な話を聞いて、ラベンダーは腸が煮えくりかえりそうだった。
わたしを放って、勝手なことを言っている。
いいわ、ローワンより先にアニスの体を見つけて、彼女を生き返らせて見せる。
ラベンダーは、こっそりと部屋を抜け出そうとした。
「どこへ行く、ラベンダー」
鋭い声でローワンが言った。
ラベンダーは振り向いて、ローワンを睨んだ。
「アニスが心配なの」
つんと顎を上げて答える。
「アニスとは誰なの?」
ガーデニアが不思議そうに聞いた。
「先ほど言っていたやっかいな魂の名前です。ラーラの書に出てくるパースレイン王国の王女でアニス姫だ」
ラーラの書と聞いても何のことか分からないだろう。
ガーデニアは本を読むような女性ではなかった。もちろん、リリーオブもそういうたぐいのものは読まない。
ロマンス小説なら、お手の物だったが――。
「その姫は、美しいの?」
リリーオブの目がきらりと光った。
それを見てラベンダーは、そっと部屋を抜け出した。
ローワンの慌てふためく姿など見たくもない。
今度は咎められることもなく部屋を出ることができた。
ラベンダーは部屋に戻り、鍵をかけた。
これでローワンは勝手に入ってこられまいとにやりとした。
これまで何度も魔法で鍵をかけたが、ローワンは強力な魔法を使い、ことごとく壊していった。
今回はまた一味違った鍵をかけて試してみる。
ラベンダーはベッドに駆け寄った。
白い魔女はまばゆく光ったまま眠っている。
「なんて、かわいいの…」
ラベンダーは呟いた。
年は自分と変わらないのに、愛らしい頬にきらめく髪の毛、深い緑の瞳はじっと見つめていたい。
今は閉じられているが、薔薇色の唇に深い緑はきっと似合うはずだ。
(ん……)
アニスが目を覚ました。
「起きたの?」
ラベンダーが囁くと、アニスはにこっと笑った。
(夢かと思ったけどあなたの顔を見たら、これが現実だと気付いたわ)
「何か夢を見たの?」
(体が呼んでいる)
「どこにあるの?」
(アレイスター城よ)
ラベンダーは口を開けた。
「アレイスター? まさか、アレイスターにあるの?」
(ええ、そうよ)
ラベンダーは大きくかぶりを振った。
「そこには行けないわ」
(なぜ?)
アニスは大きく伸びをして、事の大きさに気づいていない。
「アレイスターには、邪悪な魔法使いがいるもの」
(まさか)
アニスがくすっと笑って、体を起こした。
(わたしの友達がいるの。彼女は王女なの)
「ローズ姫?」
(知っているの?)
「ええ、知っているわ」
悪魔のローズ姫。
東には悪魔が棲んでいると言われている。
「ローズ姫を見ると、息ができなくなるって」
(ローズは魔法も使えないおっとりした姫よ。何かの間違いじゃない?)
「これまでアレイスターに行った者はいないの。みんな、伝説を恐れて行かないわ」
(困ったわ)
アニスは落胆した。
(無理を承知でお願いするわ。近くまででいいの。アレイスターの近くまで連れて行って)
ラベンダーは困ってしまった。まさか、アニスの体がアレイスターにあるとは夢にも思わなかった。
(ここからどれくらいあるの?)
距離はそう遠くない。
アニスの抜け殻が妖精の国にまぎれ込んだくらいだから、連れて行けないこともないだろう。
ラベンダーは決意した。
「いいわ、連れて行ってあげる。早い方がいいわよね」
(ありがとう)
アニスは涙ぐんだ。
「泣かないで」
(ええ)
アニスは笑顔を見せた。きっと心細いはずなのに。
ラベンダーは明日の朝一番に旅立とうと思った。
ローワンよりも早く城を出るのだ。夜は危険がいっぱいなので早朝に出よう。
そう言うと、彼女は真剣な顔でこくりと頷いた。




